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動物園④
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だが、生きている。10万円を返せないままでも、生活している。まあ、どうしても返せということになったら、何かしら通知が来るだろう。返したくても持っていないのだから返すことができない。だったら、このまま過ごすしかない。
そうやって、ただぼんやりと日々を過ごしていた。
ある日、アパートのドアに赤い張り紙がしてあった。
『警告 あなたの借金額は現在450万円です 至急ご返済ください』
生気の抜けた顔面を平手打ちされたみたいだった。わけがわからない。450万!? なんだその金額は!
ふと、ドアの下の郵便受けの口が不自然に開いていることに気が付いた。
なんだ、何かが入っている……?
漢はドアのカギを開けて中に入り、郵便ボックスの蓋を開けた。次の瞬間、黒いボールのようなものがボトボトと落ちた。ボールのサイズはさまざまで、ところどころ赤黒いものや茶色い何かが付着している。
ごろりと転がったボールが黒い毛に覆われていて、見開かれた黄色い目があることに気が付いたとき、漢は「あっ」と声を上げた。すとんと腰が抜ける。ボトボトと落ちたのは黒猫の首と四肢だった。
胴体がない。猫の血で郵便ボックスの中に張り付いた一枚の紙に気が付く。
『450万円用意できなければ、あなたの身柄をもらいます 光福差手』
漢は全身から血の気が引いていくのを感じた。バラバラになった猫の死体。借金。身柄をもらう? 借金を返済しなければ何をされるのか、うっすら想像できた。
そこから始まった恐怖の日々。抜け出したくて、アパートから逃げ出して2日。清隆にまんまと呼び出され、今、また、電車の中にいる。
近場で降りるのは危険だ。あいつらに先回りされていたら終わりだから。
どこまで行ける。この電車はどこまで行くんだ。
どこまで行ったって、もう、行く場所なんてないのに。どうする。どうすればいい。
あいつらに捕まるくらいなら、自分で死んだほうがマシなんじゃないか。
終点で下車して、漢はフラフラと駅から出た。ふだん来ることのない場所でも、全国どこにでも存在するコンビニや飲食チェーン店の看板を見かけると、同じ日本の中にいるのだなと思う。
光福差手の人間もまた、全国どこにでも現れる。どこの誰にでも融資をしているのだから。
漢は、24時間営業のネットカフェを見つけて、スペースを借りた。パソコンを立ち上げ、ネットにアクセスする。
『簡単に死ぬ方法』『自殺マニュアル』『自殺者募集』
うつろな目で、自殺について検索していく。
もう、苦しいのは嫌だ。楽に死にたい。もう逃げられないなら、死ぬしかないんだから。だったらせめて、楽に逝かせてほしい。
深夜と明け方の間。ひとつの検索結果に目が留まった。
『ハイ!今日逝こう』
『死にたい人募集。楽にしてあげます』
……これだ。
漢は、すぐさま『ハイ!今日逝こう』の管理人クレイに宛ててダイレクトメッセージを送ろうとした。
ふいに、背筋に悪寒が走った。言葉では説明することができない何かが働いた。漢は、キーボードを打つ手を止めて、スペースを仕切っている薄い板からそうっと頭をのぞかせた。できるだけ気配を押し殺して、あたりをゆっくりと見回す。
「あっ」と言いそうになって、漢は口をふさいだ。少年漫画が並ぶ棚の前に、不自然なほど髪をワックスで固めた男が立っている。白いシャツに、紫色のスラックス。富山駅前の公園で見た男と同じ。
なんで、藤田がここに!?
漢はソファに身を沈めて、荒ぶる呼吸が外に聞こえないように両手で必死に閉じ込めた。
なんでだ、同じ電車に乗って来たのか? いや、あいつは駅まで追いかけてこなかった、自分が電車に乗り込んだときに見た男は別の奴だった。それとも俺が見落としていただけで、他の車両に乗っていた? だったら車両を移動してすぐに捕まえに来たはずだろう。でも来なかった。
藤田は別の移動手段でここに来た。でも、なんでこのネカフェにいる? 俺がネカフェに入るところを誰かが見ていた? だったらそいつがすぐに捕まえに来るはずだろう。でも来なかった。ネカフェに入ってから1時間は経っている。その間に調べが入ったのか?
あああ、わけがわからねえ。とにかく、なんで藤田がいるんだ。これじゃあ外に出られねえ。いや、外に出なければ、藤田も俺を捕まえられねえんじゃねえのか。
いやいやいや、藤田と同じ空間にいることは危険だ。とりあえず逃げるしかない。藤田は今、少年漫画の棚の前にいた。今のうちに外に逃げるか。
漢は、もう一度、少年漫画の棚の前を確認しようと、頭を出した。
いない。
もう、藤田の姿がない。
どこだ、どこに行った!?
「おや」
漢は驚き、隣のスペースの入り口を見た。少年漫画を4冊手に持った藤田が、スペースの中に入ろうとしているところだった。藤田の黒い目に、呼吸を忘れた漢の顔が映る。
「ここにいましたか」
藤田の口角が上がる。漢は個室から飛び出し、両腕で空気を掻きながらネットカフェの外に出た。
全力を振り絞って走る。この時間、コンビニくらいしか開いていない。まだ暗闇の中、日中活動している人間たちは眠りの中にいる。
だから、漢は選択することができなかった。青色のロゴが有名なコンビニの中に飛び込み、傘立てに一本だけ刺さっていた傘を掴んで無人のレジの中に侵入した。そのままバックヤードに入ると、長椅子に寝ころんでスマホをいじっていた店員に、傘の切っ先を突き付けた。
「なっ、はっ、えっ!?」
店員が声にならない声をあげると、漢は店員の鼻に傘の先端を押し付けた。
「声を出すな!」
大学生と思われる若い店員は、目を白黒させている。
「お前、金持ってるか?」
店員は返事ができない。
「持ってるよな。財布出せよ」
出せと言われても、すぐに出すことはできない。漢は苛立ち、傘の先を店員の鼻にぐりぐりとねじ込んでいく。店員は「やめて」と言いながら、傘の切っ先を掴んだ。しかし、力勝負では漢のほうに分があった。
「も、わかったから、傘、どけて……」
大学生が涙声で言うのを聞きながら、漢はあたりを見回した。チラシや廃棄処分するために引き上げたおにぎりが置いてある机の上に、ペン立てがある。そこにカッターナイフを見つけて、漢は素早くカッターを手にした。
傘から解放されたと思ったら、今度はカッターを突き付けられた大学生は、ズボンの尻ポケットから黒い財布を出して漢に渡した。
そのとき、コンビニの自動ドアが開く音がした。
そうやって、ただぼんやりと日々を過ごしていた。
ある日、アパートのドアに赤い張り紙がしてあった。
『警告 あなたの借金額は現在450万円です 至急ご返済ください』
生気の抜けた顔面を平手打ちされたみたいだった。わけがわからない。450万!? なんだその金額は!
ふと、ドアの下の郵便受けの口が不自然に開いていることに気が付いた。
なんだ、何かが入っている……?
漢はドアのカギを開けて中に入り、郵便ボックスの蓋を開けた。次の瞬間、黒いボールのようなものがボトボトと落ちた。ボールのサイズはさまざまで、ところどころ赤黒いものや茶色い何かが付着している。
ごろりと転がったボールが黒い毛に覆われていて、見開かれた黄色い目があることに気が付いたとき、漢は「あっ」と声を上げた。すとんと腰が抜ける。ボトボトと落ちたのは黒猫の首と四肢だった。
胴体がない。猫の血で郵便ボックスの中に張り付いた一枚の紙に気が付く。
『450万円用意できなければ、あなたの身柄をもらいます 光福差手』
漢は全身から血の気が引いていくのを感じた。バラバラになった猫の死体。借金。身柄をもらう? 借金を返済しなければ何をされるのか、うっすら想像できた。
そこから始まった恐怖の日々。抜け出したくて、アパートから逃げ出して2日。清隆にまんまと呼び出され、今、また、電車の中にいる。
近場で降りるのは危険だ。あいつらに先回りされていたら終わりだから。
どこまで行ける。この電車はどこまで行くんだ。
どこまで行ったって、もう、行く場所なんてないのに。どうする。どうすればいい。
あいつらに捕まるくらいなら、自分で死んだほうがマシなんじゃないか。
終点で下車して、漢はフラフラと駅から出た。ふだん来ることのない場所でも、全国どこにでも存在するコンビニや飲食チェーン店の看板を見かけると、同じ日本の中にいるのだなと思う。
光福差手の人間もまた、全国どこにでも現れる。どこの誰にでも融資をしているのだから。
漢は、24時間営業のネットカフェを見つけて、スペースを借りた。パソコンを立ち上げ、ネットにアクセスする。
『簡単に死ぬ方法』『自殺マニュアル』『自殺者募集』
うつろな目で、自殺について検索していく。
もう、苦しいのは嫌だ。楽に死にたい。もう逃げられないなら、死ぬしかないんだから。だったらせめて、楽に逝かせてほしい。
深夜と明け方の間。ひとつの検索結果に目が留まった。
『ハイ!今日逝こう』
『死にたい人募集。楽にしてあげます』
……これだ。
漢は、すぐさま『ハイ!今日逝こう』の管理人クレイに宛ててダイレクトメッセージを送ろうとした。
ふいに、背筋に悪寒が走った。言葉では説明することができない何かが働いた。漢は、キーボードを打つ手を止めて、スペースを仕切っている薄い板からそうっと頭をのぞかせた。できるだけ気配を押し殺して、あたりをゆっくりと見回す。
「あっ」と言いそうになって、漢は口をふさいだ。少年漫画が並ぶ棚の前に、不自然なほど髪をワックスで固めた男が立っている。白いシャツに、紫色のスラックス。富山駅前の公園で見た男と同じ。
なんで、藤田がここに!?
漢はソファに身を沈めて、荒ぶる呼吸が外に聞こえないように両手で必死に閉じ込めた。
なんでだ、同じ電車に乗って来たのか? いや、あいつは駅まで追いかけてこなかった、自分が電車に乗り込んだときに見た男は別の奴だった。それとも俺が見落としていただけで、他の車両に乗っていた? だったら車両を移動してすぐに捕まえに来たはずだろう。でも来なかった。
藤田は別の移動手段でここに来た。でも、なんでこのネカフェにいる? 俺がネカフェに入るところを誰かが見ていた? だったらそいつがすぐに捕まえに来るはずだろう。でも来なかった。ネカフェに入ってから1時間は経っている。その間に調べが入ったのか?
あああ、わけがわからねえ。とにかく、なんで藤田がいるんだ。これじゃあ外に出られねえ。いや、外に出なければ、藤田も俺を捕まえられねえんじゃねえのか。
いやいやいや、藤田と同じ空間にいることは危険だ。とりあえず逃げるしかない。藤田は今、少年漫画の棚の前にいた。今のうちに外に逃げるか。
漢は、もう一度、少年漫画の棚の前を確認しようと、頭を出した。
いない。
もう、藤田の姿がない。
どこだ、どこに行った!?
「おや」
漢は驚き、隣のスペースの入り口を見た。少年漫画を4冊手に持った藤田が、スペースの中に入ろうとしているところだった。藤田の黒い目に、呼吸を忘れた漢の顔が映る。
「ここにいましたか」
藤田の口角が上がる。漢は個室から飛び出し、両腕で空気を掻きながらネットカフェの外に出た。
全力を振り絞って走る。この時間、コンビニくらいしか開いていない。まだ暗闇の中、日中活動している人間たちは眠りの中にいる。
だから、漢は選択することができなかった。青色のロゴが有名なコンビニの中に飛び込み、傘立てに一本だけ刺さっていた傘を掴んで無人のレジの中に侵入した。そのままバックヤードに入ると、長椅子に寝ころんでスマホをいじっていた店員に、傘の切っ先を突き付けた。
「なっ、はっ、えっ!?」
店員が声にならない声をあげると、漢は店員の鼻に傘の先端を押し付けた。
「声を出すな!」
大学生と思われる若い店員は、目を白黒させている。
「お前、金持ってるか?」
店員は返事ができない。
「持ってるよな。財布出せよ」
出せと言われても、すぐに出すことはできない。漢は苛立ち、傘の先を店員の鼻にぐりぐりとねじ込んでいく。店員は「やめて」と言いながら、傘の切っ先を掴んだ。しかし、力勝負では漢のほうに分があった。
「も、わかったから、傘、どけて……」
大学生が涙声で言うのを聞きながら、漢はあたりを見回した。チラシや廃棄処分するために引き上げたおにぎりが置いてある机の上に、ペン立てがある。そこにカッターナイフを見つけて、漢は素早くカッターを手にした。
傘から解放されたと思ったら、今度はカッターを突き付けられた大学生は、ズボンの尻ポケットから黒い財布を出して漢に渡した。
そのとき、コンビニの自動ドアが開く音がした。
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