隣の彼女に呪われて

はなまる

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第五話

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 要が気がつくと倉田の顔があった。

「大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃないかも。体中が痛い」

 ゆっくりと身体を起こしながら要は答えた。
 場所は屋上だ。

「今何時だ?」

「さっき予鈴が鳴ったからもうすぐ昼休みも終わりってところだ。それよりあまり聞きたくないがなにがあった? 黒神さんが教室に戻ってきたと思ったらそのまま鞄を持って出ていってしまったから様子を見に来たんだが」

 どうやら気を失っていた時間はそんなに長いことではなかったようで、要はとりあえず安心した。
 ぶつかった背中などは鈍い痛みが残っているが、大きな怪我もないようだ。

「なんていうかな、呪いは本当にあったって感じ?」

 苦笑いを浮かべながら要は「よっこらしょっと」と立ち上がった。その拍子に少しふらついたがすかさず倉田がフォローして支えてくれる。

「だからやめとけって言ったんだ」

 というような話をしているうちに午後の授業の開始をつげる鐘が鳴り始めた

「やば」

 二人は慌てて屋上から校舎内に入り階段に差し掛かった時だ。
 要は誰かに背中を押された。

「要!」

 驚いた声をあげて倉田がしっかりと要の腕を掴んだ。
 危うく階段から転げ落ちそうになった要も倉田にしがみつくようにして体勢を立て直す。

「倉田、もしかして押したりしてないよな?」

「もしかしなくても押したりするもんか」

 けれども確かに要は誰かに押された感覚があった。倉田も要の様子から察するものがあったようだ。二人して顔を見合わせた。信じたくないけれど考えられる原因に思い当たって二人はうすら寒い思いをするのだった。




 放課後、要は慎重に道を歩いていた。
 なんというか要は不幸の連続だった。階段から落ちそうになったのをはじめとして、小さな不運が次から次へと要を襲っていた。

 たとえば、掃除当番が廊下にこぼした水で滑って転びそうになった。学校から出る前によそ見をしていた同級生の自転車に轢かれそうになったりもした。
 学校を出てからも犬の糞を踏んだり、慎重に道路の端を歩いていたら電柱にくくりつけられていた立て看板から飛び出していた針金が足に刺さって制服に穴が開いてしまったりした。
 なんとか自動車の通りが少ないところを選んで歩いているので自動車の前に飛び出してしまうというようなことはないけれど油断はできなかった。

 要は今とある神社に向かっていた。
 信じたくはないけれど、今の要の状態は黒神礼美の呪い可能性が高かった。
 寺の息子である倉田だけど、「うちはただのお寺だからね。お祓いとかご利益のあるようなことはできないさ」というわけで、その代わりに古くからある土地が見がいるという神社に行ってみればと勧められたのだ。

「大丈夫、俺も受験の時とかよくお参りに行くからきっとご利益があるよ」

 というのが寺の息子の意見だった。
 ただの偶然、呪いなんてあるはずがないと思いたい要だけれど、一応はと素直に神社に向かうことにしたのだった。

 自動車に轢かれるようなこともなく、なんとかたどり着くことができた神社は、祭りなどをやるような大きなものではなく、こじんまりとした小さな鳥居とそれに見合った大きさのそれはこじんまりとした神社だった。
 参道などは一応掃除されているようだったが、忘れ去られた神社といってもいいようなさみしい場所だった。
 要は騙されたかなと思いながらもせっかく来たのだからと鳥居の真ん中をくぐって賽銭箱の前に立った。
 財布の中からちょうどあった五円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れると、これまた古い鈴緒を振って鈴を鳴らして、要はパンパンと手を合わせて熱心に祈った。

「神様仏様、もし俺に呪いなんてものがかかっているのだとしたらなんとか祓ってください。どうかお願いします」

 目をつぶって呟きながら祈っていると、突然要は頭をはたかれた。
 目を開けると賽銭箱の上に神主のような衣装を着た少年が座っていた。

「罰あたりめ。ここには神はおっても仏はおらんわ」

 見るからに小学生くらいの年頃の男の子なのに口調はやけに時代かかっていた。
 いきなりのことに手を合わせた格好のまま要が少年のことを眺めていると、再び少年は手に持った平べったい棒のようなもので要の頭をポンとたたいた。

「な、なにするんだ!」

 痛くはなかったけれど、要は驚いて一歩下がってから改めて少年にくってかかった。

「なにをもなにも、おぬしの呪いを払ってくれという願いを叶えてやったまでじゃ。どうだ。身体が軽くなったのではないか?」

 だらしなく賽銭箱の上に座った少年が手に持った平べったい棒を上下させながら面倒くさそうに答えた。

「え? ええ?」

 言われてみれば重かった肩が軽くなっているような気がした。

「ええ! マジで……ってイタッ」

 肩を回したり、身体をひねったりとしている要の頭を三度少年は叩いた。

「感謝がたらん。だいたい参拝のし方からしてなっておらん。参道の真ん中を歩いてくるとは何事だ。真ん中は神である我の道であって、人間は恥を歩かんかい。それにだ、まず鈴を鳴らしたら二礼して二拍し、そして最後にまた一礼するという基本もなっておらん。それで願い事だけ叶えてもらおうなどと図々しいにもほどがあるわ」

 えらくお冠のようだった。
 ただ要は聞き捨てならないキーワードを聞いた気がした。

「なあ少年」

「少年ではないわ」

 少年にしか見えない目の前の男の子に話しかけた瞬間、要はまた叩かられた。先ほどよりも強い力で叩いたらしくパンといういい音と結構な痛みがした。

「いや少年でないといわれても……」

 少年の剣幕に怒るタイミングを失って要は困って、叩かれた頭を撫でた。

「その顔は信じておらぬな」

「そりゃまあなんていうか、お子様だっぁぁっていちいち叩くな!」

 飛び上がって叩こうとする少年が持つ棒を要は慌てて避けた。そこで信じられないような光景を要は見てしまった。
 なんと目の前の少年が宙に浮いている。

「お子様でもないわ、我は今でこそこんななりだが、この土地を守る守り神ぞ。つまりえらいのだぞ。わかっておるか?」

「……あーなんていうか、本当に神様?」

「そう神である。久々の客だと思って出てきてみればおかしなものを連れてきおって。たった五円の賽銭じゃったがしょうがないから祓ってやったわけじゃ。感謝せい」

 神様だからか少年の姿なのにものすごく偉そうだった。

「つまりえっと、ちょっと待って。少し話を整理すると、つまり俺は本当に呪いにかかっていて、それを、少年じゃなくって神様が祓ってくれたと?」

 目の前に浮かんでいる少年の姿は確かに要の前にあった。それを見ていても夢かもしれないという信じられない心と、これは現実だという思いで要は混乱していた。

「そう言っておろうが、すぐには信じられんだろうが、呪いは祓ってやったのだ。それに感謝する気持ちがあるのならば、また参拝に来るとよい」

 夢でも現実にしろ要にとっては悪い話ではなかった。要の肩に重くのしかかっていたものは奇麗になくなっているし、気持ちも上向いたことは確かだった。
 これで安心して家に帰れる気持ちになったことも間違いなかった。
 だから要は改めて両手を合わせると、目の前で相変わらず浮いている少年に向かって「感謝感謝」と本気で呟いたのだった。

「ところでおぬしに呪いをかけた者だが、その者そのままにしておけば近いうちに人を殺すかもしれぬな」

 聞き流すには思いないようだった。正直なところすっかり黒神礼美には嫌われてしまったことだろうから、要としてはもう彼女にかかわる気はなかった。
 言いたいことを言ってすっきりしたということもあるし、半信半疑だった呪いも本つだということがわかったのだからますます関わりたくない気落ちだった。
 それでも黒神礼美のせいで誰かが死ぬかもしれないという話は聞き逃すことはできなかった。

「それってつまり、黒神に憑いている悪魔だか何だかをなんとかしなきゃヤバいってこと?」

「悪魔?」

 神様を名乗る少年は鼻の頭にしわを寄せるようにして吐き捨てた。

「もしもそんなものに関係した者が、我が神聖な聖域に侵入してきたのならば、その場でおぬしなど一刀両断じゃぞ」

 本当に嫌そうな様子で要の頭を何度も叩く。要としてはたまったものではないのだけど、なんとなく逆らってはいけないような雰囲気だった。

「おぬしの背後霊の狂いっぷりからすると、悪魔などという下賤なものではなく、おそらく悪霊の類だろう。それも元は背後霊のような存在だったはずじゃ」

「背後霊って? それが呪いの原因ってわけ?」

 要の疑問に少年神様は再び賽銭箱の上に戻ってから、胡坐で片膝を立てただらしのない格好で座りこんで説明してくれた。

「つまりだ。背後霊ってやつは本来は守護している存在、この場合ならお主の事じゃが、が不用意に危険などにあわないように導いてくれるものなのじゃ。もちろん我のような神とはまったく違うものだからたいした力はないがの。で、お主の場合はいい方向に導こうとする背後霊が狂ってしまった故に、逆のことが起こったというわけじゃ。守るべき存在を危険に導くというわけじゃな」 

「つまりそれが呪いの正体ってわけ? じゃあ悪霊ってのは?」

「人の世界にいい言葉があったな。人を呪わば穴二つとな。つまりはお主にわかりやすく説明してやるとじゃな、その者は人を呪えば呪うほど己も呪われていくということじゃ。お主は運がいいぞ。我自ら祓いをしてやったのじゃからな」

 ふんぞり返るように感謝しろと少年神様はのたまった。

「俺ってもしかして結構ヤバい感じだったわけ?」

 要も話を聞いているうちに、屋上の出来事やその後の不幸な出来事などを思い出して、改めて不思議な気持ちになった。
 なによりも目の前にいる少年が神様だということをすんなりと信じている自分にも驚きだった。しかし黒神礼美によって呪いとしか思えない状況に置かれたのは確かだったし、目の前にいる少年にしか見えない存在もこの世のものとは思えない存在なのは間違いなかった。
 そしてちょっと叩かれただけなのだけど、それまで感じていた重苦しい感じがなくなったのは事実だった。

「一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかったろうよ。今回は無事に済んだが、間違いなく近いうちに人が死ぬことになるじゃろうな。そして人が死んでしまえば、呪った方もただでは済まぬ。だからな、お主に問いたいのじゃ。我は知らぬが悪霊の主はおぬしの知り合いなのじゃろう。おぬしはその者をどうするつもりじゃ?」

 静かな問いかけだった。
 賽銭箱に座ったまま少年神様は要を見上げていた。その表情は子供のものではなく深く慈愛に満ちているまさに神様のような雰囲気を漂わせていた。

「どうするって……俺に、なにができるっていうんだよ?」

 力なく要は呟いた。
 一方的に嫌われてもいいようなことを要は黒神礼美に言ってしまった。なぜあそこまで言ってしまったのか要自身にもわからないところがあるのだけど、とにかく今の彼女の状態が気に入らなかったのは間違いなかった。
 そして呪われてちょっと不幸なこともあったけれど、実のところ要はそこまで気にしていなかったし、不思議なことに恐怖も感じていなかった。
 それは目の前の少年神様のおかげかもしれない。

 もう黒神礼美に関わるつもりはなかったけれど、それでも彼女が人を殺すかもしれないとなると止めてあげたいと要は思った。助けてあげることができるのならば助けてあげたいと思ってしまった。
 けれども要には呪いを防ぐような能力はない。

「この札をやろう」

 といって、少年神様は懐から複雑な文字のような模様のようなものが書かれたお札を取り出して要に差し出した。

「もしおぬしが自分に呪いをかけた者をも助けてやりたいと思うのならば、この札をその者に貼るとよかろう。悪霊によって反発するやもしれぬが、この札が消えるまで張り付けておくことができれば浄化することもできるだろうて」

 ほれ、とばかりにひらひらと差し出されたお札を要は黙って受け取った。そのお札は神社などで買うお守りと違って、持つと何やら感じるところがあった。それが神様の力なのかどうかわからないけど、確かにご利益がありそうだった。

「さて、長居をしてしまったようじゃ、我はそろそろ戻ることにしよう。たった五円の賽銭で随分とサービスをしてしまったものじゃ」

 少年神様は賽銭箱の上に立ちあがると、腰に手をあてて身体を伸ばすようなしぐさをした。それから手に持っていた平べったい棒でわざとらしく自分の肩を叩く。

「あ、やっぱりもっとお賽銭した方がいいのか?」

 さすがに五円五円何度も言われると要としてもいたたまれない気持ちになった。慌てて財布を取り出して少年神様に尋ねてみる。

「あーいらんいらん。今回は信者獲得強化月間とておぬしのお祓いもその札もサービスじゃ。その代わりたまには参拝に来るのじゃぞ。信じる者は救われるじゃ。我を信じる者が増えれば我も救われるというわけじゃよ。ではな」

 面倒くさそうに手を振ると、少年神様は後ろの本殿に向かってジャンプした。
 すると吸い込まれるように少年神様の姿は消えてしまった。
 あとには財布ともらったお札を手にした要だけが残されていた。
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