ピラニアと山椒魚

たかつく るす

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名前のない野草※

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恋をしない少年と一目惚れした少年。

学校の裏庭。放課後の花壇。図書館の図鑑コーナー。トイレの手洗い場。階段の踊り場。職員室の掃除当番。給食のペア。

どこが初めてで、何がきっかけかなんて分からないけど。僕は君に恋をした。

20××年
正式に日本でも同性婚が認められ数十年。
正直、世界的にも表だって否定する人の方が批判を受ける位の価値観になった今。
待ちの中には普通に男同士や女同士で手をつなぎ遊ぶカップルが見られる。

「はあ。」
と深くため息をついた。朝の教室は、天気のせいか薄暗い。かろうじて降る予定のない雨を思ってか窓は開け放たれている。生徒がちらほら見える中に僕の思い人はいない。
「どーしたのさ。」
隣のリンちゃんが気にかけてくれた。リンちゃんは男だけど女の子なんだって、初日の自己紹介で言っていた。そんなことを誰も気にせず、リンちゃんの持ち前の優しさでクラスの人気者だ。
「んー。いないなあって。」
少しはぶてたように頬杖をつきながら言うと、僕の言葉にぐるりとあたりを見渡したリンちゃんが納得した顔をして振り向いた。
「確かにいないね。」
僕はリンちゃんにだけ打ち明けていた。
「あいつ、いつもギリギリだからね。」
んー。と受け流す。僕は知っている。実は彼がこのクラスで1番早く学校に来ていること、そして教室にランドセルも置かずに図書館に直行していることを。
「たまに遅刻してるしね。」
「そーそー。少しは早く家出たらいいのにさ。」
本に夢中になりすぎて、チャイムの音で覚醒していることを僕は知ってる。これは、僕だけが知ってる。

なんてことはない。悔しいけど。僕がこのことを知ったのは、本当にたまたまだった。ある日の夜に、図書で借りた本が、返却日を一日過ぎてることに気づいた。慌てた僕は朝一番に返しに行けばいいかなと思い、その日は誰よりも早く学校に向かった。教室に着いてドアを開けたとき、誰もいない教室に安心して自分の机にランドセルを置いた僕はすぐに図書館に向かった。まだ、先生しかいない学校は、廊下も他の教室も少し不思議な雰囲気が漂っていて、朝だというのに少し怖かったことを覚えている。
「し、しつれいしまーす。」
小声で声をかけてからで、図書の先生もまだいない図書室のドアを開ける。横引の扉をカラカラと開けて、部屋を見渡してみる限り人はいないようだった。ほっと一息ついて返却ボックスに本を置いたときだった。

どさっ

と、本が落ちる音がした。びっくりして体が一瞬固まる。そろっと後ろを振り返り見渡す。やはり人はいなさそうだった。

もしかしたら、奥のほう?

と思い、息を殺して奥に近づいた。そこは生き物の図鑑コーナーで、落ちたのだろう重そうな図鑑の表紙をはたく、一人の男の子がいた。

あ、あの子。

それは、同じ教室の子で、まだ話したことなんてなくて、たまに放課後見かけはするけど、誰かと話したり帰ったりしてるところなんて、見たことない子。その子は何事もなかったかのように、また、読んでいたのだろうところまで、ページをめくり読み出した。
文字を追っているのだろう目が、上に行ったり下に行ったりとせわしなく動く。ふと見つめている自分に気づいて、僕は顔が赤くなった。何かいけないものを見た気がして、踵を返す。図書室の入り口近くにある机に、いつの間にか図書の先生がいて僕と目が合うと、にこりと笑い返してくれた。
「あら、今日は珍しく二人なのね。」
と言われ、彼がいるのは、今日が初めてではないことをその言葉で知ったのだった。

「あ、きたよ!。」
リンちゃんが強めに僕の肩をたたいた。それはやっぱりチャイムが鳴る少し前で、あの子以外はもうランドセルを片付け終わってる時間だった。

村上 亮 (ムラカミ リョウ)
それがあの子の名前。明るい黒髪で、あまり笑ったところを見ない。話しているところは、流石に見るけど、おしゃべりが好きなようには見えなかった。

「夕はさあ、あんなのの何がいいのさ。」
口をとがらしたリンちゃんが言った。

錦馬 夕 (ニシキバ ユウ)
これが僕の名前。

「そんなこと言わないでよ。かっこいいしかわいいんだよ。」
こればっかりは、茶化すことなく真剣に答える。
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