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第四話
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黒神礼美は屋上に一人でいた。
今では屋上は黒神礼美だけの空間だった。
昼休みにはいつも彼女がいるということは全校に知れ渡っていたから誰も近寄らないのだ。
そんな屋上の扉を要は勢いよく開けた。
いい天気だった。風もなく暖かな日差しが空から降り注いでいた。白い雲と青い空の下に不吉な悪魔が憑いているといわれる少女は、屋上の端のフェンスに手をかけて空を見上げていた。
要は扉のノブを片手で掴んだまま空いている手を膝にあてて肩で息をしていた。階段を駆け上がってきたせいで乱れた呼吸を整えて、大きく深呼吸をすると、屋上へ黒神礼美に向かって歩き始めた。
扉を開けた音も要の気配も伝わっているはずなのに、黒神礼美は相変わらず顔を上に向けて佇んでいる。
「話があるんだけど」
要に声をかけられてようやく黒神礼美は顔を動かした。その顔にはいつもと同じように微笑が浮かんでいる。
その頬笑みをみて、要は自分の気持ちがはっきりとわかった。
「私にかかわると呪われるといいましたよね?」
笑みを浮かべているのに黒神礼美の声には何の感情も感じることができなかった。平坦で冷たいといってもいい口調だ。
「言われたね。本当に呪いなんかあればだけど」
逆に要の声には少し怒りの感情がこもっていた。それが伝わったのか表情は変わらないのだけど、黒神礼美は首を少し傾げてみせた。
「信じる信じないはあなた次第ですが、信じたほうがいいと思いますよ」
淡々と黒神礼美は言う。要がどう思おうとどうでもいいといった様子だ。
さすがに要も勢いをそがれてしまった感があった。
「まあ、できれば呪われたくはないけれど……とにかくだ」
気を取り直して要は黒神礼美の顔をまっすぐと見つめた。
「言いたいことがあるんだけど、その前に黒神は俺の名前知っている?」
要の質問にはじめて黒神礼美の表情が動いた。予想外の問いかけだったのかキョトンとした目で要を見返した。
それをみて要は自分の予想が当たったことに気がついた。
「ごめんなさい」
続いた黒神礼美の言葉がその答え確信できた。
「やっぱりね。俺の名前なんて興味ないわけだ。俺だけじゃなくてクラスの奴や他のやつなんて興味がないわけだな」
と要は決め付けた。決めつけられた少女は何も答えずに視線を外した。
「俺もさ、特別人間関係が広いわけでもないし、かといって友達がいないってわけでもないけどさ、フルネームは知らなくても最低限クラスのやつの名前くらいは知っているぜ。ほとんど話したことがなくったって名前くらいはね。でも黒神は知らないわけだ?」
「………」
無言が答えのようなものだった。
「まあいいや。俺は明石要、今度黒神の隣の席になったものだ。別に名前は無理して覚えてもらわなくてもいいけど、とりあえずクラスメートでお隣さんということで言いたいことだけちょっと言わせてもらってもいいかな?」
要は自分の口調がきつくなってきている事に気がついたのだけど、それを抑えることができなかった。眉間にも力が入っていて目つきも悪くなっているのではないかと思ったりもするのだけどどうしようもなかった。
目の前の少女をみていると押さえられない感情があふれてきそうだった。
要の様子を気にすることもなく黒神礼美は再び視線を戻した。その顔にはやっぱり張り付いたように微笑を浮かべている。
「どうぞ」
そして感情のこもらない声で答える。
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけどさ、すごいムカつくんだよね。今も話していてすごいイライラする!」
ひどいことを言っているなと要自身にも自覚はあった。けれどもそんな言葉を投げつけられても黒神礼美の態度も表情も変わらなかった。瞳も感情のないまま要を見返すだけでそこにショックを受けたり傷ついた様子もない。
黙って要を見返している。
だから要は続けた。
「その悟ったような顔がムカつく。笑ってるのかもしれないけど、目はぜんぜん笑ってないし、私はなにも気にしてませんよみたいなその態度がムカつく。なのに不幸オーラを全開に出しているのがものすごいムカつく。なんていうか……」
「不幸オーラなんて出していません!」
要の話をさえぎって黒神礼美が叫んだ。屋上に来て、それどころか要の知る限り始めて感情らしいものを感じることができた。
少し驚いた要だったが、すぐさま反論する。
「いいや不幸オーラ全開だね! はっきりいって目障りだ。そうやってふてくされたガキみたいに拗ねてれば誰かが優しくしてくれるなんて思っていたら大間違いだぞ」
「べ、別にそんなこと思っていません。私が目障りならば私のことをみなければいいじゃないですか」
仮面のように張り付いていた黒神礼美のほほ笑みの表情がわずかにゆがんだ。まるでひびが入るように表情が崩れていく。
「俺だって別におまえなんか無理して絡みたくないさ。クラスが違えばきっと関係ないって思っていただろうし、クラスが一緒でも接点がなければ話すこともなかったと思う」
「だったら」
「でも不運にも隣の席になったわけだ。これからしばらくは嫌でも視界に入ってくるわけ。悪魔だか呪いだか知らないけれど、俺としてはおまえのせいで楽しいはずの高校二年生が台無しになりそうなわけよ。わかる?」
「だったら、私を無視して構わなければいいじゃないですか」
黒神礼美の顔にもうほほ笑みはなかった。どこまでも無表情でまるで能面のようだ。整った顔立ちは青ざめており、冷たい瞳はまるでガラスのようで本当に日本人形のようだ。
それどころか周囲の空気も冷たくなったように要は感じた。
「それができれば俺も楽だとは思うけどね、でも俺はこれから先、高校二年生を思い出した時に嫌な思いをするわけだよ」
「………」
「たとえばこれから文化祭や体育祭、修学旅行と楽しいことがいっぱいあるはずなのに、それを思い出した時には、ああ、不幸オーラ全開の女がいたっけって思いだすわけ。あいさつしたら呪われるとかわけわからないこと言ってた女がいたなって。みんな楽しんでいるのに一人で場の空気を悪くしていた女がいたなって」
自分でもなんでここまできついことを言ってしまっているのか要にもわからなくなっていた。それでもあふれ出した感情は止まらないし、目の前の少女をみているとどうにも我慢が出来なかった。
「わかりました。先にあやまっておきます。ごめんなさい」
まるで感情のこもっていない声で黒神礼美は頭を下げた。
「別に謝ってもらいたいわけじゃない」
「じゃあどうしろと?」
「俺の前であの気持ち悪く笑うのをやめてくれ。別に俺はお前と友達になろうなんて思っていないから嫌ってくれて構わない。嫌いなら嫌いで睨んだり無視してくれたほうがましだ」
それが要の正直な気持ちだった。不幸オーラと要は言ったけれど、ほほ笑んでいるけれど目は笑っていない黒神礼美が気味悪かったのだ。だからここまでイラついたのかもしれない。
「わかりました。あなたのことが嫌いです。呪われてください」
無表情でそう吐き捨てるように黒神礼美は言うとそのまま要の横を通り過ぎようとした。
その時、要は急に肩が重くなったように感じた。
「ちょっと待て、そうやって呪いとかわけわからないこと言うから他のやつらにも……」
去ろうとする黒神礼美の腕を要が掴んだ瞬間だった。
「触らないで!」
悲鳴のような叫びを黒神礼美が上げた。そして要の身体はものすごい力で突き飛ばされていた。信じられないような力で、要の身体は宙を舞い、屋上の硬いフェンスにぶつかって床に落ちた。
「だから私に構わないでって言ったのに」
そうつぶやく黒神礼美の声が聞こえたような気がしたが、その時にはもう要の意識は途切れてしまっていた。
今では屋上は黒神礼美だけの空間だった。
昼休みにはいつも彼女がいるということは全校に知れ渡っていたから誰も近寄らないのだ。
そんな屋上の扉を要は勢いよく開けた。
いい天気だった。風もなく暖かな日差しが空から降り注いでいた。白い雲と青い空の下に不吉な悪魔が憑いているといわれる少女は、屋上の端のフェンスに手をかけて空を見上げていた。
要は扉のノブを片手で掴んだまま空いている手を膝にあてて肩で息をしていた。階段を駆け上がってきたせいで乱れた呼吸を整えて、大きく深呼吸をすると、屋上へ黒神礼美に向かって歩き始めた。
扉を開けた音も要の気配も伝わっているはずなのに、黒神礼美は相変わらず顔を上に向けて佇んでいる。
「話があるんだけど」
要に声をかけられてようやく黒神礼美は顔を動かした。その顔にはいつもと同じように微笑が浮かんでいる。
その頬笑みをみて、要は自分の気持ちがはっきりとわかった。
「私にかかわると呪われるといいましたよね?」
笑みを浮かべているのに黒神礼美の声には何の感情も感じることができなかった。平坦で冷たいといってもいい口調だ。
「言われたね。本当に呪いなんかあればだけど」
逆に要の声には少し怒りの感情がこもっていた。それが伝わったのか表情は変わらないのだけど、黒神礼美は首を少し傾げてみせた。
「信じる信じないはあなた次第ですが、信じたほうがいいと思いますよ」
淡々と黒神礼美は言う。要がどう思おうとどうでもいいといった様子だ。
さすがに要も勢いをそがれてしまった感があった。
「まあ、できれば呪われたくはないけれど……とにかくだ」
気を取り直して要は黒神礼美の顔をまっすぐと見つめた。
「言いたいことがあるんだけど、その前に黒神は俺の名前知っている?」
要の質問にはじめて黒神礼美の表情が動いた。予想外の問いかけだったのかキョトンとした目で要を見返した。
それをみて要は自分の予想が当たったことに気がついた。
「ごめんなさい」
続いた黒神礼美の言葉がその答え確信できた。
「やっぱりね。俺の名前なんて興味ないわけだ。俺だけじゃなくてクラスの奴や他のやつなんて興味がないわけだな」
と要は決め付けた。決めつけられた少女は何も答えずに視線を外した。
「俺もさ、特別人間関係が広いわけでもないし、かといって友達がいないってわけでもないけどさ、フルネームは知らなくても最低限クラスのやつの名前くらいは知っているぜ。ほとんど話したことがなくったって名前くらいはね。でも黒神は知らないわけだ?」
「………」
無言が答えのようなものだった。
「まあいいや。俺は明石要、今度黒神の隣の席になったものだ。別に名前は無理して覚えてもらわなくてもいいけど、とりあえずクラスメートでお隣さんということで言いたいことだけちょっと言わせてもらってもいいかな?」
要は自分の口調がきつくなってきている事に気がついたのだけど、それを抑えることができなかった。眉間にも力が入っていて目つきも悪くなっているのではないかと思ったりもするのだけどどうしようもなかった。
目の前の少女をみていると押さえられない感情があふれてきそうだった。
要の様子を気にすることもなく黒神礼美は再び視線を戻した。その顔にはやっぱり張り付いたように微笑を浮かべている。
「どうぞ」
そして感情のこもらない声で答える。
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけどさ、すごいムカつくんだよね。今も話していてすごいイライラする!」
ひどいことを言っているなと要自身にも自覚はあった。けれどもそんな言葉を投げつけられても黒神礼美の態度も表情も変わらなかった。瞳も感情のないまま要を見返すだけでそこにショックを受けたり傷ついた様子もない。
黙って要を見返している。
だから要は続けた。
「その悟ったような顔がムカつく。笑ってるのかもしれないけど、目はぜんぜん笑ってないし、私はなにも気にしてませんよみたいなその態度がムカつく。なのに不幸オーラを全開に出しているのがものすごいムカつく。なんていうか……」
「不幸オーラなんて出していません!」
要の話をさえぎって黒神礼美が叫んだ。屋上に来て、それどころか要の知る限り始めて感情らしいものを感じることができた。
少し驚いた要だったが、すぐさま反論する。
「いいや不幸オーラ全開だね! はっきりいって目障りだ。そうやってふてくされたガキみたいに拗ねてれば誰かが優しくしてくれるなんて思っていたら大間違いだぞ」
「べ、別にそんなこと思っていません。私が目障りならば私のことをみなければいいじゃないですか」
仮面のように張り付いていた黒神礼美のほほ笑みの表情がわずかにゆがんだ。まるでひびが入るように表情が崩れていく。
「俺だって別におまえなんか無理して絡みたくないさ。クラスが違えばきっと関係ないって思っていただろうし、クラスが一緒でも接点がなければ話すこともなかったと思う」
「だったら」
「でも不運にも隣の席になったわけだ。これからしばらくは嫌でも視界に入ってくるわけ。悪魔だか呪いだか知らないけれど、俺としてはおまえのせいで楽しいはずの高校二年生が台無しになりそうなわけよ。わかる?」
「だったら、私を無視して構わなければいいじゃないですか」
黒神礼美の顔にもうほほ笑みはなかった。どこまでも無表情でまるで能面のようだ。整った顔立ちは青ざめており、冷たい瞳はまるでガラスのようで本当に日本人形のようだ。
それどころか周囲の空気も冷たくなったように要は感じた。
「それができれば俺も楽だとは思うけどね、でも俺はこれから先、高校二年生を思い出した時に嫌な思いをするわけだよ」
「………」
「たとえばこれから文化祭や体育祭、修学旅行と楽しいことがいっぱいあるはずなのに、それを思い出した時には、ああ、不幸オーラ全開の女がいたっけって思いだすわけ。あいさつしたら呪われるとかわけわからないこと言ってた女がいたなって。みんな楽しんでいるのに一人で場の空気を悪くしていた女がいたなって」
自分でもなんでここまできついことを言ってしまっているのか要にもわからなくなっていた。それでもあふれ出した感情は止まらないし、目の前の少女をみているとどうにも我慢が出来なかった。
「わかりました。先にあやまっておきます。ごめんなさい」
まるで感情のこもっていない声で黒神礼美は頭を下げた。
「別に謝ってもらいたいわけじゃない」
「じゃあどうしろと?」
「俺の前であの気持ち悪く笑うのをやめてくれ。別に俺はお前と友達になろうなんて思っていないから嫌ってくれて構わない。嫌いなら嫌いで睨んだり無視してくれたほうがましだ」
それが要の正直な気持ちだった。不幸オーラと要は言ったけれど、ほほ笑んでいるけれど目は笑っていない黒神礼美が気味悪かったのだ。だからここまでイラついたのかもしれない。
「わかりました。あなたのことが嫌いです。呪われてください」
無表情でそう吐き捨てるように黒神礼美は言うとそのまま要の横を通り過ぎようとした。
その時、要は急に肩が重くなったように感じた。
「ちょっと待て、そうやって呪いとかわけわからないこと言うから他のやつらにも……」
去ろうとする黒神礼美の腕を要が掴んだ瞬間だった。
「触らないで!」
悲鳴のような叫びを黒神礼美が上げた。そして要の身体はものすごい力で突き飛ばされていた。信じられないような力で、要の身体は宙を舞い、屋上の硬いフェンスにぶつかって床に落ちた。
「だから私に構わないでって言ったのに」
そうつぶやく黒神礼美の声が聞こえたような気がしたが、その時にはもう要の意識は途切れてしまっていた。
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