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*5 不機嫌な朝食
5-1
翌朝……と、思われる頃合いに目が覚めたニコラは、相変わらず薄暗くほこりっぽい部屋を見渡す。
目覚めると、ブランがドレスでは動きにくいだろうと気を使ってくれ、上等そうなシャツにズボンに靴まで用意してくれた。ニコラはそれを有難く身に着ける。しかしどこから出てきたのだろうか。
そう思いながらシャツに袖を通すと、ふわりと上等な香水のような、それよりもやわらかな、花を思わせるような香りが一瞬鼻先をくすぐる。
ブランが香水のようなものをつけているようには見えないし、そうなれば、魔王がシャツを扱ったのだろうか? しかし、昨日あんな態度を取った相手が、こんな心遣いをするだろうか? 昨夜初夜だからとあんなことも言っていたのに。
(それになんか、眠りに落ちる前に言われた気がするけど……なんだったんだろう?)
疑問に思いつつも、ニコラはより気になることを尋ねてみる。
「ねえ、お城の部屋は誰が掃除しているの?」
部屋がほこりっぽく、正直あまり掃除が上手とは言えない状態なので、まずは現状を確認してみることにしたのだが、ブランはきょとんとして首を傾げている。
「そうじ? ってなんですか?」
まるで聞いたこともない言葉を言われたような反応に、ニコラの方が戸惑う。掃除をするという概念がこの子にはないのだ、と知り、愕然とさせられる。
(いや、でもブランが掃除を担当していないだけで、他に使い魔とかがいて、その人がやってるのかもしれない)
気を取り直し、「ええっと、部屋を片付けたりする人、ブランの他の人がしてくれてるの?」と、あくまで穏便な調子で尋ね返すと、ブランは、ああ、と合点がいった様子でうなずき、答えてくれた。
「いませんよ。そもそも、お城にはおいら以外の使い魔は、いまはいないので」
「え? 使い魔、ブラン一人なの?」
魔王ともあろうものが、使い魔がひとりだけとはどういうことだろうか。もっと数多の魔物を使役し、住処を快適に保とうとするものではないのだろうか。少なくとも、伯爵という爵位であるダヴィッド家であっても、(ニコラも頭数に入れるとするならば)老若男女問わず十数名近く立ち働いていたように思う。
それなのに、ダヴィッド家よりも広大な敷地である、城とも呼べるこの建物の維持や管理を、どう見ても十歳くらいの少年にしか見えない彼が、すべて請け負っているというのだろうか。
そういった意味を込めてニコラが問い返しても、ブランは特に意に介することはなく、「ええ、そうですよ」と、うなずく。しかも、いまの反応から見て、ブランは掃除を熟知しているとは思えない。
まさか、と言う思いがしつつ、目を落した先にあるプレート皿の様相を見て、「……いや、そうかもしれない」とも、ニコラは考え直した。なにせ、ブランが運んできた朝食(と思われるもの)は、焦げた黒パンに発行臭のする野菜の酢漬け、カチカチのベーコン、そして、得体のしれないハーブティーだったのだから。
「魔王様も、僕と同じ朝食を召上っているの?」
念のために尋ねてみると、ブランはさびしげに苦笑して首を横に振る。
「いえ、魔王様はおいらのごはんはお気に召さないようなので……最初の頃はお作りしていたのですが……いまは、魔王様はご自分で用意されてるみたいです」
テーブルに並ぶものを見ていたら、それはそうだろうな、という気もしてくるが、それを幼い姿の彼に伝えるのはいささか気が引ける。
しかし、この先もこれが続くかもと思うと、いくら割とポジティブな考えの持ち主であるニコラでも、閉口してしまう。
何か穏便に、出来たら少しでも状況が良くなるようにできないか……と、考えた末、ニコラはあることを思いついた。
「ねえ、ブラン。僕と魔王様も食べてくれるようなご飯を作ってみない?」
「……花嫁様と、ですか?」
ブランが目を瞬かせ首を傾げる。それに対しニコラはうなずき微笑み、「そう、僕と」と答える。
「花嫁様、ご飯作れたりするんですか? えっと……ご令息、でしたよね?」
「まあ、ちょっと色々あってね……。あと、僕のことは“花嫁様”じゃなくていいよ、ブラン」
「え、でも花嫁様ではないんですか?」
ドレスも着ていたのに、とブランに言われ、ニコラは苦笑して首を横に振り、「それは昨日までの話だよ」と、呟く。
「僕は、魔王様に嘘をついてここに来たんだ。ちゃんとした花嫁じゃない。だから、僕のことは、ニコラって呼んでくれる?」
昨日の広間での騒動を思い出したのか、ブランもまた居た堪れないような顔をし、小さくうなずく。その様子に一先ずの安堵をしたニコラは、すっかり冷めてしまったカップを手に取った。
「じゃあさ、これを飲んだらさっそく今から朝食を作ってみようよ」
「はい、ニコラ様!」
ようやく少年らしい笑顔を見せたブランと共に、ニコラはそのハーブティーを飲み干す。思っていたよりもそれは爽やかで飲みやすく、寝覚めの一杯としてとてものど越しが良かった。
目覚めると、ブランがドレスでは動きにくいだろうと気を使ってくれ、上等そうなシャツにズボンに靴まで用意してくれた。ニコラはそれを有難く身に着ける。しかしどこから出てきたのだろうか。
そう思いながらシャツに袖を通すと、ふわりと上等な香水のような、それよりもやわらかな、花を思わせるような香りが一瞬鼻先をくすぐる。
ブランが香水のようなものをつけているようには見えないし、そうなれば、魔王がシャツを扱ったのだろうか? しかし、昨日あんな態度を取った相手が、こんな心遣いをするだろうか? 昨夜初夜だからとあんなことも言っていたのに。
(それになんか、眠りに落ちる前に言われた気がするけど……なんだったんだろう?)
疑問に思いつつも、ニコラはより気になることを尋ねてみる。
「ねえ、お城の部屋は誰が掃除しているの?」
部屋がほこりっぽく、正直あまり掃除が上手とは言えない状態なので、まずは現状を確認してみることにしたのだが、ブランはきょとんとして首を傾げている。
「そうじ? ってなんですか?」
まるで聞いたこともない言葉を言われたような反応に、ニコラの方が戸惑う。掃除をするという概念がこの子にはないのだ、と知り、愕然とさせられる。
(いや、でもブランが掃除を担当していないだけで、他に使い魔とかがいて、その人がやってるのかもしれない)
気を取り直し、「ええっと、部屋を片付けたりする人、ブランの他の人がしてくれてるの?」と、あくまで穏便な調子で尋ね返すと、ブランは、ああ、と合点がいった様子でうなずき、答えてくれた。
「いませんよ。そもそも、お城にはおいら以外の使い魔は、いまはいないので」
「え? 使い魔、ブラン一人なの?」
魔王ともあろうものが、使い魔がひとりだけとはどういうことだろうか。もっと数多の魔物を使役し、住処を快適に保とうとするものではないのだろうか。少なくとも、伯爵という爵位であるダヴィッド家であっても、(ニコラも頭数に入れるとするならば)老若男女問わず十数名近く立ち働いていたように思う。
それなのに、ダヴィッド家よりも広大な敷地である、城とも呼べるこの建物の維持や管理を、どう見ても十歳くらいの少年にしか見えない彼が、すべて請け負っているというのだろうか。
そういった意味を込めてニコラが問い返しても、ブランは特に意に介することはなく、「ええ、そうですよ」と、うなずく。しかも、いまの反応から見て、ブランは掃除を熟知しているとは思えない。
まさか、と言う思いがしつつ、目を落した先にあるプレート皿の様相を見て、「……いや、そうかもしれない」とも、ニコラは考え直した。なにせ、ブランが運んできた朝食(と思われるもの)は、焦げた黒パンに発行臭のする野菜の酢漬け、カチカチのベーコン、そして、得体のしれないハーブティーだったのだから。
「魔王様も、僕と同じ朝食を召上っているの?」
念のために尋ねてみると、ブランはさびしげに苦笑して首を横に振る。
「いえ、魔王様はおいらのごはんはお気に召さないようなので……最初の頃はお作りしていたのですが……いまは、魔王様はご自分で用意されてるみたいです」
テーブルに並ぶものを見ていたら、それはそうだろうな、という気もしてくるが、それを幼い姿の彼に伝えるのはいささか気が引ける。
しかし、この先もこれが続くかもと思うと、いくら割とポジティブな考えの持ち主であるニコラでも、閉口してしまう。
何か穏便に、出来たら少しでも状況が良くなるようにできないか……と、考えた末、ニコラはあることを思いついた。
「ねえ、ブラン。僕と魔王様も食べてくれるようなご飯を作ってみない?」
「……花嫁様と、ですか?」
ブランが目を瞬かせ首を傾げる。それに対しニコラはうなずき微笑み、「そう、僕と」と答える。
「花嫁様、ご飯作れたりするんですか? えっと……ご令息、でしたよね?」
「まあ、ちょっと色々あってね……。あと、僕のことは“花嫁様”じゃなくていいよ、ブラン」
「え、でも花嫁様ではないんですか?」
ドレスも着ていたのに、とブランに言われ、ニコラは苦笑して首を横に振り、「それは昨日までの話だよ」と、呟く。
「僕は、魔王様に嘘をついてここに来たんだ。ちゃんとした花嫁じゃない。だから、僕のことは、ニコラって呼んでくれる?」
昨日の広間での騒動を思い出したのか、ブランもまた居た堪れないような顔をし、小さくうなずく。その様子に一先ずの安堵をしたニコラは、すっかり冷めてしまったカップを手に取った。
「じゃあさ、これを飲んだらさっそく今から朝食を作ってみようよ」
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