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アキとユズ*第三章
水蜜桃*3
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真夏のバスに揺られながら、ユズはそっと膝上の紙袋の中を覗いた。編集者との打ち合わせは予定よりも少し長引いてしまったが、場所が駅ビル内のカフェであったため、手荷物の中の果物にはあまり影響はないようだった。袋からはほのかに桃特融の甘ったるい匂いが漏れた。
ユズがアキの家を訪ねるのは2回目ではあるが、実質今回が初めてと言えた。
前回訪ねたのはまだ出逢って間もない頃で、ある晩、例のごとくアキがユズの家に夕食を食べに来た際忘れていった物を届けた時だった。たいていアキは仕事帰りに寄ることが多いからか、仕事で使うと思われる資料のような物をその時は忘れていったのだ。
忘れ物は掌大のメモ帳だった。リビングの床で見つけた際、何だろうと思ってぱらぱらと捲り、すぐにアキのものだと判った。
ざっくりとしか見ていないが、内容の大半は設計図のような物と、採寸した数字や使用する材料名、設置場所などが細かく書かれていた。
決してきれいな文字とは言えなかったし、メモ帳自体もかなり使いこまれてぼろぼろであったが、それがいかにアキにとって大事なものなのかは考えるまでもなかった。
当時は締切りが翌日に控えた連載コラムがあったし、忘れ物に気付いたのも日付が変わるような時刻だった。いまメールをして、明日にでも取りに来てもらえばいいものだとも言えた。大事なものならばそのうち本人が物がないことに気付いて連絡をしてくるかもしれないし…… 何もしない、と言う言い訳は山のように在った。
だがそれでもユズは薄手のパーカーを羽織り、夜更けの通りに自転車を走らせることを選んでいた。
頬をすり抜けてった秋風の冷たさと、突き動かされる様な妙な使命感を帯びてペダルを踏む足の感覚、一度だけの聞いたうろ覚えの住所を頼りに巡る道のりと景色。その先に待っていたアキの驚いた顔と嬉しそうな顔を、ユズは忘れられない。
このヒトが、食事を作ってあげた時のように、自分のしたことで喜んでくれるならいいのに。その時に胸に浮かんだちいさな想いの種もまた、彼にとって愛しい記憶だ。
それから三度目の夏を迎えた。相変わらずアキは仕事帰りにユズの家に立ち寄り、夕食を食べ、時折風呂も借りていく。そのたびにささやかな手土産を持って。
最近はそこに、後片付けをすると言うことも加わり、狭いシンクの前にふたり並んで食器を片づけることが日課となりつつある。
お互いの一日の出来事や、他愛のない事、交わす言葉や内容は食事の時とさして変わりはないのだが、ほんの時々、言葉と言葉の狭間に口付を交わすことが唯一の違いであり、ささやかな楽しみになっているとも言えた。数センチ先の相手と無言で見つめ合うだけで笑みが零れる。その甘さが堪らなく愛しかった。
バスはやがて見慣れた交差点に差し掛かり、停まった。バス停はアキとユズの家のちょうど真ん中に位置する古い街道にある。
車窓からバス停の方を見やると、そこにはアキが待っていた。打ち合わせが終わり次第連絡する手筈だったので、ついでに迎えに来てくれたのだろう。
ユズから迎えを頼んだわけではなかったが、嬉しい事に変わりはなかった。思わずちいさく手を振ると、アキもまた振り返してくれた。
ユズがアキの家を訪ねるのは2回目ではあるが、実質今回が初めてと言えた。
前回訪ねたのはまだ出逢って間もない頃で、ある晩、例のごとくアキがユズの家に夕食を食べに来た際忘れていった物を届けた時だった。たいていアキは仕事帰りに寄ることが多いからか、仕事で使うと思われる資料のような物をその時は忘れていったのだ。
忘れ物は掌大のメモ帳だった。リビングの床で見つけた際、何だろうと思ってぱらぱらと捲り、すぐにアキのものだと判った。
ざっくりとしか見ていないが、内容の大半は設計図のような物と、採寸した数字や使用する材料名、設置場所などが細かく書かれていた。
決してきれいな文字とは言えなかったし、メモ帳自体もかなり使いこまれてぼろぼろであったが、それがいかにアキにとって大事なものなのかは考えるまでもなかった。
当時は締切りが翌日に控えた連載コラムがあったし、忘れ物に気付いたのも日付が変わるような時刻だった。いまメールをして、明日にでも取りに来てもらえばいいものだとも言えた。大事なものならばそのうち本人が物がないことに気付いて連絡をしてくるかもしれないし…… 何もしない、と言う言い訳は山のように在った。
だがそれでもユズは薄手のパーカーを羽織り、夜更けの通りに自転車を走らせることを選んでいた。
頬をすり抜けてった秋風の冷たさと、突き動かされる様な妙な使命感を帯びてペダルを踏む足の感覚、一度だけの聞いたうろ覚えの住所を頼りに巡る道のりと景色。その先に待っていたアキの驚いた顔と嬉しそうな顔を、ユズは忘れられない。
このヒトが、食事を作ってあげた時のように、自分のしたことで喜んでくれるならいいのに。その時に胸に浮かんだちいさな想いの種もまた、彼にとって愛しい記憶だ。
それから三度目の夏を迎えた。相変わらずアキは仕事帰りにユズの家に立ち寄り、夕食を食べ、時折風呂も借りていく。そのたびにささやかな手土産を持って。
最近はそこに、後片付けをすると言うことも加わり、狭いシンクの前にふたり並んで食器を片づけることが日課となりつつある。
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車窓からバス停の方を見やると、そこにはアキが待っていた。打ち合わせが終わり次第連絡する手筈だったので、ついでに迎えに来てくれたのだろう。
ユズから迎えを頼んだわけではなかったが、嬉しい事に変わりはなかった。思わずちいさく手を振ると、アキもまた振り返してくれた。
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