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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟

盲目の女王 8 小鳥の城、 魔ローダーの操縦者サッワとスピネル

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 女王の居なくなった広間で、家臣の貴嶋は玉座を見ていた。生まれた頃からずっと仕え、彼女の両親つまり先王と妃が亡くなった後は文字通り親代わりに育て上げた。しかし女王が姫と呼ばれる年代になって来ると彼女の態度に違和感を覚え始め、それがほのかな思慕の想いだと気付いた時には恐怖した。実は彼自身こそが歳の離れたアンジェ女王に女性としての強い魅力を感じてしまっていたのだ。そうした邪な思いが彼女に伝達し彼女に悪影響を与えたのではと思い、ひたすら厳しく冷徹な家臣を演じた。

(幼き頃より最もお近くでお仕えし、女王が目が見えない事を良い事に我が身を頼る様に仕向け、遂には先王の大恩を裏切り、劣情を抱き女として見てしまう……これ程おぞましい事があろうか!)


「貴嶋さま、街で追跡していた手の物の目から、紅蓮さまと美柑さま……そしてアンジェ女王陛下のお姿が消えたそうで御座います」

 最近毎晩アンジェ女王に向けて、情熱的な物語を読み聞かせていた侍女が報告する。

「そうか……良かった……あの貴公子只者ではあるまい。一体第何夫人になるのやら知らぬが……大事にされるであろう……全て上手く行った。作戦は……成功だな」
「……さ、左様で……ご、ございます……ね……」

 侍女がさも我が事の様に言葉に詰まりながら応えた。

「わしは先王、さらには偉大なるウェキ玻璃音はりね大王を裏切る事になろうと、アンジェ女王、彼女自身の幸せを考えたからこうした、この結果に迷いは無い! これよりはこの貴嶋、メドース・リガリァを仕切る独裁者として修羅の道を歩もうぞ!!」

 侍女は静かに頭を下げて部屋を出た。


 ―数時間後、貴嶋は政務を終えると、またアンジェ女王が座っていた玉座を眺めていた。

「ふふ、結局ここに来てしまう。座る気にもならんし、如何しよう物か」

 しばらく貴嶋は可愛い可愛い幼き頃からのアンジェ女王の想い出に浸っていた。

「……先程から何をしているのですか? 一人で佇んで、笑ったり……泣いたり……?」

 貴嶋が聞き慣れた声の方に振り返ると、恐れ畏まったあの侍女が開けた大きな扉から、アンジェ女王が歩み寄っていた。

「……何故…………あ、貴方が此処に??」

 アンジェ女王がふわっと笑った。

「何故とは……ここは私のおうちではないですか、不思議な事を言う人ですね」

 貴嶋は愕然とした顔で聞いた。

「い、いえ、あの二人と、紅蓮と旅立ったのでは!?」

 アンジェ女王は口に手を当てて笑った。

「うふふ、私があの若い二人の邪魔をし続けて、旅をする訳が無いでしょう! そういう所は本当に何も分って無いのですね!」
「し、しかし……」

 アンジェ女王は静かに近づいて語り続ける。

「それに私がもし旅立てば……一人程とても悲しむ男が居るでしょうに。本心を隠して不器用な優しい男が……今も寂しくて泣いていた癖に」
「わ、私は泣いておりません。生まれてこの方泣いた事はありません……」

 貴嶋の眼前まで来たアンジェ女王は、そっと指先で貴嶋の頬辺りに流れていた涙をぬぐった。

「……何故……?」(分かったのだ?)

 二人の仕草を見て、侍女は細心の動きで静かに部屋を出て扉を閉めた。折角長い年月を経て素直になりかけた二人を壊さない様にと心の中で強く願っていた。直後、侍女は我が事の様に沢山の涙が溢れだして両手で拭い続けた。

「ここに、割れてしまいましたが儀礼の鏡を持ち帰りました。これで私は名実共にメドース・リガリァの女王です。私が貴嶋に命令を与えます」

 貴嶋は目が見えていないアンジェ女王の顔が、恥ずかしくて見れなくて下を向いている。

わたくしを……読み聞かせた物語のハッピーエンドの如く……激しく愛しなさい」

 いつのまにか跪いていた貴嶋は雷に打たれた様に目を見開いた。

「そ、それ……は……それだけは……」
「今です! 何時まで待たせるのですかっ!!」

 貴嶋は震える手でアンジェ女王の手を取った。


 数日が経った。アンジェ女王と貴嶋はお互いに女王と呼べば良いのか家臣と呼べば良いのか、お互い気恥ずかしい変なゾーンに入っていた。

「あ、女王陛下……そ、その新ニナルティナ対策の会議が終わりました……ので兵共の様子をその……視察して参ります」
「そ、そうですか……余り……根を詰めて、身体を壊さぬ……様になさい、いえ、しないで」
「い、いえ女王は女王陛下ですから、その……私が家臣ですので……」

 周囲の者達はなんとなく二人の雰囲気の変化に気付いていたが、触れない様にした。

「で、では私は、侍女達とお茶会がありますので……参ります」
「はい、お気を付けて……」

 貴嶋は頭を下げて女王陛下を見送ると、中庭の見える大きな回廊を通った。

「放った小鳥が戻って来た……奇特な事もある物ですわね! 私、感動して泣いてしまいました……」
「誰じゃ!!」

 二人の想いを突然汚された気がして声の方を振り向いた。

「お初に御目に掛かりますわ」

 貴嶋が見ると、青い半透明のドレスに身を包んだ髪の長い美女がふわふわと宙に浮いている。

「何者じゃ……」
「何者とは……お呼びになっておいて、つれないですわね」

 口に手を当てて笑い続ける異様な美女を見て、貴嶋はハッと思い出した。

「お主……もしや、ココナツヒメ……様か……?」
「やっと思い出してくれましたわね、魔王様より預かりし魔ローダーお届けに上がりました」
「なんと!! 有難い!!」
「御覧下さい、魔ローダーのディヴァージョンとデスペラードの二機ですわ!」

 貴嶋がココナツヒメが指差す方を見ると、中庭に突然二機の巨大な魔ローダーが片膝を立てて座り込んでいた。

「何時の間に!? しかも二機も……これは凄い!!」
「確かにお届けに上がりました。如何様にもお使い下さいな! まあ、扱える御人が居ればのお話ですけど……うふふふ……」

 笑いながらココナツヒメはぼうぅっと消えて行った。

「何と不気味な女! 馬鹿にしおって……決して儂は操られぬぞ! こちらが利用するだけ、こちらが利用するだけじゃ!」

 貴嶋は突如中庭に現れた二機の魔ローダーを眺めてほくそ笑んだ。


 一週間後、第一回魔ローダー操縦者選考会場……となった中庭。

「ガハッ!!」

 腕を少し動かしただけの立派な身なりの魔導士が操縦席から血を吐いて転げ落ちる。

「大丈夫ですかな? この御方を医務室へ!」
「この者も駄目か……もしや誰も動かせぬでは……」

 貴嶋と何人もの部下が見守る中、内外から広く募集する魔ローダー操縦者選考が続いていた。遠くの高台には侍女達と女王陛下が物珍しそうに見学している。

「次の百八番の御方どうぞっ!」

 次の番に回って来た、身なりはみすぼらしいが顔と髪型だけはピカピカの剣士が歩み出る。

「百八番スピネル、それがし旅の剣の修行者にて魔ローダーの操縦には少々覚えがあり申す」

 なにか趣味で妙なキャラ付けをしている様だ。

「能書きは良いから早く乗って下され」
(どうせ見かけ倒しの男であろう……)

 もう殆どの者が諦めムードになっていた。

「では、遠慮無く……」

 スピネルという男が乗った途端、突如これまでに無いくらいに魔ローダーの目がビカッと光った。

「では……取り敢えず、スクワットから。えーその次は逆立ち、逆立ち腕立て、片手腕立て」

 スピネルという男が乗り込むと、突如今までの停滞が嘘の様に軽業の様な動きを連続で始めた。

「な、なにいいいい!?」

 貴嶋だけでは無く、会場に居た全ての者が度肝を抜かれた。

「反復横跳び……空気椅子、伏臥上体反らし、エア座高検査……」

 次々不思議な動きを続ける剣士。

「も、もう良いもう良い! 十分じゃ! 体に疲れ等はないのですかな?? あちらにお部屋がご用意してありますぞ!!」
「は? 疲れ? いえー大丈夫ですなあー」

 凄い動きの割には気の抜けた返事をする剣士。

(しかし……これは見紛う事無き超一般機。ル・二ル・ツーとは比べるべくもない。しかもル・二の様な怪我や体力回復の特殊スキルも無い。こりゃ加減して戦わんとな……ま、乗れるだけましか。暇せんで済む……)
「僕に乗せて下さい! 僕にも挑戦させて下さい!!」

 突然魔ローダーの操縦席に外部の声が拾われる。

「何だ何だ?」
「僕に乗せてください!!」

 会場に突如割り込んだ、選考者ですら無い少年が騒ぎを起こしていた。

「やめろサッワ! お前には無理に決まっている! 俺たちまで罰せられるのだぞ!!」

 楽団の団長が必死で抑え込む。

「やらせてやるのじゃ、気の済む様に……」

 一機がようやく動き、気の良くした貴嶋が少年の試験を許可した。

「は、はい!! お願いします!!!」

 少年は意気揚々と梯子を伝い、座る魔ローダーの操縦席に乗り込んだ。

「動け! 動け!!」

 ピクリとも動かない魔ローダー。

「そら……見ろ……最悪だ」

 団長が頭を抱えた。

「え!? 見て!!」

 見物人達が叫んだ。見ると魔ローダーの目が光り、ゆっくりと立ち上がった。

「嘘だろう!!」

 見物人たちが少年の成功に驚き、目を見張った。

「動いたっ!! ほら、動いたぞ!!」
「凄い……この少年に魔ローダー、ディヴァージョン預けて見ようぞ」

 貴嶋が言うと、サッワは魔ローダーの魔法マイクでしっかり拾っていた。

「やった! やった!! これで……女王陛下とこの国が守れる!! そして……あの僕の笛を吹いてくれたあの美しい唇……あの唇を……本当に奪うんだ!!」

 サッワは高台で見物を続ける女王陛下を見て胸を高鳴らせた。

「元気なお子様も居るもんだ……」

 スピネルは他人事の様に少年の魔ローダーを目を細めて見つめた。
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