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III プレ女王国連合の成立

雪乃フルエレの幸せと焦り 4 敵と罪

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 猫呼ねここを呼び止めたフルエレは、シャルと共に密談ルームに引き戻した。

「何よう……」

 シャルまで部屋に入った所で、フルエレはアルベルトとレナードが戻って来ない事を十分確認すると、ドアを閉めた。

「あの……猫呼、今からお願いする事は決して他の人に漏らさないで欲しいのだけど……」
「一応言っておくけど、殺人とかはだめなのよ」
「当たり前じゃない……猫呼、命令書の偽造をお願いしたいの……」
「……例えば、どんな?」

 誰も聞いていないが、二人共が小さな声でひそひそ話す。

「あのライス氏が、ニナルティナ港湾都市にドラゴン五十匹を召喚して、街に放つ事を立案して実行した責任者って事にしたいの……」
「つまり陥れるって事ね……それで失脚させて、合同訓練自体にまでケチを付けるって魂胆かぁ」
「シャルには……ライス氏の印章を手に入れて、偽の命令書に押印した後に元に戻して欲しいの」
「いいよっ! そんな事ならお安い御用さ! 早くフルエレの役に立ちたいよ!」

 シャルは無邪気に笑顔で言った。

「……私は別に正義の味方じゃないとは言ったけど、そこまでしたらもう後戻り出来ないわよ……完全に悪ね」

 フルエレは椅子に座ったまま両手を握り合わせて俯いた。

「そうかもしれない……けれど、相手だって執拗にアルベルトさんを前線送りにしようとしてる。これは勝負よ。勝負だったら相手にもそれなりの覚悟があるはずよ」
「でも……それがアルベルトさんの役割だし、執拗にって言ってもアルベルトさん自身が乗り気な訳だしね……一方的にライス氏が悪いと断罪出来るとも思えないわ」

 猫呼がフルエレの覚悟を試す様に冷静に正論を言った。

「……もう正直に言うわ、悪でも罪でも何でも良いの、私はアルベルトさんを離したくない。失いたく無いの。その為なら何でもするわ」
「ま、そこまでの覚悟なら仕方ないわね。相手だってわざとねちねちフルエレが嫌がる事を意図的にしてる訳だしね。完全に悪意や落ち度が無いとは言えないわ。喧嘩両成敗ね。よござんしょ、口の堅い偽造のプロに腕によりを掛けさせて、軍の命令書を偽造させるわ。後はシャルにライス氏の印章を盗ませて、それを押印して返せば良いのね」
「ありがとう……本当はだめな事なのに、貴方はやっぱり友達だわ……」
「道徳の本には乗せちゃだめな方の友達ね……」
「俺、フルエレの為になら何でもするからさ、後で褒めてくれよな……よく知らないけど砂緒とか言うヤツよりもフルエレの為に頑張るからさ!」
「え、ええ、お願いするわ……」

 猫呼は肩をすぼめて両手を広げた。フルエレはシャルから砂緒の名前を出されて、一瞬心にちくっと棘が刺さる様な痛みを感じた。元々アルベルトの事が嫌いな砂緒なら、当然にこんな不正には大反対するだろう。


 猫呼とシャルとの密談が終了後、フルエレはアルベルトさんから借りていた魔法アシスト付き自転車に乗り爆走していた。フルエレが全力で魔法を込めてこぐと、時速四十五Nキロ程出ていた。これは日本での原付の時速制限、三十Nキロを越える速さだ。
 キキーーッ
フルエレはニナルティナの港にある巨大なドームに辿り着いた。かつて砂緒とセレネが偶然立ち寄った、黒い魔ローダーひみつ修理研究所だった。

「あ、あのーすいません……誰か居ますか?」

 不用心に警備兵が居ない事を良い事に、何のアポも無く、フルエレは不法侵入者の様にどきどきしながらドアの中を覗く。同盟女王なのだから、変装した姿で正式に訪問を依頼すれば難なく入れるはずなのに、今はただのウエイトレスなのだから入れる保証は無かった。

「貴方……誰です? ここは勝手に入ると場合によっては拘束されますよ? 動かないで、IDを確認しますから」
「え、ちちちち、違います、怪しい者じゃないです! ほ、ほほほ本当です」

 いつもの様にテンパって来ると、途端に不審人物になってしまうフルエレ。高速で手と首を振る。

「あれ! フルエレさんですよね! どうしてここに?」
「あらメランちゃんのお知り合い? ならここは気軽に来ちゃだめって言っておいてよ」
「もうフルエレさん正体伝えても良いですか?」
「だめだめだめ、そうやって色々な人に言っている内にみんなに知られてしまうわ!」
「正体って何? 教えて頂戴!」
「いや、もう良いですから、二人きりにして下さい、有難う!」

 メランは魔ローダー技術者の女性を無理やり追いやった。そして二人で鉄の階段を上り、浮いた様な構造になっている、クレーン技術者の休憩所の小部屋に案内した。

「はい、此処なら誰も来ませんわよ! 同盟女王陛下!」
「変な言い方は止めてよ。フルエレで良いわよ。此処高いわね、黒い稲妻Ⅱが良く見えるわ」

 フルエレが言う様に見下ろすと、丁度修理中の魔ローダー黒い稲妻Ⅱがよく見えた。

「担当直入に聞くけど、黒い稲妻Ⅱは今どんな状態? 直ぐに動ける? 例えば一週間以内に何かの作戦に参加するとか出来そう??」
「来ていきなりそれかあ……まあ、あんまり二人で話した事も無いものね……ええ、動けるかどうかと言えば、無理ですね。砂緒さんに胸を突かれた時に、操縦系の複雑な場所が破壊されたらしくて、ユティトレッドの技術者も困っている様だわ。何時直るかも……」

 フルエレは頭を抱えた。もし猫呼に依頼した工作が失敗した場合のB案として、メランに随伴してもらおうと思っていたのだ。

「貴方黒い稲妻以外の魔ローダーって操縦出来るの?」
「多分……でも長期間の遠征とかになると無理かな……」
「そう……」

 自らの守り神の様な存在だった蛇輪を、あっさり手放して旅に出させた自らの迂闊さをフルエレは呪った。


 ―次の日、もう偽の命令書は作成されて居た。さらにはシャルがスリやコソ泥をやっていた時の技術を使い、ライス氏の自宅に忍び込み石の印章まで手に入れていた。

「これよ、これが部下に急いで作らせた偽の命令書、ちゃんとした正式な書式に則って書かれているわ。誰が見ても本物の命令書ね」
「ほいフルエレ、これがヤツが使っている石の印章さ。ちょろいちょろい! 褒めてくれよ!」
「そ、そう偉いわね、とても良くやったわ……」
「えへへ、家に家族丸ごと居たけど、簡単だったぜ!!」
「え……居たの? 気付かれてない??」
「大丈夫さ! 全然気付かれてない」
「どんな感じだった?」
「何が?」

 シャルは何を聞かれているのか分からなかったのでキョトンとした。

「あいつよ、あのライス氏とかいう奴、家ではどんな感じだった?」
「ああ、なんだか笑いの絶えない明るい家って感じかなあ。あの男は孫と遊んでて、凄く良いじいちゃんって感じ。俺なんて家族が居ないから羨ましいくらいさ……」
「そ……そう」
「こら、余計な事を言のじゃ無いわよ……でも、それでブレたんなら、それはそれで仕方が無いわね」
「家では孫と遊ぶとても良いおじいさん、そんな人が特定の人間をイジメようとする。それが……敵という物だわ。きっと戦う人々同士、誰も身内にとっては良い人……それと分かってても倒さないといけない敵がいるのよ」

 自らに言い聞かせる様にフルエレは呟いた。心の中でとっさの事とは言え、ライグ村に居た時にいきなり射殺してしまった若い兵士の事が浮かぶ。あの兵士はニナルティナ兵、だとすれば家族はこの国のどこかに居る。その家族はリュフミュランの名前も知らない敵兵を恨みに思っている事だろう。それは私の事なのだと思った。

「じゃあ良いのねフルエレ、この文書に印章を押すわ」

 そう言って猫呼はライスの印章を偽の命令書に押印した。

「シャル、じゃあこの印章を元の場所に戻しておいて! くれぐれもバレない様にね、油断は禁物よ! は~クレウのヤツ何処に消えたのかしら?」
「はいはい、任せてくれよ! へまはしないさ」

 シャルは猫呼から印章を受け取った。

「はい、フルエレ、この偽の命令書は貴方に託すわ」
「え、ええ」

 フルエレは震える手で偽の命令書を受け取った。

「ありがとう猫呼……初めて会った時可愛い猫を被った女の子に、こんな事を頼む事になるとは思わなかった」
「そうね、私もそう思うわ」

 二人は笑い合った後、別れた。


 密談部屋にはシャルと二人きりになった。

「夜になったら印を返しに行くからさ……あの、もう一回膝枕してくれよ……」
「あらあら、猫呼が帰れば急に甘えんぼさんになったわねえ、良いわ。膝枕してあげる」
「嬉しいよ、俺フルエレの為に頑張るよ!」

 そう言うとシャルは笑顔で、ばふっとフルエレの揃えた膝の上に頭を乗せた。フルエレは仕方なく、シャルの頭を撫で続けた。
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