アキとユズ~いただきますを一緒に~

伊藤あまね

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アキとユズ*最終章

はなまるをあげよう*15

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 どれぐらいそうしていただろう。随分と長い時間だった気がするし、ほんの数分ぐらいだったのかもしれない。とにかく俺とユズは暫くの間、じっと灯かりの下で寄り添うように蹲っていた。まるで引き合った磁石のように、俺の手はユズの背から離せなかった。
 このまま、ふたり、石になってしまうんじゃないんだろうか――――ふと、そんな思いが過る程に、俺とユズはじっと動かないままでいた。言葉も忘れてしまった、本当にただの石ころになってしまっていた。
 沈んだ感情が、ふたりを覆ってしまう。息を止めて、思考を止めて、本当にただの石にしてしまうかもしれない……そんな非現実的な発想が起こってしまいそうなほど、部屋の空気や時間は歪んでいた。
 ダメだ、このままでは本当に石になってしまうかもしれない……――――過った突拍子もない発想に背筋が寒くなった俺は、悲しみが自分たちを浸食しきってしまう前に、ユズを落ち着かせるために触れていた背中の腕の力を込めて、ユズを抱き寄せた。発想を打ち消すように、ゆっくりとまたユズの背を撫でた。
 胸の中に飛び込むような形で納まった彼は、そのまま顔を埋めて暫く声も立てずに泣いていた。俺もまた、そんな彼の肩に顔を埋め、泣いた。自分の身勝手さと、情けなさと、不甲斐なさに涙が呆れるぐらい溢れた。
 苦しかった。だけど、いま腕に抱く彼の方がずっとずっと苦しんでいるんだと思うと、こうして抱き合って一緒に泣いていることで、凝り固まった何かが少しでも溶けて緩和されればいいとも思えた。
 きっと、ほんの少し気分がすっきりするぐらいで、事態は何も解決してなんかいないのだろうけれど、それでも、思った。
 抱き合って泣いたことでだいぶ気持ちも落ち着いたのか、しばらくして、ユズがそっと身を捩ってほんの少しだけ俺から離れた。
 まだ腕の中にいるような状態ではあったけれど、お互いの表情がはっきりと確認できるほどの距離を保つことができていた。泣き腫らして赤くなった目許をしたユズの顔は、打ちひしがれた花よりも艶っぽくて、綺麗だった。
 無防備に感情のままでいる姿は、どうしてこんなにも艶めかしいなんて思ってしまうのだろうか。冷静にならなきゃいけないと意識が集中する程に、視覚や触覚が過敏に反応するのは彼の濡れた眼もとやほんのり色づいた肌の色ばかりだった。
 意識と無意識が葛藤する様が表情にでも出ていたのか、ぼんやりとしていたユズが、不意にくすりとちいさく微笑んだ。涙の残る目許をほんの僅かにほころばせて、彼は今日何度目になるかわからない、ごめん、を囁いた。

「そんなに謝らないでよ、ユズ。何にも悪い事なんてしてないのに。」
「…そうかな…」
「してないよ」
「……でも、ガッカリはしたでしょ?物書きとして食ってけなくなってるなんて…ファンとして、がっかりでしょ?」
「ガッカリって言うか…そうだったんだ、って…事実を知って、びっくりはしてる、かな…。あと、隠されてたのは、正直ショックだった。しかも馬越くんまで絡んでるなんて思わなかったしね。これは、恋人として。」
「…ごめん……」

 隠し事されていたことを改めて謝ってもらって、俺とユズの間には何のわだかまりもなくなったと、少なくとも俺はそう思った。更になったふたりの間には、徒に傷つけあった痛々しい痕がわずかに見え隠れしていた。
 傷つけてしまった痕を慰めるように、赤くなったユズの頬と目許をそっと撫でながら、彼から知らされた真実を受けての俺の正直な気持ちを包み隠さず話した。

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