ハイ拝廃墟

eden

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山小屋⑬

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「ねえ」

 るまが真剣な声色で言った。

「抱きしめてもいい?」

 永遠とわは驚いて、るまを見上げた。それとほぼ同時に、るまの両腕が永遠とわの細い身体を捕まえた。永遠とわの頬が、るまの心臓の上にくっつく。

 るまは永遠とわの頭をでて言った。

「私、ロキの歌を初めて聴いたとき、すごく病んでて。ロキの歌に救われたの。だから、ずっとお礼がしたかった」

「……るま……」

「私、ロキとやりとりしている間、すごく楽しくて。幸せだった。現実を忘れられたから」


 私もだよ。


 言いたいのに、なぜか声が喉で引っかかった。カラカラだ。少し力を込めたら、涙が出そうだ。


「私のほうこそ、ロキからしたらおじさんだし。こうしていられるのは、今だけだと思ってる。本当の気持ちは、私も言えない。ロキに迷惑をかけたらいけないし」

「そんな、迷惑とかじゃない……」

 永遠とわが顔を動かしたとき、るまは永遠とわの両肩に手を置いて、身体を離した。それから、寂しそうに微笑んだ。


「ごめんね。今日はありがとう」


 ……どうして謝るの?

 訊きたかったけれど、なぜか訊けなかった。


 るまは、永遠とわを八王子駅まで送った。

「バイバイ」

 またね、とは、お互い言えないまま。

 永遠とわだけが、八王子駅の改札口を通り抜けた。るまは、永遠とわが改札口から遠く離れて、家路につくのを見届けたあと、本来自分が乗るべき電車に乗るためにホームに向かった。

 永遠とわは、るまに会う前は、予感していた。これが、るまに会う最初で最後かもしれないと。だが、会ったあとは違った。また会えるかもしれない、会いたいと、期待していた。


 だが、永遠とわの当初の予感は、当たるのである。


 るまに会った翌日、永遠とわはるまにメッセージを送った。

『昨日はありがとう。本当に楽しかったよ。また、新しい曲作ったら会えるかな?』


 欲張りだったのかもしれない。


 るまから何の連絡もない日々が、4日ほど過ぎた。

 永遠とわは、100点満点中30点に満たない解答用紙を何枚もぐしゃぐしゃにして、ゴミ箱に捨てた。

 成績表を母親に見られたら、またどやされるんだろう。

 面倒くさい。

 永遠とわは制服姿のままベッドに転がって、スマホの画面をじっと眺めていた。

 ねえ、るま。今、どうしてる?

 るまのことをどれだけ想像しても、返事が返ってくる気配はない。

 暇つぶしにSNSを眺める。芸能人の結婚、政治家の不倫。人気モデルのつぶやき、アーティストのライブの告知。どれもこれも、まともに読まない。見て飛ばすだけ。

 無意識に滑らせていた指が、ふと、止まる。

 ひとつのニュースが、永遠とわの目に留まった。


『横浜市内の公園で、男子大学生の遺体発見。身体には複数の暴行の痕』


 ……横浜?

 るまが住んでいるのって、横浜だよね。


 永遠とわは、なんとなくそのニュースについて検索した。

『閑静な住宅地で殺人事件。近隣住民に不安が広がる』

『富裕層の多い地域。治安悪くないはずなのに』

『男子大学生は、市内の国立大学に通う鈴木遥真すずきはるまさん(20)とみられている』


 鈴木遥真……はるま……って、あれ……。


 いやな予感がした。決して当たってほしくない予感だ。

 永遠とわは、るまの本名を知らない。横浜市内の国立大学に通っていることは知っている。経済学部所属だということも。

 永遠とわは、ネットで鈴木遥真を検索した。横浜市内の公園で男性の遺体が発見されたのは、一昨日のことだった。すでにニュースは大きくなっており、鈴木遥真に関する情報も出回っていた。

 鈴木遥真、〇〇大学経済学部所属。大手IT企業社長・鈴木孝すずきたかしの息子とみられている。


「あ……」


 被害者の顔写真が出回ることがないように配慮される風潮があるにも関わらず、鈴木遥真の写真が一枚、横浜大学生殺人事件の考察サイトに貼られていた。

 女性とのツーショットだった。女性は鈴木遥真の胸元に顔を寄せて、ピースサインをしていた。鈴木遥真の表情は笑顔だったが、どこかぎこちなさがある。

 その、ぎこちなさに気付けたのは、直接本人に会ったことがあるからかもしれない。

 永遠とわは、スマホをシーツの上に落とした。思わず両手を握りしめて口元に寄せる。あまりにも恐ろしい現実に、息の根が止まりそうだ。
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