2 / 4
第二話 珠璃
しおりを挟む窓から差し込む眩しい光に照らされ、目が覚める。
ここは...どこだ?
俺は確か、玄関の前で倒れて、それから一体どうなったんだ…?
ゆっくりと上体を起こし、辺りを見回す。いつもの見慣れた景色。間違いなく俺の部屋だ。殴られたと思われる首の後ろがまだ少し痛む。
「目が覚めた?」
ハッと顔を上げると、そこには見覚えのある女が立っていた。
「お前...」
咄嗟にベッドから飛び起き、女に詰め寄る。
「どういうつもりだ」
「後をつけた事は謝る。ごめんなさい。けれど私が着いた時には、貴方はもう倒れていた。鍵が近くに落ちてたから、貴方を引きずってここまで運んだの」
帰り道を変えたというのに、結局後をつけられていたのか。こまめに後ろを確認しながら帰れば良かった。
いやいや、そんな事は今はどうでもいい。
「どうして後をつけた」
「心配だったから」
あくまでも自分は助けただけだと言い張るつもりか。まだこの女が嘘をついてないとも言い切れないし、自作自演してる可能性だってある。
「本当に、なんで俺なんだよ...」
頭を抱え、力ない声で小さく呟く。
「それは昨日も言った。もうすぐ死にそうな人に出会ってしまった以上、放ってはおけない」
「だから、俺はそんなの信じないって言っただろ。頼むからもう帰ってくれ」
「それは駄目」
キッパリと断られてしまった。驚きと呆れを混ぜたような困惑した俺の表情を気にもせず、女は続ける。
「貴方は、もし目の前に自分に助けられる命があったとしても、見捨てるような人間なの?」
「それは...」
多分、そんな事はしないだろう。もしそんな状況に出くわしたら、足が勝手に動くはずだ。
「貴方は現に、昨日こうして殴られていた」
「一体誰がこんな事...」
「...林檎おばけ」
「は?」
意味が分からない。全くもって理解ができない。再び思考が停止する。
「林檎おばけはとても強い。私には、林檎おばけを倒せる程の力はない。だからせめて、林檎おばけに殺されないように、貴方を私に守らせて」
真剣な眼差しと声色を崩さず俺に訴えかけてくる女の様子を見ていたら、段々と可笑しくなってきた。
「お前、頭イカれてるんじゃないの?」
「私は至って真剣」
「じゃあなんだよ。お前はその林檎おばけから人々を守る為に人間界にやって来た騎士だ、とでも言うのか?」
「ええ。それでいい」
「やっぱりイカれてるよ」
「なんでもない毎日」において一番あってはならないもの...俺はそれに段々と興味を持ち始めていた。
「確か俺は2日以内、つまり今日死ぬんだったな。それなら、今日だけはお前と一緒にいる。それ以降も付き纏うなら警察を呼ぶ。それでいいな?」
「分かった。貴方の名前は?」
「須藤尚希」
「私は、馬場珠璃。珠璃と呼んで」
俺は一体何をしているんだろう。こんな得体の知れない女、さっさと警察に通報するべきだと頭では分かっているのに、不思議とその気は全く起きなかった。
「それじゃあ、疲れたから私は寝る」
「は?」
「昨日貴方を介抱して何か変な事にならないか見守ってたから、殆ど寝てないの。ベッド貸してちょうだい」
「いやいや、家には帰れよ」
「今日は一緒にいると約束したはず」
「後でどこかに出かけるとかすればいいだろ」
「それは嫌。私は此処に泊まる」
「嘘だろ...」
前言撤回。やっぱり警察に突き出した方が良かったかもしれない。
「尚希も、私と一緒に寝る?」
先程まで熟睡していた俺の温もりが残るベッドを指先でそっと撫でながら、フフッと不敵に笑う。
「...分かったよ」
珠璃のペースに巻き込まれてしまっている自分に納得がいかず、舌打ち混じりに返事をしてドカドカとキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、昨日の夜に出したままにしていたはずのサラダが、ラップをかけられて鮮やかな色を保ったまま冷やされていた。コンビニで買った缶ビールも綺麗に横並びになって一緒に入っている。これ、珠璃が片付けてくれたのか?
水切りラックに並べてあったスプーンを手に取り、再び取り出したサラダをすくい上げて口に運ぶ。
アボカドのねっとりとしたクリーミーな舌触りに、モッツァレラチーズの弾力のある歯応え。この2つの食感を醤油風味のドレッシングが上手くまとまっている、お手頃に作れるけど何回食べても飽きない一品だ。
サラダをペロリと平らげ、チラッとベッドの方に目をやると、まんまると膨らんだ毛布が規則正しいリズムで上下に小さく揺れ動いている。
起こさないように忍び足でそっと近づいてみると、枕にキチンと頭を乗せて、すやすやと寝息を立てていた。顔を半分覆う程伸ばされた前髪はサラサラと流れ、長いまつ毛が露わになっている。
あと1日...。あと1日で、俺は死ぬらしい。
まだ完璧に珠璃を信用した訳ではないし、死ぬだの騎士だのという御託も信じてない。何か本当の目的が別にあるかもしれないし、妙な事をしたらすぐに通報するつもりだ。
「なんでもない毎日」を捨ててまで、珠璃と過ごす価値が果たしてあったのかどうか...。この2日間で全て分かるだろう。
冷蔵庫の右端の方に、寝そべるようにして冷やされていたベーコンを何枚か出す。珠璃が起きてからすぐにご飯を食べれるように、適当におかずを作っておくか。
米を炊飯器にセットし、フライパンにベーコンを並べる。パチパチと美味しそうな音と香ばしい匂いが瞬く間にキッチンいっぱいに広がった。
それにしても、珠璃は一体何者なのだろうか...。可笑しなヤツだが、俺を助けてくれたのは事実だ。珠璃は林檎おばけの正体を知っているのか?そもそも、林檎おばけとやらが珠璃の妄想なのか実在するのかも定かではない。考えれば考える程分からない事が増えていく一方だ。
ベーコンを焼き終え、小皿に盛り付ける。珠璃はまだ起きる気配はないな。俺もまだ眠いし、少しだけ休もう。
珠璃と同じベッドで休むのは流石に俺の良心が許さなかったので、ソファに横になる。スッと目を閉じると、そのままゆっくりと意識は遠のいてゆき、やがて外から漏れる小鳥の囀りさえも耳に届かなくなる程の深い闇に落ちていった...。
「...き」
肩をポンポンと叩かれ、糸のようにか細い声が耳に届く。
「尚希」
鉛のように重たい瞼を開けると、ぼんやりとした人影が映る。
「珠璃...」
「起こしてしまってごめんなさい。聞きたい事があって」
手元に転がっていたスマホの画面をつけると、時刻は18時を過ぎていた。少し仮眠するつもりが、結構な時間眠ってしまっていたようだ。
「何?」
「キッチンに置いてあるベーコン、頂いてもいい?」
「ああ、あれ珠璃用に焼いたヤツだから食べていいぞ。米も炊いてあるから。けど朝に焼いたヤツだから、レンジで適当に温め直して」
「...私の為に?」
「そうだけど」
珠璃はキッチンへ向かうと、そのままじっと立ち尽くす。
「これはそのまま頂く事にする」
「えっ、それもう冷たいだろ?いいのか?」
「大丈夫」
目元は隠れていてよく見えないが、微かに上がる口角が、優しく微笑んでいるかのように見える。冷め切って色の変わったベーコンが乗った小皿をテーブルの上にコトンと置く。
初めて見る珠璃の表情に、内心少し動揺してしまう。珠璃には絶対にバレないようにと、頭をポリポリ掻きながら平然を装って声をかける。
「あー、俺も何個か聞きたい事があるんだけど...」
「なんでもどうぞ」
ソファに座る俺とテーブルを挟んで向かい合うようにして腰を下ろす。
何から訊こうか悩みどころだが、まずこれだけは訊いておきたい。珠璃の返答次第では、俺が犯罪者になってしまうからだ。
「年はいくつだ?」
「20歳。明後日で21歳」
全身に稲妻のような強い衝撃が走る。コイツ、そんなに年下だったのか...!?
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる