せんせい、僕に描き方を教えてください

てるる

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自分が描くものは、まあそこそこテーマはある。
描いているうちに失念してしまうんだがな。
しかし、あるといっても、体験談を再構成するというパターンだから、
基本的に世間話のようなものだ。
聴いたひとが、それはよかったねえ、とか、
それはたいへんだったねえ、とか、そのくらいに
思ってくれたら上等だが、
ときに、望外の共感や共鳴を呼ぶこともあり、
とてもうれしく思う。
できることなら、俺はひとを勇気づけたり励ましたり
したいタイプだからな。
自分でも思いもよらなかった方向性で
何かを感じてもらえれば、サイコーだ。


小説というものは、必ずしも、
わかりやすいテーマとか訴えたいことを
必要としないものだと思う。
読んで、なんかよかったなーくらいの印象が
残ったり、風景や、言葉の美しさに感動したり、
登場人物に共感したり。
まあ、いろんな在り方があっていいものだろう。
俺が読んだ指南書の誰かもそんなことを
言っていた気がする。


本を読んでいる間は、作品世界に取り込まれ、
現し世を忘れていられること。


それがいい作品なのかもしれないな。




そうこうしているうちに、季節はめぐり、
翔は呆気なく3年生になった。
光陰矢の如し。年々1年が早く感じられる。
俺はアラサーの男盛りと威張ってみるが、
豆大福は思った通り、身長は俺に並び、ぷっくりしたほっぺたは
少し削げ、イケメン枠に入ってきやがった。
もう豆とは言いにくい。


「そうね、身長は工藤先生と同じくらいだけど、
脚は翔くんのほうが長いわね」


さすが平成と、文子先生が残酷なコメントをして
けらけら笑った。
俺もすれすれ平成なんだが、昭和のDNAは拭い難いようだ。


いよいよ天王山。
天下分け目の関が原だ。

3年生が就職のための面接練習などをしている間、
翔は志望校を絞りはじめていた。


「創作どころじゃないな」


センターの過去問を確認しながら、俺がからかうと、


「ひとは一生にひとつくらい小説を描けるという
話ですね」


へえ?


「自伝」


確かに。
ひとの人生ほど面白いものはない。
でも、誰が読んでもつまらない自伝のほうが
多分ひとは幸せだと思う。


「職能高校から大学進学、というのは
なかなか面白いモチーフかも知れません」


「そうだな」

日本人が大好きな感動のお涙頂戴ものにするか。


翔が片頬に笑みを宿した。
あのふくふくとした感じがなくなってしまって、
すっかり白皙の青年だ。


「せんせい、描いてみたらどうですか?」


「大学に入ってから描いてみれば?」


「僕に描かせていいんですか?」


「やっぱりやめとけ」


ひとはモデルにしても、自分がモデルになるのは
嫌だ。
描いているうちに、どんどん物語に合った人格に
成長していくものだからな。
だから、俺は姉に聴いた話を元に小説を描いたなどと、
決して姉に知られてはならないのだ。
どれほど気持ち悪がられるかわからない。
そもそも俺が小説を描いていることは内緒だ。
墓場まで持っていくつもりだ。
絶対姉より先に死んではならない。


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