断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話

kouta

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第43話 ベオウルフのとっておきの秘密

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 出会った人がグレイシア国の重鎮だとは思っていたが、むしろ最高権力者だった件。ルリカからベオウルフの正体を明かされたリズベットはなおも困惑していた。
「一応確認だけれど、あんたが見たそのベオウルフっていう人の見た目を教えてもらえる?」
「えっと、髪は銀髪で碧眼。切れ長の目が特徴かしら?」
「ああ、じゃあ間違いない」
 納得してみせるルリカをリズベットは制止する。
「でも待って? 私直接見た事はないけれども、グレイシア王のシグムンド王は銀髪じゃなくて燃えるような赤毛じゃあ……」
 そう、グレイシア国の歴代国王は赤毛である。実際に会った事はないリズベットであるが、婚約者候補であった時、隣国の勉強は当たり前のようにしていた。グレイシア国の王の特徴はその時に知ったものである。
 だからリズベットはベオウルフを高位の者と推測しても、銀髪という似ても似つかない風貌から王族という発想は出てこなかった。それ故の困惑である。一体どういう事かと首をかしげるリズベットにルリカは衝撃的な事実を告げた。
「あれカツラよ」
「ええ゛!!?」
 予想外過ぎて素っ頓狂な声をあげてしまうリズベット、ユーフィリアも目を丸くしていた。ユーフィリアはリズベットと違って、王妃になってからシグムンドには何回か会った事があるため、衝撃も大きかった。
「全然気づきませんでした……」
「うちの王様はすっごく堂々としているからね」
 ルリカの答えにリズベットは至極納得した。ベオウルフを名乗ったシグムンドは自信に満ち溢れており、臆す事は決してないという人物だったし、カツラかぶったからどうこうって感じは確かにない。
「でも普通公の場では自毛で、変装時にカツラだと思うんだけれど、これってどういった理由?」
「あのカツラ、初代グレイシア王の髪で作られているの。最初の頃はそれこそ王となる者は赤毛でなければならないという制約があったみたいだけれども、無能の赤毛と優秀なそれ以外がいたとして、それでも赤毛を選ぶのか? ってなった時にね。でもいきなり変わり過ぎるのもどうかという話になって、折衷案として王となった者は赤毛のカツラをかぶるって形に落ち着いたのよ」
「となると赤毛のカツラは王冠みたいなものなのね」
「その認識で良いと思うわ。初代グレイシア王の髪がずっと残されていたのは、真の王家の色を選別するために残されていたのだとか。当時は初代の王とより近い者が後継者と見なされていたのよね」
「国を縛っていた制約を逆に利用して見せる、か。なかなかの妙手ね」
 リズベットはグレイシア国がこの決定をした時、一つの危機を超えたのだと察した。無能な王はすべてを滅ぼしかねない。かといって伝統をないがしろにすれば権威が薄れる。カツラ案は伝統を残し、新たな風を入れる、名采配だったであろう。
「でもベオウルフが王であるのならむしろ好都合だわ。私は彼に会った時、聖女の文字の解読法を渡してあるの。だから彼なら難なく仕掛けも解くだろうし、この書簡も問題なく見る事が出来るわ」
 グレッグは一瞬驚いた表情を見せた後、複雑な顔をしてリズベットに問いかける。
「解読法を渡したってあんたなかなかに凄い事してるな。交渉事は俺の管轄外だが、それは貴重な物なんじゃないのか? 無償で渡していい物じゃないと思うんだが……」
「心配は無用よ。何の考えもなしにやっているわけじゃないもの。ここでこそこそとフローディア国内で独占するよりも、後々得られる物の方が大きいと見込んでいるからこそよ」
 リズベットの自信満々の様子を見てルリカがこれは愉快と笑った。
「ハハハハ、良いねあんた。気に入ったよ」
 リズベットとの会話は対等であった。グレイシアの歴史を馬鹿にするどころか、素晴らしいと評価して見せるし、リズベットの姿勢は実にフラットだ。ユーフィリアもそれは一緒であるが、彼女は王妃という立場を降りられない。一方でリズベットは外交という重要な役目こそ担っているが、ただのリズベットと言った方がしっくり来る。
 人種差別による嫌みが一切感じられないリズベット、導者の文字解読という重要カードをあっさりと使う豪胆さにルリカは好感を持った。
「何せリズベットはパルフェ商会のパルフェさんと昔からのお知り合いですから。彼女は昔からグレイシアの方と交流があったんです」
 ユーフィリアがそう説明すると、ルリカは納得いった様子でポンと手をたたいた。
「パルフェ商会? これで合点がいったわ。たまたまシグムント王と会うなんてどんな偶然かと思ったけど、あそこと付き合いがあるんだったら納得よ。それに商会設立前って……という事はあんたがパルフェ商会設立前からグレイシア国の物を買っていた令嬢だったのね。調べてもずっと探せなかったから本当にいるのか疑問に思ってたけど。リッチモンド領のご令嬢は違っていたし……」
「シュタイン伯爵家がなくなった後、私はすでに令嬢じゃなかったわけだしね。王都に戻ってくる前まではミリシアン国との国境沿いにいたから、探せなくても無理はないわ」
「そういう事だったのね。でも王はすでにあんたがその令嬢だって察しているんでしょうねぇ。私達が先だったら手柄だったのに」
「だが王がリズベット嬢の事を知っているからこそ、話はスムーズに進みそうだ。俺としてはこっちの方が助かる」
 グレッグはグレイシア国に持ち帰った際、どう説明しようか悩んでいたが、リズベットとシグムンド王が顔見知りであるのならそこは格段に楽になる。グレッグの知るシグムンド王ならば、リズベットに強い興味を持ったはずだ。さらには聖女の文字という確たる証拠だってあるのだ。
「それに戦争を防いだとなったら俺らはそれこそ大手柄だぞ?」
「それは確かに。でも救国の英雄なんてのは御免被るわね」
「ああ、余計な責任はいらん。褒美がたんともらえるならそれだけで」
 出世欲は薄く、表よりも裏方が好き。責任で動けなくなるのは困る。諜報員とはそういう人種である。リズベットはそんな二人に尋ねる。
「ところでグレイシア国ではやっぱり私の事を探ってたの? ベオウルフ、シグムンド王にも『ああ、貴様がそうなのか』みたいな事言われたから、『想像の通りよ』って返しておいたのだけれど」
「何その格好良い会話、私もそんな会話してみたいのだけれど」
「茶化さないでよ。シグムンド王がああいう感じだから合わせたらそうなっただけよ。それで答えはどうなの?」
 妙に気恥しくなったリズベットは言い訳すると、この話を終わりといった様子で先を施す。答えたのはグレッグであった。
「国に関わっていない個人同士で商売が成立した初めてのケースだったからな。興味持たない方がおかしい。ただパルフェ商会の事を把握したのはある程度大きくなってからで、調べ始めるのが遅れたのがネックだった」
「なるほどね。グレイシア国で調べ始めた頃には、私はすでに辺境の地にいたって感じなのかしら」
 グレッグ達の言うように、グレイシア国でずっとリズベットの事を探していたのだとしたら、すれ違っている間、随分と遠回りしてきた事になる。しかしグレッグの方は違う印象を持ったようであった。
「ただ今となってはそれも悪い事じゃなかったように思えるな。すべて今日という日のためにお膳立てされていたように思える。好機というのはこういう事なんじゃないか?」
 それを受けてリズベットは思い直した。今ここまで話が進むのは多くの幸運が絡んでいる。
 それに早くにリズベットとグレッグ達が出会ったとして、果たしてうまく行っていたであろうか? 当時のリズベットは軟禁されている無力な平民に落ちた令嬢である。ユーフィリアとのやり取りも途絶えていたし、何の力も持たない。
 そんなリズベットが独断でグレイシア国と話し合うのは言語道断であるし、下手すれば謀反を疑われかねない。国から正式に立場を与えられ、ユーフィリアとの親交も復活した今だからこそ、こうして話し合えているのだ。
 世の中最も重要なのはタイミングである。その時最も必要なものを探せる者が勝者となるのだ。それは早過ぎても遅過ぎてもいけない。
 グレッグが言った『好機』という言葉、まさにその通りだとリズベットは思った。リズベットはベオウルフとの出会いを思い出す。リズベットはベオウルフの問いにどちらの国も弱いと答えた。それをベオウルフは否定しなかった。
 つまりそれはグレイシア国の王も少なからず同じ思いを持っていた事に他ならない。そうでなければリズベットの言った事は切って捨てられていたであろう。
「だったらその好機を逃さないようにしないとね。そのためには……」
「戦争を望む無粋な奴を探し出さないとな」
 せっかくのチャンス、こうした機会はめったに訪れないのは双方理解していた。だからこそ足元をすくわれるわけには行かない。必然的にリズベットの表情が真剣味を帯びる。
「ええ、今ここは運命の分岐点よ。二つの道が交わるのか、それともまた長い時間絶たれてしまうのか。もしも絶たれてしまった場合私達の未来は暗いわ」
 リズベットはフローディア国だけでなく、グレイシア国の未来も示唆した。何故ならフローディア国とグレイシア国が足踏みしている間、他の国々は成長し続けるのだから。
「我らがグレイシア王は愚かじゃない。だからそっちも精々期待を裏切ってくれるなよ」
 グレッグの自国への忠誠は厚い。だからこそ愚かな事は絶対しないと言って見せた。リズベットは満足げに頷き、当然とばかりにグレッグの挑発に返した。
「もちろんよ。フローディア国を舐めないで頂戴」
 リズベットのそれも堂々たるもので、グレッグは笑みを見せる。そしてグレッグとルリカは言った。
「もしもこの仕事がうまく行ったら……」
「また美味しいご飯食べさせてちょうだい!」
 二人のあまりにも庶民じみた望みにユーフィリアは笑ってしまう。ユーフィリアは少し思案した後、二人に返事した。
「随分と我が国の食事を気に入ってもらえたみたいで……もし友好が実現しましたら、王宮の食堂のフリーパスをあげましょう」
「そいつはいい!」
「やる気が出るわ!」

 その後、二人が意気揚々と王城を後にしたのを見送ったユーフィリアは言った。
「リズベットから聞いて分かっていたはずですが、グレイシアの方も普通なのですね。こうして実際に話していて強く実感しました」
 それに対し、リズベットは持論を展開する。
「私が思うに国としての立場、民族としての立場、そうした括りがあるからこそ友好、敵対に分かれるだけで、一個人は全く別の話になると思うの。個人の場合は国、種族は関係なくして良い人は良い人、悪い奴は悪い奴だからね。だから国と種族で分けるのは必要ではあるけれど、それだけで考える事は良くないと私は思うわ」
「確かにそうですね。国を守らなければならないって考えていると、どうしても他者を否定しがちになってしまいますが、真の意味で国を守るには他者の良さを知る事も重要です。そんなものは当たり前の事ではあるのでしょうが……」
「経験として得た事は貴重って感じかしら?」
「その通りです。また一つ勉強になりました。後はただ」
「うまく行く事を祈るのみね。でもまあベオウルフは信用できるわよ。あくまで私の直感だけれどね」
「ええ、応えてくれると信じて、私達は私達のすべき事をしましょう。仕事は山積みなのですから。まずはあれから始めましょう」
「ええ、準備出来次第おじ様を伴って早速行ってくるわ」
「宜しく頼みます」
 グレッグとルリカを見送る外交は終わっても、一日はまだ始まったばかりだ。二人はまだまだこれからと慌ただしく動き始めたのであった。
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