58 / 83
山小屋⑬
しおりを挟む「ねえ」
るまが真剣な声色で言った。
「抱きしめてもいい?」
永遠は驚いて、るまを見上げた。それとほぼ同時に、るまの両腕が永遠の細い身体を捕まえた。永遠の頬が、るまの心臓の上にくっつく。
るまは永遠の頭を撫でて言った。
「私、ロキの歌を初めて聴いたとき、すごく病んでて。ロキの歌に救われたの。だから、ずっとお礼がしたかった」
「……るま……」
「私、ロキとやりとりしている間、すごく楽しくて。幸せだった。現実を忘れられたから」
私もだよ。
言いたいのに、なぜか声が喉で引っかかった。カラカラだ。少し力を込めたら、涙が出そうだ。
「私のほうこそ、ロキからしたらおじさんだし。こうしていられるのは、今だけだと思ってる。本当の気持ちは、私も言えない。ロキに迷惑をかけたらいけないし」
「そんな、迷惑とかじゃない……」
永遠が顔を動かしたとき、るまは永遠の両肩に手を置いて、身体を離した。それから、寂しそうに微笑んだ。
「ごめんね。今日はありがとう」
……どうして謝るの?
訊きたかったけれど、なぜか訊けなかった。
るまは、永遠を八王子駅まで送った。
「バイバイ」
またね、とは、お互い言えないまま。
永遠だけが、八王子駅の改札口を通り抜けた。るまは、永遠が改札口から遠く離れて、家路につくのを見届けたあと、本来自分が乗るべき電車に乗るためにホームに向かった。
永遠は、るまに会う前は、予感していた。これが、るまに会う最初で最後かもしれないと。だが、会ったあとは違った。また会えるかもしれない、会いたいと、期待していた。
だが、永遠の当初の予感は、当たるのである。
るまに会った翌日、永遠はるまにメッセージを送った。
『昨日はありがとう。本当に楽しかったよ。また、新しい曲作ったら会えるかな?』
欲張りだったのかもしれない。
るまから何の連絡もない日々が、4日ほど過ぎた。
永遠は、100点満点中30点に満たない解答用紙を何枚もぐしゃぐしゃにして、ゴミ箱に捨てた。
成績表を母親に見られたら、またどやされるんだろう。
面倒くさい。
永遠は制服姿のままベッドに転がって、スマホの画面をじっと眺めていた。
ねえ、るま。今、どうしてる?
るまのことをどれだけ想像しても、返事が返ってくる気配はない。
暇つぶしにSNSを眺める。芸能人の結婚、政治家の不倫。人気モデルのつぶやき、アーティストのライブの告知。どれもこれも、まともに読まない。見て飛ばすだけ。
無意識に滑らせていた指が、ふと、止まる。
ひとつのニュースが、永遠の目に留まった。
『横浜市内の公園で、男子大学生の遺体発見。身体には複数の暴行の痕』
……横浜?
るまが住んでいるのって、横浜だよね。
永遠は、なんとなくそのニュースについて検索した。
『閑静な住宅地で殺人事件。近隣住民に不安が広がる』
『富裕層の多い地域。治安悪くないはずなのに』
『男子大学生は、市内の国立大学に通う鈴木遥真さん(20)とみられている』
鈴木遥真……はるま……って、あれ……。
いやな予感がした。決して当たってほしくない予感だ。
永遠は、るまの本名を知らない。横浜市内の国立大学に通っていることは知っている。経済学部所属だということも。
永遠は、ネットで鈴木遥真を検索した。横浜市内の公園で男性の遺体が発見されたのは、一昨日のことだった。すでにニュースは大きくなっており、鈴木遥真に関する情報も出回っていた。
鈴木遥真、〇〇大学経済学部所属。大手IT企業社長・鈴木孝の息子とみられている。
「あ……」
被害者の顔写真が出回ることがないように配慮される風潮があるにも関わらず、鈴木遥真の写真が一枚、横浜大学生殺人事件の考察サイトに貼られていた。
女性とのツーショットだった。女性は鈴木遥真の胸元に顔を寄せて、ピースサインをしていた。鈴木遥真の表情は笑顔だったが、どこかぎこちなさがある。
その、ぎこちなさに気付けたのは、直接本人に会ったことがあるからかもしれない。
永遠は、スマホをシーツの上に落とした。思わず両手を握りしめて口元に寄せる。あまりにも恐ろしい現実に、息の根が止まりそうだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
私の居場所を見つけてください。
葉方萌生
ホラー
“「25」×モキュメンタリーホラー”
25周年アニバーサリーカップ参加作品です。
小学校教師をとしてはたらく25歳の藤島みよ子は、恋人に振られ、学年主任の先生からいびりのターゲットにされていることで心身ともに疲弊する日々を送っている。みよ子は心霊系YouTuber”ヤミコ”として動画配信をすることが唯一の趣味だった。
ある日、ヤミコの元へとある廃病院についてのお便りが寄せられる。
廃病院の名前は「清葉病院」。産婦人科として母の実家のある岩手県某市霜月町で開業していたが、25年前に閉鎖された。
みよ子は自分の生まれ故郷でもある霜月町にあった清葉病院に惹かれ、廃墟探索を試みる。
が、そこで怪異にさらされるとともに、自分の出生に関する秘密に気づいてしまい……。
25年前に閉業した病院、25年前の母親の日記、25歳のみよ子。
自分は何者なのか、自分は本当に存在する人間なのか、生きてきて当たり前だったはずの事実がじわりと歪んでいく。
アイデンティティを探る25日間の物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる