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act0 始業
しおりを挟む担当の英語教師が1ヵ月の海外研修の引率に出るので、
その間だけということで、急遽非常勤講師をすることになった
小池蛍子である。
蛍子は教育学部を卒業後、5年ほど他県の私立高校に勤めた経験があり、
大学時代からつきあっていた匠と結婚し、退職。
現在は子どももおらず、専業主婦として家でぶらぶらしているという、
今日日結構なご身分であったので、退屈な毎日の刺激にもなろうかと、
提示された破格の時給もありがたく、その依頼を受けたものである。
「いやあ、本当に突然、申し訳ありません。
ひと月くらいでは非常勤のなり手がみつからなくて!」
いかにも先生然とした教頭が長い体を折り曲げるように、
引継ぎに学校を訪れた蛍子に、満面の笑みであいさつをする。
さもあろう。
このご時世、専任で採用されるのは難しく、
3年契約の常勤になれるのがせいぜい。
就職の厳しい中、教員志望者で非常勤を数か月単位でやってくれる者など、
みつけるのは至難の業である。
蛍子のような、職場復帰のリハビリにしたいと思う者には
うってつけで、渡りに船ではあったが。
「いいひとが居て、本当によかった。助かりました。」
と、教頭はなおも続ける。
そもそも。
地縁のない蛍子にお声がかかったのは、
ここの校長と、蛍子が以前勤めていた学校の校長がご学友で、
なんぞの雑談の中で、非常勤を探しているという話になり、
蛍子の存在が浮かび上がったからだ。
縁とは異なものである。
引継ぎの話の合間に「いいひとが居てよかったよかった」
と繰り返す教頭を前に、蛍子は、
いいひとかどうかは働かせてみないとわからんでしょ―が、
と内心苦笑いしつつ、
非常勤をとりあえず確保できたことへの安堵は
十分理解していた。
さすがに学校の事情というものには、そこそこ通じている。
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