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アキとユズ*第一章
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「俺が、来るから?」
「……えっ」
「俺がさ、ユズのコト考えないでいつも遊び来るから、だよね……書けないのってさ、きっと」
「……………」
違うよ、って言いたかった。言おうと口を開こうとも思った。言ってしまうこともできたかもしれない。それは本当のことで簡単なことだから。
でもしなかった、できなかったのは……棄ててもいいほどにアキくんとの日常を嫌えない自分もいるからだ。アキくんが来ることで困っているのも、アキくんがいる風景が大切なのも、どっちも本当の俺だからだ。
アキくんはちょっと考える風な感じに口を噤んで、そして、慎重に口を開いた。「俺、もう、来るのやめるよ」って。
その瞬間、目の前が真っ暗になって冷たくなってくのがわかった。アキくんが傍にいる筈なのに、見えなくなった。胸の奥の苦しくて痛い感覚が増していくのを止められない。涙が、溢れてく。
「ユズがさ、前に、料理作るの気分転換だって言ってた気がしたから……じゃあ、俺がそれ手伝ってやろうって思ったんだけど……余計なお世話だったんだよね」
「……え? 手伝、う?」
「俺さ、ユズ。ユズの作るメシが最初は目当てだった。いまでも、かな……ま、それは兎に角さ。でもさ、なんだろ……ユズが仕事うまくいかないーって言ってるの聞いて、ああ、じゃあ、気分転換のきっかけに俺がなればいいやって……思ってたんだけど……かえって迷惑かけてたんだね…ごめん…」
思ってもみなかった言葉に目が点になった。全然考え及ばなかったことが無償の親切として差し出されていたなんて。俺はそれがまったく解ってなかったことにも驚かされた。
でも解ってなかったのは、お互い様でもあるんだ。俺はアキくんがご飯目当てでしかないって思ってて、アキくんは俺がご飯を作ってあげることで気分転換したいんだって思ってて、お互いにお互いのことを勝手に思い込んでたんだから。
押し付けながら差し向けていた感情が、実は根っこでは同じ色をしているかもしれないと気付いてしまった瞬間、俺らは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。遠まわしな気遣いがただのお節介にしかなってなかったことにやっと気づけたのがおかしくて。
じゃあなんでそんなことをしてしまったたんだろうって、取っ払ってしまった根っこの色の意味はなんだろうって……改めて考えなくてもなくても、さんざん遠回りしてきた俺らは、結構いい歳でもあるワケだから、真意をちゃんと掴んでいた。後はそれを確かめ合えばいいだけだ。
少し笑った後、ゆったりと息を吐いたアキくんが、ふわりとやらかくやさしく笑った。そんで、俺の名前を呼んだ。
「ユズ。」
「うん?」
「俺、ユズから作られる物、全部好きだ。小説も、料理も、声だって、笑ってる顔だって、全部。」
「……アキ、くん?」
赤っぽいオレンジの髪の、人懐っこい笑顔が一層やさしく笑む。
見ているだけなのに胸の奥が、息が止まりそうなほど、苦しくて痛い。自分が綴る青臭い恋物語のワンシーンよりも甘い、言葉にもなれない感情が湧きあがるのを抑えきれない。手の中に抱え込んだまま冷めてく甘い食べ物の感触みたく、湧きあがってくる感情はやわらかい。
――――知ってる。この感情の名前を。知ってる。遠い昔に葬ったはずの――――
「―――俺、ユズが、好きなんだ。」
「……アキ、くん…。」
「ねえ、ユズ。俺、ユズの一番のファンで、読者でいたい。すごくすごく、“青星ライナー”好きだからさ、ホントに。だからさ、もっと支えられるように傍にいたんだけどさ、ダメかな? もっとちゃんと、ユズのこと、支えたいんだ。」
断る理由もなければ、他に答えなんてなかった。散々遠回りして重ねてきた時間が、いまようやくふたりを向き合わせてくれたんだから。
答える代わりに、俺はそっと照れたように緩んだ口許に触れた。唇は微かに赤い辛い食べ物の味と、苦いビールの味がした。
襟足に触れていた手がぐっと俺を掴んで、そのまま引き寄せられていく。冬の夜のにおいがする、かさかさなアキくんのジャンバーの生地の感触が濡れた頬に心地いい。
「大事にするよ、ユズ。」
「うん……ありがと、アキくん」
もう少しだけ、足掻いてみよう。なくしたくない、大切な人と一緒に目の前のことを分かち合いながら。ぽつんとひとりきりでしかなかった、薄墨のような俺の綴った文章や、作った料理を掛け替えなく思ってくれてるヒトがここにいる、それだけでもしあわせなんだから。
そっと撫でてくれる掌の心地よさと温かさを受け止めながら、俺らはそっとまた唇を重ねた。乾いてて少しだけ苦いそれは、疲れきった俺の心に何よりも沁みてくのを感じた。
「……えっ」
「俺がさ、ユズのコト考えないでいつも遊び来るから、だよね……書けないのってさ、きっと」
「……………」
違うよ、って言いたかった。言おうと口を開こうとも思った。言ってしまうこともできたかもしれない。それは本当のことで簡単なことだから。
でもしなかった、できなかったのは……棄ててもいいほどにアキくんとの日常を嫌えない自分もいるからだ。アキくんが来ることで困っているのも、アキくんがいる風景が大切なのも、どっちも本当の俺だからだ。
アキくんはちょっと考える風な感じに口を噤んで、そして、慎重に口を開いた。「俺、もう、来るのやめるよ」って。
その瞬間、目の前が真っ暗になって冷たくなってくのがわかった。アキくんが傍にいる筈なのに、見えなくなった。胸の奥の苦しくて痛い感覚が増していくのを止められない。涙が、溢れてく。
「ユズがさ、前に、料理作るの気分転換だって言ってた気がしたから……じゃあ、俺がそれ手伝ってやろうって思ったんだけど……余計なお世話だったんだよね」
「……え? 手伝、う?」
「俺さ、ユズ。ユズの作るメシが最初は目当てだった。いまでも、かな……ま、それは兎に角さ。でもさ、なんだろ……ユズが仕事うまくいかないーって言ってるの聞いて、ああ、じゃあ、気分転換のきっかけに俺がなればいいやって……思ってたんだけど……かえって迷惑かけてたんだね…ごめん…」
思ってもみなかった言葉に目が点になった。全然考え及ばなかったことが無償の親切として差し出されていたなんて。俺はそれがまったく解ってなかったことにも驚かされた。
でも解ってなかったのは、お互い様でもあるんだ。俺はアキくんがご飯目当てでしかないって思ってて、アキくんは俺がご飯を作ってあげることで気分転換したいんだって思ってて、お互いにお互いのことを勝手に思い込んでたんだから。
押し付けながら差し向けていた感情が、実は根っこでは同じ色をしているかもしれないと気付いてしまった瞬間、俺らは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。遠まわしな気遣いがただのお節介にしかなってなかったことにやっと気づけたのがおかしくて。
じゃあなんでそんなことをしてしまったたんだろうって、取っ払ってしまった根っこの色の意味はなんだろうって……改めて考えなくてもなくても、さんざん遠回りしてきた俺らは、結構いい歳でもあるワケだから、真意をちゃんと掴んでいた。後はそれを確かめ合えばいいだけだ。
少し笑った後、ゆったりと息を吐いたアキくんが、ふわりとやらかくやさしく笑った。そんで、俺の名前を呼んだ。
「ユズ。」
「うん?」
「俺、ユズから作られる物、全部好きだ。小説も、料理も、声だって、笑ってる顔だって、全部。」
「……アキ、くん?」
赤っぽいオレンジの髪の、人懐っこい笑顔が一層やさしく笑む。
見ているだけなのに胸の奥が、息が止まりそうなほど、苦しくて痛い。自分が綴る青臭い恋物語のワンシーンよりも甘い、言葉にもなれない感情が湧きあがるのを抑えきれない。手の中に抱え込んだまま冷めてく甘い食べ物の感触みたく、湧きあがってくる感情はやわらかい。
――――知ってる。この感情の名前を。知ってる。遠い昔に葬ったはずの――――
「―――俺、ユズが、好きなんだ。」
「……アキ、くん…。」
「ねえ、ユズ。俺、ユズの一番のファンで、読者でいたい。すごくすごく、“青星ライナー”好きだからさ、ホントに。だからさ、もっと支えられるように傍にいたんだけどさ、ダメかな? もっとちゃんと、ユズのこと、支えたいんだ。」
断る理由もなければ、他に答えなんてなかった。散々遠回りして重ねてきた時間が、いまようやくふたりを向き合わせてくれたんだから。
答える代わりに、俺はそっと照れたように緩んだ口許に触れた。唇は微かに赤い辛い食べ物の味と、苦いビールの味がした。
襟足に触れていた手がぐっと俺を掴んで、そのまま引き寄せられていく。冬の夜のにおいがする、かさかさなアキくんのジャンバーの生地の感触が濡れた頬に心地いい。
「大事にするよ、ユズ。」
「うん……ありがと、アキくん」
もう少しだけ、足掻いてみよう。なくしたくない、大切な人と一緒に目の前のことを分かち合いながら。ぽつんとひとりきりでしかなかった、薄墨のような俺の綴った文章や、作った料理を掛け替えなく思ってくれてるヒトがここにいる、それだけでもしあわせなんだから。
そっと撫でてくれる掌の心地よさと温かさを受け止めながら、俺らはそっとまた唇を重ねた。乾いてて少しだけ苦いそれは、疲れきった俺の心に何よりも沁みてくのを感じた。
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