タマリのワダカマリ

田中 月紗

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第三話 泡沫

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「聞こえなかった?明後日で...」
「いや、聞こえてる!けど...」
服装がフェミニンで童顔だから、なんとなく年下だろうとは思っていたけど、思ってたより若いじゃないか。
「訊きたい事があるんでしょう?他には?」
「あ、あぁ...。えっと...」
珠璃にとって自分の年齢の話題などどうでもいい事なんだろうな。見るからに硬そうなベーコンを、表情一つ変えずに食べ続けている。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「...綿菓子かしら」
「綿菓子?あんなの砂糖の塊じゃ...」
「身も蓋もない言い方しないで。あの甘さが丁度いいの」
「へぇ...。なんか、意外」
「意外は失礼」
少し不機嫌そうな顔でプイッとそっぽを向く。案外かわいいとこもあるんだな。
「家はどこにあるんだ?」
「このマンションから少し離れたところにあるアパートで、母と暮らしてる」
「なんだ、家族が居るんじゃないか...って、それだと人間界にやって来た騎士の設定がブレる事になるけど、そこはいいのか?」
「郷に入っては郷に従え、と言うでしょう。騎士にだって家族は居るし、この世界で生きていくには住居も必要なの」
「そ、そうなのか...。家には帰らなくて平気なのか?」
「問題ない。母は仕事で忙しいから」
他所様、ましてや騎士様の家庭事情に首を突っ込むのはあまり好きではないので、この話題はこれくらいでいいだろう。
その後も俺は、他愛もない質問を繰り返した。好きな色や好きな動物、趣味、特技...。
こうして話しているうちに、俺はある一つの事に気が付いた。今の珠璃は、出会った頃よりも表情が柔らかく、終始微笑んでいるかのように見える。騎士としての鎧を脱ぎ、ありのままの姿で俺と接してくれているのだろうか?珠璃も、実は普通の女の子となんら変わらない、甘いものとかわいいものが好きな女の子だという事を知れたのが嬉しかった。

さて、ここらでそろそろ核心に迫ろうか...。
「林檎おばけは本当に存在するのか?」
「勿論」
「即答かよ」
「私がなんの為にここに居ると思っているの」
林檎おばけから俺を守るため...その設定はまだ生きているんだな。
「お願いだから、そろそろ信じて」
前髪で隠れていても分かるくらい、大きくて黒い、ガラスのような澄んだ瞳で俺を見据える。その視線に耐えられず、思わず目を逸らしてしまう。
「...さぁね」
ソファから立ち上がり、キッチンへ向かう。
「もう質問はいいの?」
「ああ、なんか思い出したらまた訊く」
「そう」
「夜ご飯作っておくから、先に風呂入りな。そこの扉開けたら脱衣所。下着は流石に無理だけど、嫌じゃなければその辺に置いてあるタオルとパジャマ適当に使っていいから」
扉の方を指差しながら、説明する。
「分かった。じゃあお言葉に甘えて。ベーコン美味しかった、ごちそうさま」
珠璃は静かにその場から立ち上がり、早速脱衣所の方へ向かった。パタンと扉が閉まったのを確認し、溜息を吐く。
いくら気心しれない異性とはいえ、風呂上がりの火照った女性が同じ部屋に居たら、意識しない訳が...。かと言って俺だけ風呂に入るのも違うもんな...。
モヤモヤした感情から気を紛らわすように、冷蔵庫から取り出した豚バラ肉を大きめの塊に切り分ける。下ごしらえを手早く済ませ、豚肉に焼き色を付けてから弱火で煮込んでいく。

脱衣所から聞こえていたドライヤーの音が止まり、ガチャリと扉の開く音がする。
「お風呂ありがとう。サッパリした」
「あ、ああ。それなら良かった。こっちはまだ完成してないから、もう少し待ってて」
「作り方教えてくれれば、私が変わる」
「いいよ、俺が作り始めたんだし」
「いいえ。家にお邪魔させてもらったんだから、それくらいの事はする」
ペタペタとお風呂上がりの湿り気を感じさせる足音が近づいてくる。その足音に合わせて、心臓が今にも千切れそうなくらい大きく跳ねる。
「私は何を手伝えばいい?」
「いや、本当に大丈夫だってば」
「尚希どうしたの?顔が赤...」
「これ!あとは弱火で煮続けるだけだから!」
「そう、分かった」
菜箸を珠璃に渡し、脱衣所の方へ早歩きで向かう。
ウサギのように跳ね続けていた心臓の鼓動が、先程よりも更に痛いほど早くなっているのが分かる。俺も一度、風呂に入ってサッパリしよう...。
ゴシゴシと力強く身体を洗い、湯船に浸かって一息つく。よし、大分気持ちも落ち着いてきた。もう大丈夫だ。

部屋着に着替えて脱衣所から出ると、綺麗に盛り付けられた角煮と白米が、食欲をそそる良い匂いを漂わせながら俺を出迎えてくれる。
「おかえりなさい。冷蔵庫のお水は飲んでもいいもの?」
「ああ、平気」
グラスに入れてある氷が、注がれた水に触れてパチパチと弾ける。
珠璃は二人分のお箸を並べ、ソファに腰掛ける。
「ご飯、とても美味しそう」
「そうだな」
俺はさっき珠璃がしたように、テーブルを挟んで向かい合えるように床に座る。
「尚希。こっち」
珠璃がポンポンとソファを軽く叩く。
「最後だから、隣で食べたい」
「あ、あぁ...。いいけど」
珠璃から少し距離を取ってソファに腰を下ろす。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
角煮の塊を丸々一つ掴み、そのまま口いっぱいに頬張る。上京する前に実家で教わった須藤家伝統のレシピだが、歯を使わなくても噛み切れるくらいトロトロで柔らかく、味がしっかりと染みていて箸が止まらなくなる一品だ。
「美味い」
「ええ、とても美味しい」
「それは良かった」
珠璃の口にも合ったみたいで安心した。
あ、そういえば...。
「訊きたい事、1つ思い出した」
「何かしら?」
「どうしてそんなに前髪を伸ばしているんだ?食べづらくないのか?」
「林檎おばけに目を見せないようにするためよ」
「林檎おばけとは目を合わせたら駄目なのか?」
「ええ」
折角綺麗な顔なのに、なんだか勿体ないな。なんて俺らしくもない事を考え、少し恥ずかしくなって頭をブンブンと振る。
「まぁ、あと少しで今日も終わるし。結局俺が林檎おばけの姿を拝む事はなかったな」
「そうね」
なんだろう。今の珠璃は、さっきまでとはまるで別人のような態度だ。話が続かないし、表情も暗い。
「あー、その、今日はありがとう。珠璃のお陰で林檎おばけは来なかったんだろ?」
最後くらい、珠璃の話に合わせてやるか。
珠璃は茶碗と箸を置き、くるりと俺の方に身体を向ける。
「ええ。ここまで時間が経てば、林檎おばけがこの家に来る事もないと思う。私の方こそ、傍に居させてくれてありがとう」
「いや、俺は何も...」
「本当に、ありがとう」
こうして感謝の言葉を面と向かって何度も言われるのはなんだか気恥ずかしいな。
再び心臓がうるさくなり始めたのを必死で押さえ込もうと、無我夢中で米を掻き込み、グラスに並々と注がれた水をグビグビと飲み干す。
......あ、れ?
突然、猛烈に瞼が重たくなる。膝から崩れ、そのままソファから転げ落ちた俺はドサリと仰向けに倒れる。
「た、まり...?」
僕をジッと見下ろす珠璃に、ゆっくりと手を伸ばす。
薄れゆく意識の中で見た珠璃の顔は、初めて出会った時と同じ、真っ黒な空っぽの瞳で俺を睨みながらも、口元は静かに笑っていた...。


痛い程に眩しく輝く電気の光に起こされるように、段々と意識が戻ってくる。
時計を見ると、二つの針は1時を少し過ぎたところを指していた。眠っている間に日を跨いでしまったのか...。
部屋を見渡すと、珠璃の姿はもう何処にもなかった。一緒に食べていた筈の夜ご飯はすっかり冷めて、ところどころに白い油が固まっている。
あの時訪れた眠気の正体は、きっと珠璃の仕業だろう。何故そんな事をしたのかは俺には分からない。俺の命を守り切れた事に満足して早々にアパートに帰る為だったのかもしれないし、騎士の国からの急なお呼ばれがあったのかも知れない。いずれにせよ、俺には言えない何か事情があったのだろう。
珠璃との別れをキチンと出来なかった事は心残りだが、珠璃と出会い、共に過ごしたこの二日間はかけがえのない鮮烈なものとなり「なんでもない毎日」に刻み込まれたのは確かだった。
ベッドの上に綺麗に畳まれていた部屋着を洗濯機に入れ、ベッドに横たわる。明日からはまた「なんでもない毎日」が平和に過ごせる喜びと、ほんの少しの寂しさを胸に、そっと目を閉じた...。

毎朝7時に掛けているアラームが高らかに鳴り響き、スッと目が覚める。
今日で三連休も終わりか...。休みってのはどうしてこう短く感じるのだろう。始まったばかりの一日が早くも惜しく感じ、憂鬱な気持ちでベッドから起き上がる。昨日はあまりご飯を食べてなかったからか、ひどくお腹が空いている。机の上に出しっぱなしにしていた角煮を温め直して食べよう。
テレビのリモコンに手を伸ばし、いつも見ているニュース番組をつける。
そこには、俺のよく知っている顔が映しだされていた。
自宅のアパートから飛び降りて自殺か。20歳女性死亡。
画面に映る珠璃の姿と「馬場珠璃」「死亡」の二文字から目が離せない。激しく脈を打つ心臓の音が全身にうるさい程伝わり、アナウンサーの声など全く耳に届かなかった。頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「珠璃...」
一体何故こんな事になってしまったのか。
林檎おばけから人々を守るためにこの世界にやってきたという騎士も、所詮はただの女の子だと、分かっていたはずなのに。
珠璃が本当は何を考えていたのか、知ろうとしなかった。
俺は何もしてやれなかった。
夜の海のように、深く、暗く、押し寄せる後悔と、重く纏わりついて離れない不変の思い出がドロドロと混ざり合い、もう「なんでもない毎日」に籠っていた頃に戻る事は出来ないのだと痛感した。
その場に立ち尽くす事しか出来ない俺は、珠璃と過ごした時間を追思しながら、ただひたすらに嗚咽を漏らし続けた。
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