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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟

不思議な給仕さん 3 新ニナルティナ公からのお願い…と初恋

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「何ですと!? 業務用レギュラーコーヒーが一Nキロ、三千Nゴールドですと!? 本当ですか?」

 砂緒すなおは珈琲ショップの店頭で商品を見て驚きの声を上げた。

「本当だよ……ちゃんと書いてあるでしょう」
「恥ずかしい奴だな、静かに買っておけよ」

 セレネがめんどくさそうに言った。

「いやいや店主殿、業務用レギュラーコーヒーと言えば、何の拘りも無い店が買う商品ですぞ、それが元々一Nキロ千二百Nゴールドだった物が三倍近くになるとは、暴利を貪り過ぎではあるまいか?」

 砂緒の主観である。

「だから素直に買っておけって、恥ずかしい奴だな、金はあるんだろう? てか拘りの無い店とか自分で言ってんな」
「いやそれがね、今までは主に海路を渡ってくる方法と、海路から陸路を通ってキィーナール島から運んでくる二つのルートがあったんだが、西側の海路の方は南の方で魔王軍が活動を盛んにして遠回りに行かなくちゃならなくなった、それで嵐に遭う確率が上がってな。それに陸路の方も中部小国群でメドース・リガリァ王国が戦争をおっぱじめやがって、隊商が通り辛くなってる。という訳で南の島々から来る商品は全部値上がりなんですよ! 嫌ならもう買わないで下さい」
「うぬぬ……仕方ない……沢山買っておこう……魔王軍? メンド何国とか?? よく分らんが許せんやつらですね……」

 砂緒は珈琲を値上がらせた魔王軍とメドース・リガリァを激しく憎悪した。

「すいません……この人頭が悪いんです。許してあげて下さい……」
「セレネ、半分持つのです、男女同権です」
「………………」

 セレネは文句も言わず半分持った。


 砂緒とセレネが珈琲を買いに行った後、喫茶猫呼ねここには珍しく二人の新規客が来た。

「お、おかしいなここ……どうしてオーダーを聞きに来ないんだろうな」
「君の態度が不審過ぎて怖がられてるんじゃないかな……少し落ち着きなよ」

 フルエレは物陰から二人の客をそっと見ていた。

「ご、ごめんあのねイェラ……突然立ったり座ったり左右を凄い形相でキョロキョロ見ていたり、すっごく挙動不審のお客が来たの……怖い……変わって欲しいの」
「ほえ?」

 店のなるべく奥で豚の骨を煮込んでいるイェラに、雪乃フルエレが申し訳なさそうに頼み込んだ。

「あのだなフルエレ……私は白いスープ作りに忙しい……それにさっき皆がフルエレに色々な事を言っていたのに、凄くぞんざいな態度では無かったか?」
「う……そ、それは……あんまり深く考えずに……家族の様な存在だから、気を抜いちゃって」

 フルエレが小さく消え入りそうな声で言った。

「みんなフルエレが好きだから色々言ってくれてるのに、それを平気で無視して自分が困ったら助けて欲しいとは……少し自分勝手過ぎるぞ」
「うっ……」
「その変な客は自分で応対するのだ……」
「そ、そんな……怖いよ」
「……な~んて事言う訳無いぞ! 私の可愛いフルエレが困っている危機なのに、放って置く訳ないじゃないかっ、よし行ってやろう!」

 イェラは大きな胸でフルエレを抱きしめた。

「テヘーッ」

 なんだろうこのやり取り。

「久しぶりに大手を振って人間を斬れる、ふふふ真っ二つにしてやろう」

 イェラは調理道具や調味料に埋もれている大きな剣を無造作に取り出した。

「やめてっ! 店内でそんな事したら後処理が大変よ!」
「安心しろ、斬る時はちゃんと外におびき出すからなっ!」
「ホッ……」

 イェラは風来坊の様にふらりと店内に繰り出した。

「どんな奴だ~? ふふふ、あの二人組か」
「あ」
「あ……」

 目が合ったフルエレが不審な客と言っている男は有未うみレナードだった。

「あ、お前……いやお嬢さんがいるって事は……ここにはもしかして……?」

 イェラは目を細めるとぷいっと二人を無視して厨房に戻った。

「あ、どうだった?」
「あれは不審な客ではない。恐らくは新ニナルティナ政権の関係者だ。用向きはフルエレお前にだろう。フルエレが出れば良い。危険は全く無い」
「知ってる人!? え、そ、そんなあ……」
「知らん」

 明らかに不機嫌になったイェラを見てフルエレはしぶしぶ接客に向かった。

「あ、あの何に致しましょうか? あ、そちらの方には厨房の者が何も作りたく無いそうで、私なら砂糖水なら作れますが……」
「俺はカブトムシか……」
「ぷぷっ愉快だね。て、もしかして君が雪乃フルエレ君かな?」

 イェラが嫌っている方では無い、なかなかの爽やかな美男子の好青年風がフルエレに聞いた。

「そ、そうですけど……何か?」
「僕は為嘉なかアルベルト、こいつは古くからの友人で有美うみレナードだよ、悪い人間では無いから安心してね」
「あ、はい……それが?」

 フルエレは怪訝な顔をした。

「ほら、お前が挙動不審だからフルエレ君が怖がっているよ、何か言えよ」
「あのーえーっと、ユティトレッド王から今度新ニナルティナ公に指名されたレナードだ。よ、よろしくな……」

 と、言い終わるや否やで突然レナードと名乗る男は床に土下座した。

「頼むっ殺さんでくれっ! 俺は何もしないっ!! だから殺さんでくれい!!」
「何ですか止めて下さい怖いです!!」

 突然土下座を始めたレナードにフルエレは戸惑った。

「こら、止めろ! フルエレが怖がっているだろう! 斬るぞ!!」

 イェラがようやく割って入ってフルエレを守る。

「お、おいお前ももう止めろ、フルエレくんが怖がっているじゃないか、済まないね」

 腕を引かれようやくレナードは席に着いた。

「一体用向きは何なのでしょう……」

 横にイェラが座り、腕を組んで睨む中、フルエレ達はようやく普通に会話を始めた。

「俺は今度新ニナルティナ公に選ばれたまでは言ったな、それでその時にユティトレッドの使いの者がな、表の権力者は俺だが、裏の権力者は雪乃フルエレなのだから、全てはフルエレに相談して決めろ……と言われてな。挨拶に来ようと思っていたんだが……」

 アルベルトという青年に交代する。

「それで挨拶に行こうと思っていたんだけどね、それがフルエレくんが住むのが、悪名高い冒険者ギルドのビルだと聞いて、殺される殺されるとびびってしまってね」
「そ、そんな事言われても、私もセレ、いえ使いの者にここに入る様言われただけですから……」
「そうだろうね! 君を一目見て、実際こうして会ってみて噂が如何にいい加減で嘘だらけか分かったよ。むしろこんな可愛らしい少女に大きな負担をかけてる。僕はいい加減な事を言ってる奴を見かけたら、全部嘘だと言って廻りたいよ」

 アルベルトはやけに熱弁した。

「そんな事言ってもらったの初めてです。みんな同じ名前だねから始まって、あれは怖い魔女だねって話ばかり……もう慣れっこになっちゃいました」

 フルエレは少しホッとして笑った。

「それに……裏の権力者とかも止めて下さい。私も訳が分からないです……ただ引っ越そうと、心機一転しようってだけだったのに」
「それは……ユティトレッド王が君を何か……アイドル的に利用しようとしてるんだろうね。もちろんそういうのは君自身の意志があってこそ、勝手に利用する様な事はするべきじゃないね」

 初めてまともな大人の男性に、凄く安心出来る事を言われてさらにホッとする。

「は、はい……そうなんです。私はただいち国民の代弁者として登庁出来ればいいなって思っているだけです」
「ほ、本当か!? 本当に殺さんのだな? 良かった、安心してくれ俺は何もしないから。マジで何もしないお飾りで十分だ、毎日遊んで暮らすからな!」
「しつこいぞお前! 二人の話聞いてたか?? 斬るぞ」
「レナードさんもやめて下さい! 遊んで暮らすとか困ります!! 私だってグルメやショッピングとかしようと思ってるんです! 貴方が遊び惚けたら私が困りますっ!」
「なんて……醜い争いだ……」

 イェラは呆れて言った。

「ははは、二人共冗談はそのくらいにしなさい、崩壊したニナルティナの再建は二人にかかっているんだよ。二人で力を合わせると約束して欲しいな。でないと戦災した人々が不幸になる……」

 アルベルトから戦災という言葉が出て途端にフルエレは静かになった。

「はは、脅しじゃないよ、もちろん僕もこいつもちゃんと可愛い君を手助けする。だからおいおいと頑張って行こうか。では握手してくれないかな」

 アルベルトは手を差し出した。フルエレは目を合わせられず、視線は下を向き気味にゆっくり手をさし出してぽうっと赤面した。

「よろしくね!」
「あぅ……よ、よろしく……お願ぃします……」
「およ?」

 フルエレの今までに無い態度をイェラは見逃さなかった。

「どうしたんですかっ!! 何故フルエレが不審人物に手を握られているのですか!? 今助けます!!」
「不審人物はお前だバーカ!!」

 突然乱入した砂緒すなおをセレネが激しく突っ込んでいる。

「ちょっと止めて……お客さまなのよ……」
「どうしたのだ、セレネの性格が変わっているぞ……」
「早くその手を、フルエレから手を離しなさい!!」

 普段紳士気取りの砂緒が怒鳴り気味に言った。

「本当に止めて!! 一体どういうつもりなの!? アルベルトさんの前で恥ずかしいよ!!」

 フルエレは席から立ち上がると、少し涙を貯めて怒りの声で叫んだ。

「どうしたのかな、ああ君が砂緒君か、よろしくね」
「ほ、本当にごめんなさい、この人凄く空気が読めなくて、本当に恥ずかしい」

 フルエレは砂緒を無視してアルベルトという男にぺこぺこ頭を下げた。砂緒もイェラと同様に少し赤面して男を見るフルエレの態度が、今までの彼女と違うという事を微妙に感じた。

「お、遂に用済みの時が来た様だなヒャハハハハハ」

 何だか良く分からないが、普段異常なくらいに自信家の砂緒が戸惑う姿を見て、セレネは腕を組んで勝ち誇った。
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