アキとユズ~いただきますを一緒に~

伊藤あまね

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アキとユズ*第二章

ランチボックス*3

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 結局、ユズはあれからリビングのテレビの前で眠りこんでしまった俺に毛布を掛けて、それから、仕事をしてたみたいだ。弁当は、多分その仕事に片がついたかなんかの時で、気分転換のつもりだったのかもしれないけど。
 いま抱えてるのは急ぎではない仕事だって聞いてはいたけど、ああいうのって、なんだろ、「波」みたいなのがあるんだってね。書ける時は書けるけど、そうじゃない時は一行も、っていう感じに。後者である時の彼の方を俺はどっちかって言うとよく知ってはいるから、――――そういうとユズが全然ダメな作家なように聞こえるけど、そんな事はないって、彼の作品をこよなく愛するファンである俺は断言できる――――書ける時に集中して書いてしまうんだそうだ。
 昨日はまさに書ける「波」が来てたんだろう。俺が隣の部屋で呑気に鼾かいて寝てるのも気にならないほどの集中力は流石だ。

 書くことに集中しているユズの姿を、一度だけ見たことがある。付き合いだしてすぐの週末、たまたま外で見掛けたことがあったんだ。
 ユズは基本的に家で仕事をするんだけど、ほんの時々、駅前のスタバにいることがある。家で自分の淹れるコーヒーに飽きるとか、家がどう仕様もなく汚くなった時なんかに利用するって聞いたことがあったのをその時思い出した。
 彼は店の通りに面したガラス張りの奥の奥のソファーに浅く腰かけ、前のめりとも言える妙な姿勢で持参のノートパソコンの画面を見つめていた。パソコンが置かれているテーブルのはるか端の方にはマグカップと、その手前にはネタが書かれてるであろう手帳らしき物が置かれていた。
 きっとあのカップの中身はかなり前から冷めてるんだろうな…そういうことを思ってしまったのは、画面を見つめている顔が、「波」が退いている顔だったからだ。
 べつに、その顔がそういう気分のときだって聞いたわけでも教えられたわけでもない。見ただけで厳しい状況だってのが判っちゃうぐらいに険しい表情だったってことだ。
 だから俺は、そのまま店に入ってくこともなく、窓ガラス叩いて手を振るでもなく、その場を去った。背を向けた後ろに彼の気配を薄ら感じているのがちょっと心残りではあったけど、彼の作品と彼を好きである俺であるならば、そこは引き下がるのが当然に思えた。
 とは言っても、やっぱ心残りであることには変わりなかったから、家に着いてから、「さっき駅前のスタバいた?」ぐらいのメールはしちゃったんだけどね。
 そのメールに返事があったのは、それから更に二日経ってからだったから……自分がしたことが彼にとっても妥当であったことに俺は心底ほっとした。
 そして同時に……ああ、やっぱ、硬いな、って思ったんだ。まだあの時は付き合って一カ月も経ってないしなぁ、って思って気にはしなかったけど、時折感じる、硬いっていうのは、いまも尚変わらない。たった三ヶ月で何がわかるのかって言われればそうかもしれないけど……
 でもさ、俺と、ユズは……大っぴらに言えないようなもんであっても、付き合ってる。つまり、恋人同士ってことになるんだよねぇ、これって。恋人同士っつーのは…なんだろ、もうちょっと、こう、相手のこと知りたいとかって…思ったりしないもんなの、かな……それとか、なんでもないメールを、し合うとか…… なんかこう、いまいち付き合ってる感がないんだよなぁ……なんでだろう?
 っていうかさ、徹夜明けに弁当を作ってくれはするのに、泊ってった夜になんかあるワケでもないってのもなー……。そりゃあ、そこに至るまでにはそれなりになんか色々ややこしいんだろうけどさ、世間一般に知られてるものと違うワケだからさ。
 そういう話は横に置いといたとしても、だ。なんだろう……ユズは、なんか、やっぱ硬いんだよなぁ……解り易く言えば、許されてないって気がするんだ、俺がユズから。心開かれてないって言うのかな。
 なんか一定以上のラインとステップには越えたり進んだり出来ないようにされてる気がするんだよな、俺からユズに対して。逆に、ユズから俺に対しても同じように。
 だからって拒んでるってワケではないことは、判るんだ、これも、なんとなくだけど。でも、そこ止まりなんだ。なんなんだろ、この見えない壁的な硬いのって……キレイに平らげられてくささやかなしあわせの残骸を前に、俺は満腹より少し憂いを帯び気味な溜息を吐いた。
 午後はあのひな壇の片づけをして、元のとこ戻して、後は1年の男子トイレの壁を直しに行かなきゃなんだったっけな……
 そそくさと空の弁当箱を鞄にしまいこんで、午後からの仕事内容を頭の中に並べながら俺は食後の歯磨き(職員全員義務なんだよ、地味にめんどい)をすべく席を立った。
 満たされた筈の身体の中はなんとなくまだぽっかりとしている気がしたけれど、気付いていないふりをした。さっさと仕事終わらせて、今日は定時に帰ろう……んで、ユズに弁当箱を返しに行こう。
 弁当のお礼と手土産になんかあったかい物でも持っていこう思いながら、俺は午後の仕事モードに頭を切り替えた。



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