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いままでの日常
しおりを挟む待ち合わせのビルの前。
大通りからは外れた、やや薄暗い場所。
品の良いスーツを纏った依頼主らしき男が、苛立った様子で立っている。
「○○様でしょうか?」
声を掛けると不機嫌な眼差しでこちらを向いた。
「名を聞く前に名乗るべきじゃないか?」
「依頼主様の本人確認の前にこちらから名乗ることは出来ません」
そう応えても返事はない。
最近はこういうお客が多いな…。嫌なら自分でどうにかすればいいのに。
今日の依頼はパーティーでのパートナー兼ボディガード。相変わらず大企業の社長なんてのは男ばかりなので、高ランク唯一の女である私にはよく回ってくる内容の仕事だった。
「ご本人確認ができない場合依頼はキャンセルとなりますが」
「…社長の○○だ」
再度問いかけると今度は応答があった。まあ人脈や財力を誇示しあう為のパーティーに、パートナーを伴わないなんて恥に堪えられる器じゃないでしょう。
相応に着飾り、それらしく身なりを整えてきた私は、思考を全て隠し微笑む。
「ご依頼ありがとうございます。SD社本社所属、ランクSS、θと申します」
「またパーティーか?」
「そ。本人確認さえ躊躇うようなおじさんのパートナー役。こんなんばっかだと腕が鈍りそうよ」
言いながら横を歩くのはσ。長年私とペアを組んでいる男で、ランクは同じSS。
SD社のおよそ一万の社員のうち、SSランクは五人。その下にS、A、Bとランク付けされていて、Sランク以上になるとコードネームを与えられる。ここ十年ほど、Sランクから上に女は私しかいなかった。
「たしか、菓子屋かなんかで仕事もしてたよな?」
「ええ。作る側だから表には見えないけど。普通に働いて生活してる」
私は今、一般人として社会生活を送っている。仕事のない時は社内でトレーニングもできるけど、会社員として働いているとそんな時間もろくに取れない。たまに顔を合わせたσと軽く組手をするくらいだ。
「明日は休みだから付き合ってよ」
「ああ。たまにはがっつり動いとけよ」
そう言うσに軽く手を挙げて返事をし、元さん(社長)のもとへ向かった。
「昨夜の○○さんのパーティー、終わったわ。一応気になった相手のリスト作ったから、次の参考に」
このSD社の社長は四十過ぎのおじさん。ちなみに三十くらいに見える。温厚な人だけど、実力は私達SSとさほど変わらないと思う。飾り気のない部屋で、ほとんど物のないデスク。人当たりの良い彼とはちょっとイメージが違う空間だといつも思う。
「いつも悪いな。こんな仕事ばっかで。せめてSランクにもうちょっと女性社員がいればいいんだけどな。お前みたいに異常に強くなくていいんだが」
「元さんだって同じようなもんでしょ。ここの上の方にいる人間なんて、人間かも疑わしいくらいの変人ばっかよ。…私も含めてね」
言って笑う私に、元さんも笑って返した。
潜入、諜報、護衛や戦闘、そういった裏稼業を専門にしているSD社。その会社の存在は噂されても、通じるものはとても少ない。この会社の上位社員は、一人一人が国のトップにも劣らない権力を持っている。
そしてその社員達は皆異様な戦闘力を誇り、また特殊な能力も備えていた。情報の漏洩はなるべく避けているため、同じSSでも互いの能力を全て把握してはいない。そのため、SS同士でも組んで仕事をすることはほとんどなく、私とσが極めて異例だった。
私は生まれつき、俗に言う魔法が使える。どういう魔法、とかじゃなく、思い付く限りなんでも。攻撃も、防御も、回復も、もちろん空を飛んでの移動なんかも。その上身体能力も異様に高い。この会社に入るまで、自分だけがおかしいと思ってた。
入社して三ヶ月、仲間と言えるような知り合いもいない。必ず最低ランクからスタートするので、力が互角な相手もいない。周りから煙たがられ、避けられる日々だった。
組を変えてのトレーニングの時間。私はσと出会った。初めて対等に闘える、実力の拮抗した相手だった。おそらく監督していた人の計らいだったのだろう。私達は同じテストで上に上がり、同じタイミングでSSになった。σは私より肉弾戦に長けた、根っからの武闘派だ。腕力や脚力なんかが特にすごい。タイプ的にもバランスをとりやすかったのかもしれない。
依頼をこなし、鍛練し、また依頼を受ける…この生活が当たり前だと思ってた。
しかし私達の日常はあっという間に消え去ったーー。
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