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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

ニナルティナ王国崩壊 1 騎士砂緒、 襲い来る倦怠期とけんか .

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「何ですって、リュフミュラン全軍でニナルティナに攻め入るですって!? それはお父様本気で仰っておられるのですか? あの城の惨状をお忘れになられたのですか? ……こ、今回は例え叱られたとしても、しっかり意見を申し上げたいです」

 激しい戦いからしばらくが経ちまだまだ修理途上の王城の大広間では、リュフミュラン王と七華しちか王女それに大臣や騎士団らが居並び重要な会議が開かれていた。なんだか良く分からない煌びやかな騎士っぽい衣装に身を包んだ砂緒までも七華の横に居た。
 以前は頭ごなしに七華の意見をねじ伏せていた頑迷な王は何事も発せず、ずっと戦争に反対する七華の主張を静かに聞き続けている。七華が強く反対した様に会議では冒頭から大臣によって、リュフミュラン全軍によるニナルティナ侵攻が遡上に上げられていた。

「もうそろそろ話しても良いか七華よ? お前の意見は全くもって正しい。前回の魔ローダー発掘などとされた場所への進軍は如何にも愚策であった。儂も深く反省しておる」
「そ、は、はい……」

 また頭ごなしに怒鳴り付けられると思っていた七華は王の率直な物言いに驚いた。

「七華よ、まあ聞きなさい。今回のこの方針、決して前回の様に浮ついた考えでの物では無いぞ。今回のこの方針を大臣らと内々に決定したのには理由がある。あれを見せよ」

 家臣の一人が何かの書類を持って開き文面を掲げる。

「これが……何ですの?」

 七華が怪訝な顔をする。

「これが何か判るか? これは代々賢王輩出国として名高いユティトレッド魔導王国国王殿からの親書じゃ。この様な物が届くのは我が国でも異例な事態なのだ」
「軍事強国としてのニナルティナと並んで、知性面でセブンリーフ大陸の盟主の座を争って来たユティトレッドですか……」

 砂緒はよく分からない言葉が並んで眠たい気分だったが、良く耐えて聞き続けた。

「そうだ……その親書の中身を要約すると、セブンリーフで長らく争乱が続いた要因の一つはニナルティナの暴政、盟主気取りで他国への傲慢な態度、安易な侵攻の繰り返しがあると書いておられる。そして、今回の我が国リュフミュランへの大規模侵攻とその大敗北によって機は熟した、今こそ各国が連携してニナルティナを討つべしと書かれておられる」
「そ、そんな……」
「それだけでは無いぞ、今回の討伐軍にはユッマランド等の我らの南に位置する複数の国も軍隊を出すと書いておられる。さらに! ここからが一番重要なのじゃが、戦後には現ニナルティナ王国を東西に分割、東側を我が国の新領土に、西側を新ニナルティナ国としてユティトレッドの保護国とする……とある」
「おお! なんともう戦後の事までも……」
「鳶にチーズをさらわれる事にはならないのか?」

 会議場がざわつき、口々に話す家臣たち。手を掲げ止め、王がさらに話を続ける。

「ユティトレッド王は今回の討伐戦を、セブンリーフで長らく続く戦乱の終わりの始まりにしたいと書かれておられる。セブンリーフ大陸北方列国の中で我が国は、田舎者だの無名だの雑魚だの言われておった……それが遂に歴史のキャスティングボードを握る立場に立ったのじゃ! それもこれもそなたの隣に座っておる砂緒殿と雪乃フルエレ殿のお陰なのじゃ」

 王は七華に聞こえる様な声で、祝賀の場で小馬鹿にしていた二人すら持ち上げてでも理解を求めた。七華に決定権は無いとは言え、今回の決定が多くの者の賛同を得て絶対に実行をしたい、王の大決断であると伺わせた。

「砂緒殿、そなたはどう思うかな?」

 砂緒は全く物怖じせずに語り出した。

「城の中街の中の世論を見聞きした内では、被害の大きさからニナルティナを許すな! という意見が多数ありました。その上で各国の援軍があるのであれば渡りに船、どうして断る必要があるのでしょうか。この機に国の危険を除去する事が国民の平和の為と言えましょう」

 砂緒は世に聞くお遊戯会のつもりでノリノリで語った。

「おおなんと心強いお言葉か。して魔ローダーの少女のご助力は得られそうかな?」
「それは無理です。今彼女と私は非常に険悪な雰囲気があります」

 会場内から失笑が漏れる。同時に会議室の白い布が掛けられた長いテーブルの下で、顔は前を向いたまま密かに隠れる様に、七華が白い手袋の長く細い指を絡めて来た。何を考えているのだこの女は……と思ったが砂緒も指を絡み返した。

「それにそもそも彼女は戦が嫌いです。協力を得るのは容易な事では無いでしょうから諦めましょう。各国の援軍があれば十分でしょうし」

 砂緒なりの雪乃フルエレの配慮だったが、今は王の真横でその娘と密かに手を握り合っていた。最近はこういう遊びにも慣れてしまって来ていた。

「しかし……その前にする事がある」

 今回はいつになく温和だった王が、突然いつもの冷血な顔に戻る。

「大臣立て。そなたは先の戦いで無謀な作戦を立案し、国を亡ぼす寸前まで追い込んだ張本人である。さらに複数の内通者であるとの密告がある。引っ立てよ」

 魔ローダーが発掘される場所に軍を派遣しようと立案した大臣が、いきなり衛兵に引き立てられる。

「王よ! 何かの間違いで御座います! 愚策の立案についてはどの様な罪も免れません、しかし内通は何かの間違いで御座います! どうぞお調べ直しを!!」

 悲痛な顔で無実を訴えるが王は無視して衛兵に指示し、元大臣はどこかへと引き摺り連れていかれた。

「……怖いですわ……」

 七華は恐怖で引きつった顔で砂緒を見つめて来て、テーブルの下では手を握る力をぎゅっと強めた。砂緒は、しかしご安心を私が守ります……などとスピナの様な事を言うのはよしておいた。


「今頃砂緒はあの姫と何してるんだろうなあ……俺はあの女の性格は嫌いなんだが、あの外見でもし迫られたら断る事は無いな」
「……最低な事言っているぞお前。まあでも……俺も同じだがな!」

 義勇軍の男達は顔を見合わせて笑った。以前は義勇軍の連中から邪魔者だとか馬鹿姫と呼ばれていた七華だが、今はキス姫とかエロ姫等と不名誉な名前で呼ばれていた。

「後ろ! 後ろ!」

 笑っていた男の片方が急に笑顔が固まり合図を送る。男が振り返ると修理を終えた魔輪の動力を切り、押して歩いていた雪乃フルエレが二人の真後ろに居た。

「楽しそうなお話ですね。あ、どうぞ続けて下さい」

 フルエレはすたすたと冒険者ギルドの駐輪場に向かった。


「お城で嫌な会議がありましたよ、つまらない話で閉口しました……」
「あれ、砂緒もう居たんだ?」

 雪乃フルエレが意外な物を見る様にぼそっと言った。砂緒は会議が終わると大急ぎで馬を飛ばし、冒険者ギルドに戻り早業でウエイター姿に着替え、もう色々な作業に従事していた。最近はこの様なお城の勤めと冒険者ギルドの二重生活が続いていた。

「何を言っているのですか、いつもこの通りじゃないですか」

 せっせと真面目に掃除や窓ふき、紙ナプキンを揃えたりコースターを並べたりしている。

「もう館からお城、そしてまた館と舞い戻ってくるの大変でしょう。砂緒はもうお城に住んじゃえば良いのだわ」

 また始まったという感じでイェラが目を細めた。

「お姫様といつまでも幸せに暮らしました……みたいな感じで良いと思うの」

 その言葉に少しカチンと来たのか砂緒が近づく。

「私は温和なタイプなのでいちいち怒らないですが、普通の男性なら激怒していると思います。私は最大限フルエレの事を配慮していますよ、いつまでねちねち言い続けるのですか、私の心は常にここにあります。ここは私の家で皆は家族なのです。出て行けと言うのですか」

 いつもの率直な物言いでフルエレは言葉に詰まる。

「そうだフルエレ、こんど大きな戦争をやらかすとかで、フルエレに魔ローダーに乗って欲しいそうです」
「嫌に決まっているでしょ」
「そうだと思って予め断っておきました」
「ありがとう」

 ここで砂緒は七華の真似をして、すっとフルエレの手を握ろうとしてみた。

「止めて下さい。何のつもりですか?」

 フルエレは手をすっと引くと、砂緒から離れてしまった。


 砂緒が何かの準備で館を出た瞬間にイェラがフルエレに接近して話かけた。

「何故いつまでもギクシャクしているのだ? 前はあれ程仲が良かったではないか」
「……私にも分からないのどうしていいか」

 すぐに悲しそうな顔になるフルエレを見て話題を換える。

猫呼ねここが冒険者隊の中から死者が出たり、三毛猫仮面が相当にヤバイ奴だとかで、今メンタルが非常にしんどいらしいのだ、なんとかしてやりたい」
「私には……やっぱりどうしてあげればいいのか分からないし、何か言う権利さえも無いと思うの」

 イェラがフルエレの言葉に動きが止まった。

「権利とは何だ……先程砂緒が言っていた言葉、家族というのは私も同じ想いだ。家族に権利も何もあるものか」
「本当に家族なのかな……」
「私は孤児なので本当の親も何も知らずに育った。だからこの館に来て、本当の家族が出来た気がしたのだ。フルエレお前がほわほわした優しい母で、砂緒が良く分からない痛い父、そして猫呼が可愛い妹だ。兎幸うさこは神出鬼没の居候かな、そんな家族だ」
「え?」

 雪乃フルエレは十五歳の自分などよりも遥かに年上のイェラの意外な言葉に驚いた。

「……お前より年上なのに娘はずうずうしいか?」

 イェラが少しまずい事を言ってしまったと照れ隠しながら言った。

「うふふ、少しだけね」

 フルエレは最近では見せなかった明るい笑顔を久しぶりに見せた。

「そ、そうか、やはり図々しいか、はははははははははははは」

 イェラも普段見せない様な大声で笑い続けた。
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