アキとユズ~いただきますを一緒に~

伊藤あまね

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アキとユズ*第二章

ランチボックス*7

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「あ、いらっしゃーい……」

 何日も考えあぐねてたのが馬鹿らしくなるほど、あっさりと俺は迎え入れられた。仕事中の格好(普段はコンタクトだけど、執筆中はメガネなことが多い、家では)をしてるから、やっぱ帰ろうと思ったんだけど、招かれたのと逢ったのが久々だったのとで拒むことなく俺は上がり込んだ。
 手土産のタコ焼きを差し出すと、ユズは受け取ってからちいさく笑ってくれた。「いい匂いだー。」 そう微笑んで薄く曇るメガネ姿が可愛らしくて、俺も笑った。
 淹れてもらった濃い緑茶を啜りながら、タコ焼きを摘まむ。程よく冷めてぬるいそれは瞬く間に箱から姿を消した。
 「おいしかった、ありがと」 いつもの、俺が持って来た物へのユズの言葉。どんな物であっても、ユズは必ずちゃんとお礼と言う。おいしかった、と、ありがと、を。

「なんか昼メシ食いそびれててさー…結構嬉しかった、タコ焼き。」
「なんだ、それならもっと買ってくりゃよかったかな。お好み焼きとかもさ。」
「んー…でもあんま食うとさ、眠くなっちゃうから。」

 夕暮れ色の陽射しのぬくもりと、その影の冷たさ。ふたつの差異がするりと俺の背を舐める。控え目に効いてるエアコンの風を感じるのに、俺は寒気を感じた。
 ……ああ、そうだった、あのヘンな影の正体、確かめなきゃだったんだっけな…… 久々に眺める相手の姿と声に、忘れかけていた目的を思い出し、切りだすタイミングを計る。
 ―――――タイミングって、なんだ? 誰に断る必要が?俺の中の問題だってのに。
 ……ああ、そっか要するに、自分がショックを受けない角度とか切り口を見つけ出す、そのタイミング。
 ……てか、俺は、いま、何を彼に問おうとしてるんだ?今更に持ち込んだものの重みに気付かされて、愕然とする。
 でもきっと、今を逃せば、それはもっと重くなってしまう気がする。
 だから、俺は、弄んでたつま楊枝を置いて、ユズの名を呼んだ。

「なに?」
「あの、さ……ユズって、俺のこと、どう思ってんの?」

 付き合いだしのふたりなら、一度は交わすであろうベタな言葉を、しかも躊躇いがちに差し向けてる自分が、自分でも可笑しくて仕方なかった。なんだそのドラマ見過ぎなセリフは!って言う。そんな言葉、最後に言ったのっていつだったっけ?ってぐらいだ。
 自分を削ったり振り回したりするような、面倒だってちょっとでも感じるような人間関係、特に恋愛系はここんとこずっとのらりくらりと交わしてたから、随分と久しぶりに相手と向き合わざるを得なくなってる状況に、そう差し向けていってた自分の無意識さと鈍さに驚いていた。
 そんで、途方に暮れた。どうしよう、って。こういう面倒を穏やかに解決できた例が俺の経験にはほぼ皆無だからだ。
 差し向けられたユズはって言うと、2杯目のお茶を淹れて差し出しながら、「え?どう…って?」と、聞き返してきた。

「や、だからさ、ユズ、俺、と…付き合ってる、ワケじゃん」
「ああ、うん……一応、そうなるよね」

 一応。その言葉が何故か妙に引っ掛かった。それもまた感触悪く。チクリと、ずきりともする感触に少し俺は顔を伏せた。
 ちいさなテーブルを挟んで向き合っているであろうユズは、きっときょとんとした顔をしているだろう。マグに注いだ熱い濃い緑茶をゆっくり飲みながら、俺の次の言葉を待ってる。彼からの言葉はそれ以上待っても出てくる気配がなかった。それが、俺の中にじっと息を潜めていた、あの影を突いた。そんで、何か抑え込んでいた物を押しのけるようにして口を開いていた。

「いちお…って、なんだよ…」
「それは、えーっと……」
「俺は、ユズが、好きだって、言ったよね?」
「え、うん……」
「ユズが、小説書いてくのとか、何か色々することを、護れたらって言ったよね?」
「うん……そ、だったね…」
「それ、ユズもさぁ…おっけーっつーか、受け入れたわけだ、よね?そういうのってさ、付き合ってるってことになんだよね?」
「え、うん……いちお…」
「―――だから、その、一応っての何なんだよ!」

 自分がどこからそんな大声を上げられるのかって思った。その声が誰に向けられて発せられたのかってのも一瞬把握できなかった。どこか遠くの国のクラクションよりも遠い怒鳴り声に、眼の前のユズが見る見るうちに青ざめていった。
 ああ……しまった…っ 怒鳴り声に強張った表情をしているユズを見て、反射的に俺はそう思った。硬いって思ってたふたりの間のものがその強度を増してくのを感じたし、止められなかった。胸が押し潰されそうに痛い。膨らんでく硬い何かに呼吸もままならないぐらいに。
 それでも俺は、更に声をあげてくことを止められもしなかった。硬い感情の塊がぐいぐいと俺の腹の中に溜まっていたモノをばら撒かせていくのを止められない。

「一応?そんならユズはさぁ、俺のこと、やっぱ、とりあえずって言うか、単なる食事相手とかにしか見てないってことだよね?つかさ、だいたい、そういうのされて嫌だって泣いたの、どっちだよ?」
「…え、う…でも…そー、いうん、じゃ…」
「じゃあなんだよ?仕事の気分転換の都合のいい相手?」
「………アキく…ちが…」
「なにが違うんだよ? なあ?」
「…アキくん、ねえ、聞い…」
「ユズが俺のことそういう風に見てないってのと、何がどう違うんだよ!一応とか言いやがってさぁ……俺は、ちゃんとユズが好きだって、何度も言ってるのに!」
「………っ」
「ユズは、一度だって俺に何も言ってくれないじゃんか!」

 口をついて出ていった言葉は、どれも稚拙で醜くすらあった。感情のままに発せられ、躊躇いなく目の前の彼を傷つけてく。言葉を浴びせられながら歪んでくユズの顔が見えてたのに、俺の言葉は止まらなかった。溢れてく負の感情がちいさくちいさく蹲ってくように俯く彼を呑みこまんとしていた。
 重苦しい沈黙が、ゆったり暮れてって薄紫に染まってく部屋の中を漂っていた。俺が気付いてしまった影が、俺の中から抜け出してふたりの上を覆ってるように部屋の中は暗かった。息をするのが億劫になるぐらいに重たい沈黙が、ふたりの喉元を塞ぎかけていた。


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