断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

第１９話 ユーフィリアは会議中

　リズベットがリッチモンド領でチェルシーと話をしている一方、王宮ではユーフィリアがレナードやノーヴィック達と会議をしていた。後ついでにリングアベルも参加させられていた。重要な会議に呼ばれるのは彼にとって良い事なのか悪い事なのか。
「つまりユーフィリア様はチェルシー伯爵令嬢が、聖女様と同じではないかと考えているのですね？」
「ありえないと断言するには早計だな。彼女の作り上げたモノは有用でかつ斬新的なのは確かだ」
　突拍子もない話であったが、ノーヴィックとレナードはユーフィリアの意見を切り捨てなかった。ユーフィリアの情報収集能力は確かだし、さらにリズベットも似たような結論に達しているともなれば、真剣に議論する価値はある。
「しかしその推察には一つ問題があります。聖女様は異世界から召喚されたと言います。だがチェルシー伯爵令嬢はリッチモンド伯爵の実の娘のはず」
「それもそうだな。ユーフィリアはそこの矛盾をどう考える？」
　ノーヴィックとレナードの疑問はもっともであった。チェルシーの能力は認めているが、聖女とは出自が違う。これをどう解釈するべきか。
「実の娘であるのは間違いないと思います。リッチモンド伯爵と容姿もそっくりですし、伯爵が養子を取ったという事実もありません。後は途中から入れ替わったとかですが、それもないかと。チェルシー嬢は元から優秀でした。ここの答えはいずれ分かります。今リズベットがリッチモンド領へと行っていますから。いずれにせよチェルシー嬢が普通ではない知識を持っているのは確実です。ですから真相はどうであれ、チェルシー嬢は異世界人であるという前提で話を進めましょう」
「だったら帰ってきてリズベット嬢から結果を聞いてからでもいいのでは？　リズベット嬢はその確認もしにいってるのですよね？」
　ノーヴィックは問いかける。だがユーフィリアはかぶりを振った。
「皆さんご存じのとおりリズベットは優秀です。でもそれこそがいけないのです」
「と言いますと？」
「リズベットの行動が早すぎて、普通を想定していると追いつけなくなるんです。チェルシー嬢の出自の確認だけで済むはずがありません」
　頭をかかえるユーフィリアにリングアベルが同意した。
「会いに行っただけでいきなり王都に連れていかれ、兄上の格好をさせられた俺のようになるぞ」
　経験者はその恐ろしさを語った。遠い目をするリングアベルに同情の視線が集まる。直接の被害者ではないが、ノーヴィックもリズベットがいきなりやってきた事は覚えているし、その時の混乱を思い出すと納得せざるを得なかった。こうなるとレナードも頷くしかない。
「悠長にしていられないのは分かった。話を進めてくれ」
「私が聖女に関して疑問に思い始めたのは、アシュリーが偽聖女に担ぎ上げられた事件が起きてからです。アシュリーは癒しの力があるから聖女とされていましたが、では聖女フローディアは具体的に何の力を持っていたのかと。聖女は闇を払い、この地に祝福を与えた。これが事実だった場合、聖女は一体何をしたのか」
「確かに聖女の力は具体的に何の力であるか、記述されたものは残っていないのは確かです。いえ、これは語弊がありますね。聖女の文字が書かれた物は例の日記以外でも何点かあります。ですがこれを解読出来たものは誰一人いませんでした。聖女は単独ではなく、異なった文字を組み合わせているらしく、それ故難解極まりないのだとか」
　そう言ってノーヴィックは渋い顔をする。今の今までフローディア国が理解できなかったのは無理もない話である。何せ聖女の使っている文字、日本語は実に奇妙な言語である。
　音をそのまま文字とする表音文字だけでも日本語の場合は、ひらがな、カタカナと二種類あるし、そこに膨大な量の漢字が加わるのだからたまったものではない。そんな漢字も読み方で音読み訓読みに分かれるというのだから、全く知識のない状態でこれを解読しろと言われたら、無理と言うしかない。
　ノーヴィックの言う通り、結局は聖女の文字が分からなくては話は進まない。そしてもしチェルシーが聖女と同じと仮定したのであれば、チェルシーは聖女の文字を理解できるという事になる。そんな都合の良い事がありうるのか、今一信じ切れないレナードはユーフィリアに問いかける。
「ユーフィリア、リズベットに聖女の日記を持たせたそうだが、チェルシー嬢が本当に読めると思うのか？」
「根拠を言えって言われると、発想に優れている以外何もないのですけど、その代わり一つ面白い話があります」
「面白い話？」
「チェルシー嬢のいるリッチモンド領にはよく利用している商会があるのですよ。それがパルフェ商会、獣人、いえ、友好を考えるならもうこの言葉を使ってはいけませんね。グレイシア人が率いる商会です」
「ほう、そのような者達が我が国に」
「王都には来ないためその商会を知ったのは最近で、調べるのは遅れてしまったのですが……」
　ユーフィリアは初動が遅れてしまった事が無念と言った様子であったが、調査機関で使える人の数には限界がある。フローディア国にある全ての領で、王都と同様のレベルの維持しようとすれば、膨大な人数になるため極めて難しい。優先順位としては下に下がってしまうのも無理はない事であった。
「それでも彼女達の存在を知って以来は色々調べていたんです。そうしたら意外な事が分かりまして。彼女が初めてフローディア国で商売を始めたのはリッチモンド領じゃありません。私が知るずっと前の事で、シュタイン領が始まりだったのです」
「シュタイン領があった時からって事なら、リズベット嬢なのか？」
　シュタイン領はリズベットが追放されてからサランデル領になっている。
「はい、リズベットは当時商会も持ってなく、一人の旅商人であった彼女の商品を気に入り、一度のみならず何度も購入していたそうです」
　グレイシア人の商人とのやり取りが五年以上前に始まっていた事にレナードは驚く。しかもその購入者はリズベットだという。この頃からすでに彼女の外交は始まっていたのだ。
　この情報をユーフィリアが受け取ったのは、リズベットがリッチモンド領へ向かってからすぐであった。その時受けた衝撃と言ったら。
　リズベットから信頼している商人の話を聞いた時、想像もつかなかった。グレイシア人であるパルフェこそがリズベットの信頼する人だなんて。そしてユーフィリアは気づいてしまった。よくよく考えればなぜフローディア人と限定したのであろうか。
　その答えに辿り着いた時、ユーフィリアは思い知った。自分の中にある無意識の差別を。例えシュタイン領での話を知らなくとも、グレイシア人である可能性を除外さえしていなければユーフィリアはきっと、信頼する商人はパルフェの事なのかと問いかける事が出来たはずだ。
　リズベットがグレイシア人と友好関係になれる思ったのは、元からグレイシア人と交流があったと考える方が自然なのだから。自分もまだまだねと自嘲しつつユーフィリアは話を続ける。
「その後、大きく成長した彼女はパルフェ商会を立ち上げ、今でもフローディア国とグレイシア国を往復しながら、商品を売り歩いているとの事です。一度止まってしまったそうですが、後に再開し、今のサランデル領でも取引があるとか」
「先進的とでも言えばいいのか。過去は気にせず未来に生きるとでも言わんばかりだな。だからこそのリッチモンド領か」
　画期的な発明をするチェルシーはあまり先入観を持たない。そこにフローディア人を恐れないグレイシア人の商人、価値観が合いそうなこの組み合わせは思えば納得であった。なるほどとレナードが頷いていると、リングアベルがさらに衝撃的な事実を告げる。
「パルフェなら俺も知ってるぞ。辺境でよくリズベットの元へ来ていたからな」
「なんだって？」
　リングアベルはパルフェ本人を知っていたのだ。
「あいつ義理堅い奴でな。もしも恩人であるリズベットが酷い目にあっていたら、ひと暴れしてグレイシア国に連れ帰るつもりだったらしい」
「何と無謀な……」
　唖然とするノーヴィックであったが、リングアベルは釘を刺した。
「愚かとか言うなよ？　商人って奴はなかなかに賢い。そんな商人であるパルフェがリスクを計算していないわけがない。それだけの覚悟だったって事だ」
　リングアベルのした話はユーフィリアも初めて知った事で、いくら恩人とは言え、その情の深さには驚くばかりであった。商売の事は何も関係なく、ただリズベットが心配で助けに来たのだから、リズベットが多大な信頼を寄せるのも頷けた。
　これでより説得力が増し、ユーフィリアはこの後の話を進めやすくなる。
「無論パルフェ商会の会長が信頼できる人であっても、グレイシア人の中での極一部ですから、それだけを鵜呑みにするわけには行きません。それでも己の危険を顧みずリズベットを救おうとした事など、二人の信頼関係は本物かと思われます。そしてリズベットの信頼する彼女は、リッチモンド領のチェルシー嬢とも取引があります」
　ユーフィリアはそこで一旦話を止めた。ここが肝心と言わんばかりに周囲の皆へと視線を送った後、ユーフィリアはひときわ大きい声で自分が最も伝えたい事を告げた。

「つまりチェルシー嬢もまた、グレイシア人へ差別意識を持たない人なんです」

　レナードはユーフィリアの言わんとしている事を瞬時に理解した。リズベットに外交の仕事を与えた時、レナードとユーフィリアが心配していたのは支える仲間の不在であった。二人としても不必要な争いは避け、グレイシア国との関係を強化したいとは思っているが、それも理性的に考えた場合の話であり、感情的にはまだ過去の争いを引きずっていると言えるだろう。
　それは王宮全体でもそうであり、少数派ではあるが主戦派もいる現状、生半可な人物をリズベットの補助につけるわけには行かなかった。しかしチェルシー嬢であれば、そのどうにもならなかった穴を埋める事が出来る。
「もしチェルシー嬢が聖女と同じでなくても、リズベットが彼女に会う事は無駄にはなりません。きっとチェルシー嬢はリズベットにとって強力な協力者になってくれるはずです。それにチェルシー嬢の発想力が凄いのには変わりがありません。ひょっとしたら彼女であれば聖女の文字の解読が可能であるやも」
「聖女と同じ存在であれば最善であるが、そうでなくともリズベット嬢とチェルシー嬢を結び付ける事が出来る。どちらに転んでも先へ進める、か」
「それにパルフェ商会だってグレイシア人ではありますが、リズベットの味方です。諜報者の可能性がゼロとは言えませんが、私はリズベットが信じるパルフェ商会を信じてみたいと思っています。その代わり何かあったら私が責任を持って処分しましょう」
　それは信じるが故の覚悟であり、王妃としてのけじめでもあった。リズベットの信頼する者を処分したら、彼女の信頼を失いかねず、ユーフィリアにとって実に覚悟がいる事であろう。だがそうはならないと、パルフェを知るリングアベルが太鼓判を押した。
「姉上、あいつが裏切らない事は俺が保証しよう。これでもずっと世間を見てきたんだ。人を見極める力はつけてきたつもりだ。だが一つだけ懸念がある。あいつは商会を持つほど大きくなったが、それでも平民だ。本気を出されたら権力には抗えない。だからこそ」
「ええ、裏からになりますが、我が国でパルフェ商会を守りましょう」
　リングアベルの指摘はもっともで、ユーフィリアは気を引き締めた。
「後はあいつらの母国であるグレイシア国でどう思われてるかだが、正直あんまり心配ないだろうな」
「どうしてそう思う？」
　レナードの問いにリングアベルは答えた。
「あっちはパルフェの奴がフローディア国と商売しているなんて、とっくの昔に知ってるはずだからな。何せフローディア国と違って、グレイシア国は半島で言ってしまえば細長い。だからどうしたってその中心にある王都経由になりやすいんだ。王都を通るのであれば国に知られていそうなもんだろう？　あのパルフェ商会にはフローディア人もいるんだぜ？　目立たないわけがない」
　確かにとユーフィリアは思った。王都に来ていてくれさえすれば、ユーフィリアはパルフェ商会の存在を見逃さないと断言できた。
「それでも何も介入されてないって事は、今のパルフェ商会がグレイシア国にとっても良しとされているという事さ。はっきりとした意図は分からないが、俺はそう悪くないものだと考えるね」
　楽観的ではある。それでもリングアベルの言った事は不思議と説得力があった。