断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

kouta

文字の大きさ
33 / 45

第33話 ユーフィリアの後悔

しおりを挟む
 何とも言えない暗い表情でルリカとグレッグがドナドナ(連行)されていく。ユーフィリアはそんな二人に対し、手を振りながら笑顔で見送った。完全に見えなくなった後、ユーフィリアは仮面を脱ぎ去る。
「全く反応しませんでしたねこれ」
 ユーフィリアは首にかけてあったアミュレットを手に取る。
 ユーフィリアはあえてアシュリーが暗示をかけられた件をルリカ達に話さなかった。そして相手の出方を伺ったのである。もしもルリカ達が黒幕、あるいは内通者だとしたら、危機的状況に陥った際、暗示によって離脱を試みるはずに違いない。
 アミュレットとはすなわち護符、ユーフィリアのそれはただの飾りではなく、抗魔力に優れた特別性だ。魔法はフローディア国では馴染みがないが、隣国のミリシアンでは当たり前だという。今回は不発に終わったが、念を入れておくに越した事はなかった。
 さらにユーフィリアは匂いにも気を付けた。暗示をかけるための最も良い環境は、相手の心の守りを無力化させる事である。心身共にリラックスさせ、まどろむような心地良さにさせる事で考える力を奪う。その状態を作るのに最も手っ取り早いのが匂いであった。
 実はユーフィリアがアシュリーに持ってこさせた菓子と茶には、匂いによる暗示をさせないための中和剤が含まれていた。ユーフィリアの突撃は一見無鉄砲に見えたが、その裏で万全を期していたのである。
 ユーフィリアがルリカとグレッグを信じたのは、問答による結果というよりかは、暗示に対して無知そのものであったからが大きい。それらしい会話しつつ怪しい反応をしないかを見ていたのだ。そのために首掛けアミュレットをあえて目立つようしていたのだが、二人はそれに対して無反応、完全に意識の外であった。
 一応それらも演技の可能性があったが、ルリカ達が嘘をついている線も薄いと思ったのは、二人の隠れ家の内装が暗示には程遠かったから。暗示のためには雰囲気作りも大事で、そのための空間が必要なのだが、この隠れ家は雑多に物が置かれており、リラックス空間には程遠い。
 家探しをしてみても、魔法アイテムもなければそれらしい粉もない。それがそもそも暗示を想定すらしていないという証明の様で、ユーフィリアは白という決断をしたのである。
 冤罪を防げた事にユーフィリアは安堵のため息をつく。
「あの時、グレイシア人の仕業と確定しないで、冷静になれたのは幸いでした」
「私、余計な事を言っちゃっいました。大きな耳としっぽがある怪しい人って」
 がっくりと項垂れるアシュリーに対し、ユーフィリアが擁護する。
「しょうがないですよ。そうなるように仕向けられていたんですから」
「私が誰に暗示をかけられたか思い出せればすぐに解決出来るのに……」
「良いのです。かえって思い出せない方が私は安心出来ますし」
「それは何でですか?」 
 ユーフィリアの意図が分からず、アシュリーは問いただす。
「思い出せないという事はアシュリーの命の安全が保障されているとも言えるのですよ」
「え?」
「仮にアシュリーが覚えていたとしたら命を狙われていたでしょう。それをしないという事は、相手にはアシュリーが絶対思い出さない自信があるという事になります」
 アシュリーにとって命の危険があった事は衝撃的で、たまらず己が身を抱きしめる。
「ごめんなさい。私ユーフィリア様には迷惑ばかりかけていて……」
 相手の弱点を持っていたら狙われるのは当たり前の事であった。アシュリーはそんな当たり前すら想定していない自分の短絡さに嫌気がさした。恩人であるユーフィリアを助けたいのに、結果としてアシュリーは守られてしまっている。
「アシュリー、あなたはよくやってくれています。ルークとシャルロッテが良い子に育っているのはあなたのおかげですよ」
「ユーフィリア様……」
「そもそもの話、私があなたを巻き込んだのです。あなたを守り切れる自信がないから王宮に囲うしかありませんでした。今だって私はこうしてあなたに罪の意識を背負わせ、拘束し続けています」
「そんな事!」
「ふふ」
「ユーフィリア様、どうして笑うのですか?」
「アシュリーは気づいてますか? 今私とあなたは立場が逆転しただけで同じ事になってるって」
「同じってそんなわけ……あ」
 ネガティブな言葉を続けても、相手に気を遣わせるだけ。ユーフィリアは彼女自身それを実践して見せる事で、アシュリーに客観的にどう映るかを見せ、彼女にその生産性のなさを説いた。
「後悔や挫折は誰にでもあります。全てがうまく行った人なんているわけないのですから。でもそうした失敗があるからこそ今の私達がいるわけです。どうにかしようと足掻く私達が」
 アシュリーはユーフィリアの足掻くという言葉で、自分にとって遥か上にいるはずの彼女もまた、悩みながら進んでいる事を理解した。
「アシュリー、過去を反省するのは悪い事ではないですが、引きずる事は良くありません。私達は先に進むべきなのです。今のあなたと過去の自分と比べてごらんなさい。どれだけ出来る事が増えましたか?」
 ユーフィリアの言われてアシュリーは王宮に来てから、自分のしてきた事を思い返す。まず誰が見ても恥ずかしくない作法を学んだ。忙しいユーフィリアのためにお茶と菓子の作り方を覚えた。ユーフィリアの子供の世話を任されてからは、間違った事を教えないために勉学にも力を入れた。
 ただがむしゃらに動いた日々であったが、いつしかアシュリーのお菓子の腕前はユーフィリアから太鼓判を押されるようになり、あやふやだった文字の読み書きもしっかり出来るようになった。
 王宮に勤めるのは国のトップエリートの集団である。その者達と比べればアシュリーの成長は大した事はないかもしれないが、それでもアシュリーは胸を張って過去の自分とは違うと断言出来る。まだまだ実力不足ではあるが、今のアシュリーなら簡単に騙されない。着実に一歩進んでいる。
 それを理解した途端、アシュリーはどこか心が軽くなった気がした。
 「良い顔になりましたね。そう、あなたはちゃんと前に進めています」
「ユーフィリア様、私これからも頑張ります」
「ええ、期待していますよ」
 アシュリーに激励の言葉を送りつつ、ユーフィリアは過去の自分を思い返していた。

 後悔、失ったものに対する未練がどれ程空しいかユーフィリアは知っている。

 偽聖女事件の後始末を終え、アシュリーが本格的に従女として働き始めた後、暗示の恐ろしさを身を持って体験したユーフィリアは、それまで以上に暗示についてを調べ始めた。知識を蓄えていく最中、ユーフィリアは己が見落としていたとある可能性に気づいてしまった。
 それはリズベットの父が起こした公爵令嬢暗殺未遂事件の件である。リズベットはあの事件前からグレイシア人であるパルフェと交流があり、旧シュタイン領ではグレイシア国の商品が買えたという。
 ユーフィリアが思うに、リズベットはきっとその頃からグレイシア国との友好を考えていたに違いなく、もしリズベットが王妃になっていたとしたら、レナードに打診していたはずだ。だからこそ嵌められたのではないか。
 婚約発表の一週間前に起きたシュタイン派の子爵家の麻薬問題、リズベットは鮮やかに問題を解決して見せた。ユーフィリアとしては、リズベットは優秀だから出来て当然だろうと考えていたが、よくよく考えたら例えリズベットであっても、あの短い時間で最後の最後まですっきり解決したのには違和感が残る。都合良く売人まで見つかるなんて事はありうるのか?
 ユーフィリアがさらに疑念を抱いたのはシュタイン伯爵に雇われたゴロツキどもについてだ。いくら素人と言えども計画の杜撰さには気づくのではないか。それに強盗ならまだ分かるが、ただのゴロツキが人を殺す程の覚悟を持てるとは思えない。
 だがこれも前提を変えるとひっくり返る。偽聖女事件と黒幕が同じであったらこれも可能となるのだ。黒幕には暗示があるのだから。そしてこれはシュタイン伯爵の暴挙にも繋がる。

 もしも公爵暗殺未遂事件が全て黒幕によって仕組まれた事であったのだとしたら。

 この可能性に思い至った時、ユーフィリアは愕然とした。友とその両親に迫る魔の手を阻止出来なかった事を悔やみ続けた。だからこそユーフィリアは己の贖罪として、徹底的に調査を実地したわけであるが、まるで手ごたえがなかったのには絶望を覚えた程であった。

 何が何でも友好へと至らせないという鋼の意志。フローディア国とグレイシア国は争うべきだとする激しい怒り。それ程の憎しみを抱えつつも冷静さは失わず、まるでしっぽを見せない狡猾さ。ハイブルグ情報機関を持ってしても見破れない相手。
 それでもユーフィリアは足掻き続けた。その結果オーバーワークとなって倒れたわけだが、それによってリズベットが戻ってくるきっかけが生まれたのは、意地でも諦めなかった執念の賜物だろうか。
 正体の掴めない相手ほど恐ろしいものはない。どのような行動に出られるか分からないから、ユーフィリアはこれまでルリカ達と接触しなかった。ここに来て方針を替えたのは、リズベットが戻ってきたからである。
 単純に彼女が来てくれて百人力みたいなところもあるが、のっぴきならない事情もある。何せグレイシア国への友好の懸け橋となるリズベットは、黒幕にとっては何が何でも消したい相手であろう。
 今度こそリズベットを守らなければならない。ユーフィリアは固く心に誓う。
 そのためには守りに入っていては駄目だとユーフィリアは考えた。お互いの隙を伺っていてはこれまでと同じ、時間を無駄に浪費するだけである。だからこそ行動して、相手が動かざるを得ない状況まで持ち込む。
 実際戻ってきてからのリズベットの行動力はずば抜けていて、恐ろしいスピードで事が進んでいる。このスピードは危険も伴うが、それ以上に強力な武器となる。ユーフィリアも振り回されっぱなしであるが、それは相手も一緒である。圧倒的スピードに耐えられず、絶対どこかで限界が来るに違いない。黙っていれば和平一直線。だからこそ阻止しようと何かしら行動を起こしてくるはずだ。

 そこを一網打尽にする。

 リスクは高いがやらなければならない。ユーフィリアの覚悟はとっくに決まっていた。
 二人で良き国を作る。そして平和になった世で思う存分スイーツを満喫する。くだらない事かもしれないが普通こそがユーフィリアとリズベットの憧れだ。
「良い返事を期待していますよ」
 ユーフィリアはグレイシア国のある方の空を見上げ、心の底からグレイシア国も和平を望む同士である事を願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...