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アキとユズ*最終章
はなまるをあげよう*6
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「そういえばこの前…一昨日かな?にさぁ、俺、駅前で馬越くん見かけたんだけど、あれ、何してたの?」
「駅前、ですか?」
「そ。ユズと、一緒に居たよね?昼頃だったかな。」
「…あー…居まし、たね…。」
「馬越くんとさ、ユズと…と、誰か知らない人と。」
「や、別に何のやましい事も疑わし事もしてないし、話してないですよ!」
「いやいや俺まだ何も言ってないじゃん。まあ、ユズといたってのは確かなんだ?」
「えーっと…はい…すんません…」
「なんで謝んの?ヘンなことしてるワケじゃないんでしょ?」
「してないっすよ!誓って、してませんッ。」
「に、しては…歯切れ悪いね、なんか。」
「あー…えーっと…」
「さっきの、嘘?」
「や、嘘じゃないっす。これも、誓ってもいいです。」
「じゃあ、何?」
「ちょっと、口止め、されてて…」
「……ユズに?」
「…まあ、そうっすね…すんません…」
「どうしても?」
「はい………すんません…」
執拗とも言える勢いで質問を重ねる俺に、ひたすらに馬越くんは謝り続け、すごく気まずい沈黙が俺と彼の間に漂っていた。春の陽気を思わせるひだまりの中にいるはずなのに空気がとても重たくて冷たかった。
程なくして、馬越くんは仕事があるからと言って、足早に去って行った。挨拶されただけとわかってはいても、彼に頭を下げられると、悪くもないのに謝られたような気がして、一層気づまりがした。
陽射しは、変わらずに俺の上に降り注いでいるのに、ちっとも身体はあたたかくならなかった。内臓の一つ一つが凍り付いているかのように寒くて仕方なかった。
ユズが俺に隠し事をしている。それも、共通の知人を巻き込んで、口止めまでして。隠されている内容が判らないのもショックだったけれど、何より、隠し事をされたという事実がひどく悲しい衝撃だった。
とある事実を隠されるという事は、その事実を話すに自分が値しないということになる。信用できないとか、理解されないだとか、そんな風に相手に思われているという事だろう。少なくとも俺はそう考えている。ユズと俺は肌も交えるほどの仲なのに……そんな価値もない人間だとみなされてしまった事がとても悲しくて、辛かった。
この前久々にユズの本が出た時に、俺のおかげだと彼は言ってくれた。俺がいてくれたからできた本だ、と、言って手渡してくれた。
だから俺は、彼にとって肉親に近いほどの信頼をようやく得られたんだと思っていた。隣に寄り添えるだけの資格をようやく得られたような、そんな気さえしていた。
だけど―――――俺は、まだユズにとって隠し事をされても仕方がないほどの価値しかない男なんだ。
どんなに俺が、彼を想っていようとも。重たい事実が、ずしりと俺の方や背に圧し掛かる。頭上に広がる空は明るく澄んでいるのに、俺の心はコールタールを溶かしたように淀んでいた。
階段の脇に佇みながら、一瞬、今日ユズに逢いに行くのをやめようかと考えてしまった。逢ったところでどんな顔をしてどんな話をしていいのか全くわからなかったからだ。
昨日の夕方、彼の方から、仕事の目処がついたから明日逢おうよ、って言ってきたのが余計に俺の足を鈍らせていた。
一昨日の出来事に悶々としつつも、まさか隠し事されているなんて思ってもいなかったあの時の俺は、そのメールにすごく機嫌よく返信を送っていたこともまた余計に気を重たくさせていた。あの日見た光景は幻だったんだと思えてきていたからだ。
なにより、初めてユズに逢いたくないと思っている自分にも少なからずまたショックを受けていた。そんな感情が自分の中にもあるという現実に、言葉もなかった。
麗らかな陽射しが、俺の胸を貫くように降り注いでいる。きっと、俺の事を待ちながら、今頃何か料理を作ったり掃除したりしているであろうユズの上にも。同じ空の下に居ながら、どうして心は世界の果てと果てにいるような気分になってしまっているんだろう。ほんの数日前までユズに逢える日が待ち遠しくて仕方なかったのに。
待ち遠しくて仕方なかった今日に、何でこんなに苦しくて悲しい気持ちにならなきゃいけないんだろう。
泣き出したい衝動を抑えながら、俺はどうにか一歩、また一歩を踏み出して歩き出すことにした。こんなところで呆然と日向ぼっこしていたって本当の事は何もわからない。だから、せめてユズに逢って確かめよう。そう、ようやく思い至っての一歩だった。
踏み出す歩みは鉛のように重く、歩くたびに息が詰まりそうだった。苦しい…悲しい…なんで…そんな思いがぐるぐると頭の中を巡っていた。泣き出さなかっただけでも奇跡のように思えた。
「駅前、ですか?」
「そ。ユズと、一緒に居たよね?昼頃だったかな。」
「…あー…居まし、たね…。」
「馬越くんとさ、ユズと…と、誰か知らない人と。」
「や、別に何のやましい事も疑わし事もしてないし、話してないですよ!」
「いやいや俺まだ何も言ってないじゃん。まあ、ユズといたってのは確かなんだ?」
「えーっと…はい…すんません…」
「なんで謝んの?ヘンなことしてるワケじゃないんでしょ?」
「してないっすよ!誓って、してませんッ。」
「に、しては…歯切れ悪いね、なんか。」
「あー…えーっと…」
「さっきの、嘘?」
「や、嘘じゃないっす。これも、誓ってもいいです。」
「じゃあ、何?」
「ちょっと、口止め、されてて…」
「……ユズに?」
「…まあ、そうっすね…すんません…」
「どうしても?」
「はい………すんません…」
執拗とも言える勢いで質問を重ねる俺に、ひたすらに馬越くんは謝り続け、すごく気まずい沈黙が俺と彼の間に漂っていた。春の陽気を思わせるひだまりの中にいるはずなのに空気がとても重たくて冷たかった。
程なくして、馬越くんは仕事があるからと言って、足早に去って行った。挨拶されただけとわかってはいても、彼に頭を下げられると、悪くもないのに謝られたような気がして、一層気づまりがした。
陽射しは、変わらずに俺の上に降り注いでいるのに、ちっとも身体はあたたかくならなかった。内臓の一つ一つが凍り付いているかのように寒くて仕方なかった。
ユズが俺に隠し事をしている。それも、共通の知人を巻き込んで、口止めまでして。隠されている内容が判らないのもショックだったけれど、何より、隠し事をされたという事実がひどく悲しい衝撃だった。
とある事実を隠されるという事は、その事実を話すに自分が値しないということになる。信用できないとか、理解されないだとか、そんな風に相手に思われているという事だろう。少なくとも俺はそう考えている。ユズと俺は肌も交えるほどの仲なのに……そんな価値もない人間だとみなされてしまった事がとても悲しくて、辛かった。
この前久々にユズの本が出た時に、俺のおかげだと彼は言ってくれた。俺がいてくれたからできた本だ、と、言って手渡してくれた。
だから俺は、彼にとって肉親に近いほどの信頼をようやく得られたんだと思っていた。隣に寄り添えるだけの資格をようやく得られたような、そんな気さえしていた。
だけど―――――俺は、まだユズにとって隠し事をされても仕方がないほどの価値しかない男なんだ。
どんなに俺が、彼を想っていようとも。重たい事実が、ずしりと俺の方や背に圧し掛かる。頭上に広がる空は明るく澄んでいるのに、俺の心はコールタールを溶かしたように淀んでいた。
階段の脇に佇みながら、一瞬、今日ユズに逢いに行くのをやめようかと考えてしまった。逢ったところでどんな顔をしてどんな話をしていいのか全くわからなかったからだ。
昨日の夕方、彼の方から、仕事の目処がついたから明日逢おうよ、って言ってきたのが余計に俺の足を鈍らせていた。
一昨日の出来事に悶々としつつも、まさか隠し事されているなんて思ってもいなかったあの時の俺は、そのメールにすごく機嫌よく返信を送っていたこともまた余計に気を重たくさせていた。あの日見た光景は幻だったんだと思えてきていたからだ。
なにより、初めてユズに逢いたくないと思っている自分にも少なからずまたショックを受けていた。そんな感情が自分の中にもあるという現実に、言葉もなかった。
麗らかな陽射しが、俺の胸を貫くように降り注いでいる。きっと、俺の事を待ちながら、今頃何か料理を作ったり掃除したりしているであろうユズの上にも。同じ空の下に居ながら、どうして心は世界の果てと果てにいるような気分になってしまっているんだろう。ほんの数日前までユズに逢える日が待ち遠しくて仕方なかったのに。
待ち遠しくて仕方なかった今日に、何でこんなに苦しくて悲しい気持ちにならなきゃいけないんだろう。
泣き出したい衝動を抑えながら、俺はどうにか一歩、また一歩を踏み出して歩き出すことにした。こんなところで呆然と日向ぼっこしていたって本当の事は何もわからない。だから、せめてユズに逢って確かめよう。そう、ようやく思い至っての一歩だった。
踏み出す歩みは鉛のように重く、歩くたびに息が詰まりそうだった。苦しい…悲しい…なんで…そんな思いがぐるぐると頭の中を巡っていた。泣き出さなかっただけでも奇跡のように思えた。
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