7 / 103
1-7
しおりを挟む
定期テスト最終日、帰りのホームルームで数学ⅡBのテストが返却された。
あずみは璃星のテストを覗き込み、点数を確かめた。
「さっすが璃星! また100点だね」
あずみが嬉しそうに言う。璃星は冷静な表情で、「ありがとう」と言った。
「で、松永くんは~?」
席に座ってテストを折りたたんでいる千宙からテストを取り上げ、あずみは眉をしかめた。
「こっちも100点。本当、おかしい」
千宙は無言であずみからテストを取り上げ、再び折りたたんだ。
「最後の問題、京大の過去問だったんだって。しかも1996年の。私たち生まれてないし。そんな昔の問題出して、先生もどうしたいんだろ。意味あんの? って感じ。ね、みーこ」
いきなり話を振られて、未子は「えっ」と顔をあげた。
あずみはツインテールの毛先を揺らして、未子の手元にあるテストを取り上げた。
「転校生のみーこちゃんは、何点くらい取ったのかなあ~? って、え!?」
あずみが大声をあげた。クラス中の視線があずみに向かう。
「100点!?」
その声に、クラス中から「え?」「は?」「ええ……?」などと、困惑の声があがる。そこらかしこでざわめく声。
あの転校生が100点? うそでしょ。ま? 特別組に入るくらいだから……。え、でも、いきなり100点って。特別組の問題って、全部難問なのに。また順位下がる。ヤバい奴来た。
陰キャだもん、勉強くらいしかできなさそうだし。
未子は耳を塞ぎたくなった。耳を塞いでも心の声は流れてくる。
この子が璃星と松永くんレベル? 全っ然見えない!
あずみの心の声に、未子は小さくつぶやいた。
「ご、ごめんなさい……」
「え、なんで謝るの?」
あずみは未子の顔を覗き込んだ。
「えっ、だ、だって、私なんかがこんな点数取って、お、おかしいかなって……」
言い訳をすればするほど、クラスメイトたちの視線が冷たくなっていく。
あいつうぜー。自分より点数下の人のこと、どう思ってんだろ。
未子は口をつぐんだ。何かを言えば言うほど、状況が悪くなる。周囲の人たちを不快にさせる。クラスメイトたちのマイナスの感情が強くなればなるほど、また、息苦しくなる。
「未子」
未子の背中から、璃星の声が聞こえた。
それは、避けられなかった。
璃星が未子の後ろから両腕を伸ばし、未子を抱きしめた。
「すごいね」
未子のつまさきから、両指の先から、鳥肌が全身に広がっていく。
ただでさえ人に触れられるのが苦手なのに。有刺鉄線で全身をぐるぐる巻きにされたみたい。
冷たい。痛い。怖い。苦しい。
「あ……」
未子がおそるおそる璃星の顔を見上げようとしたとき、璃星による拘束が解けた。
璃星は切れ長の目を細めて微笑んでいる。
「頑張って勉強したんだね。ボクのノート、役に立ったかな」
「あ……は、はい……」
「すごいね。全部覚えたんだ」
未子はぎょっとして璃星を見つめた。
「瞬間記憶能力……カメラアイともいう。知ってるよ」
思わず璃星の心の中を読もうとした。
見えない。
この子のなか、真っ暗で、見えない。
闇が広がっているだけ。何も見えない、何も聞こえない。
怖い。
未子が呆然としていると、あずみが無邪気な声で璃星に話しかけた。
「璃星、カメラアイって?」
「見た瞬間に記憶する能力。未子にはそれがあるんだよ。ボクとあずみが用意したコピー、全部覚えてる」
「えっ、そうなの!?」
「でないと、この点数は取れない」
璃星の声には、悪意が感じられない。心の声も、何も伝わってこない。
でも、どうして? テストで100点を取ったからって、瞬間記憶能力ってことまで推測できるの?
知ってるよ。
ううん、璃星は断定してきた。確信しているみたいだ。
なんでわかるの?
生まれて初めて、まったくわからない人間に出会った。相手は自分のことを知ったふうに言うのに。
未子は言葉を失っている。
「へえ~、みーこって記憶力良いんだ! そうだよね、テスト範囲の問題、初見で解くにはきつい問題ばっかりだもん。璃星のノート見て、解答覚えていたってわけか。納得~」
覚えていれば、考えなくて済むわけだし。自力で解いたってわけでもなさそう。やっぱり、そんなに頭良いわけないよね。
あずみの心の声が聞こえてくるが、それに傷つく余裕などない。
「ほかのテストもきっと満点だよ。ついにボクたちよりもテストの点数が取れる人間が現れたわけだ」
璃星はちらっと千宙を見た。千宙は小さくため息をついて、璃星とあずみに言った。
「人のテストさらして、なんか意味あんの?」
千宙の声に交じる、小さな怒り。それが、未子を引き付けた。
「山下さん、帰ろう」
「えっ……」
千宙が未子の右腕を持ち上げ、未子を立たせた。未子は慌ててかばんを持つ。
クラスメイトたちが驚いている。あずみも、大きな目を見開いて言った。
「松永くんが、女子と帰った」
しかし、一番驚いているのは未子である。千宙に腕を引っ張られながら、つまずきそうになりながら必死でついていく。
靴箱まで来て、千宙は未子の腕を離した。未子は小さく息切れをしている。
「山下さん、この後ヒマ?」
「は、あ、ええ?」
未子は驚いて千宙を見上げた。
「将棋の相手してよ」
千宙が真顔で言った。
「えっ、いや、私、将棋わからな……」
「指し手を知ってた」
それは、松永くんの声が聞こえてきたから。
とは言えず。千宙が純粋に将棋の相手を求めている気持ちが伝わってくるから、「ヒマじゃないです」とも言えず。
未子が言葉を探している間、千宙は黙って待っていた。ようやく思いついて、未子は千宙に言った。
「将棋のルールブック、ありますか?」
千宙はうなずいた。
「部室にある」
あずみは璃星のテストを覗き込み、点数を確かめた。
「さっすが璃星! また100点だね」
あずみが嬉しそうに言う。璃星は冷静な表情で、「ありがとう」と言った。
「で、松永くんは~?」
席に座ってテストを折りたたんでいる千宙からテストを取り上げ、あずみは眉をしかめた。
「こっちも100点。本当、おかしい」
千宙は無言であずみからテストを取り上げ、再び折りたたんだ。
「最後の問題、京大の過去問だったんだって。しかも1996年の。私たち生まれてないし。そんな昔の問題出して、先生もどうしたいんだろ。意味あんの? って感じ。ね、みーこ」
いきなり話を振られて、未子は「えっ」と顔をあげた。
あずみはツインテールの毛先を揺らして、未子の手元にあるテストを取り上げた。
「転校生のみーこちゃんは、何点くらい取ったのかなあ~? って、え!?」
あずみが大声をあげた。クラス中の視線があずみに向かう。
「100点!?」
その声に、クラス中から「え?」「は?」「ええ……?」などと、困惑の声があがる。そこらかしこでざわめく声。
あの転校生が100点? うそでしょ。ま? 特別組に入るくらいだから……。え、でも、いきなり100点って。特別組の問題って、全部難問なのに。また順位下がる。ヤバい奴来た。
陰キャだもん、勉強くらいしかできなさそうだし。
未子は耳を塞ぎたくなった。耳を塞いでも心の声は流れてくる。
この子が璃星と松永くんレベル? 全っ然見えない!
あずみの心の声に、未子は小さくつぶやいた。
「ご、ごめんなさい……」
「え、なんで謝るの?」
あずみは未子の顔を覗き込んだ。
「えっ、だ、だって、私なんかがこんな点数取って、お、おかしいかなって……」
言い訳をすればするほど、クラスメイトたちの視線が冷たくなっていく。
あいつうぜー。自分より点数下の人のこと、どう思ってんだろ。
未子は口をつぐんだ。何かを言えば言うほど、状況が悪くなる。周囲の人たちを不快にさせる。クラスメイトたちのマイナスの感情が強くなればなるほど、また、息苦しくなる。
「未子」
未子の背中から、璃星の声が聞こえた。
それは、避けられなかった。
璃星が未子の後ろから両腕を伸ばし、未子を抱きしめた。
「すごいね」
未子のつまさきから、両指の先から、鳥肌が全身に広がっていく。
ただでさえ人に触れられるのが苦手なのに。有刺鉄線で全身をぐるぐる巻きにされたみたい。
冷たい。痛い。怖い。苦しい。
「あ……」
未子がおそるおそる璃星の顔を見上げようとしたとき、璃星による拘束が解けた。
璃星は切れ長の目を細めて微笑んでいる。
「頑張って勉強したんだね。ボクのノート、役に立ったかな」
「あ……は、はい……」
「すごいね。全部覚えたんだ」
未子はぎょっとして璃星を見つめた。
「瞬間記憶能力……カメラアイともいう。知ってるよ」
思わず璃星の心の中を読もうとした。
見えない。
この子のなか、真っ暗で、見えない。
闇が広がっているだけ。何も見えない、何も聞こえない。
怖い。
未子が呆然としていると、あずみが無邪気な声で璃星に話しかけた。
「璃星、カメラアイって?」
「見た瞬間に記憶する能力。未子にはそれがあるんだよ。ボクとあずみが用意したコピー、全部覚えてる」
「えっ、そうなの!?」
「でないと、この点数は取れない」
璃星の声には、悪意が感じられない。心の声も、何も伝わってこない。
でも、どうして? テストで100点を取ったからって、瞬間記憶能力ってことまで推測できるの?
知ってるよ。
ううん、璃星は断定してきた。確信しているみたいだ。
なんでわかるの?
生まれて初めて、まったくわからない人間に出会った。相手は自分のことを知ったふうに言うのに。
未子は言葉を失っている。
「へえ~、みーこって記憶力良いんだ! そうだよね、テスト範囲の問題、初見で解くにはきつい問題ばっかりだもん。璃星のノート見て、解答覚えていたってわけか。納得~」
覚えていれば、考えなくて済むわけだし。自力で解いたってわけでもなさそう。やっぱり、そんなに頭良いわけないよね。
あずみの心の声が聞こえてくるが、それに傷つく余裕などない。
「ほかのテストもきっと満点だよ。ついにボクたちよりもテストの点数が取れる人間が現れたわけだ」
璃星はちらっと千宙を見た。千宙は小さくため息をついて、璃星とあずみに言った。
「人のテストさらして、なんか意味あんの?」
千宙の声に交じる、小さな怒り。それが、未子を引き付けた。
「山下さん、帰ろう」
「えっ……」
千宙が未子の右腕を持ち上げ、未子を立たせた。未子は慌ててかばんを持つ。
クラスメイトたちが驚いている。あずみも、大きな目を見開いて言った。
「松永くんが、女子と帰った」
しかし、一番驚いているのは未子である。千宙に腕を引っ張られながら、つまずきそうになりながら必死でついていく。
靴箱まで来て、千宙は未子の腕を離した。未子は小さく息切れをしている。
「山下さん、この後ヒマ?」
「は、あ、ええ?」
未子は驚いて千宙を見上げた。
「将棋の相手してよ」
千宙が真顔で言った。
「えっ、いや、私、将棋わからな……」
「指し手を知ってた」
それは、松永くんの声が聞こえてきたから。
とは言えず。千宙が純粋に将棋の相手を求めている気持ちが伝わってくるから、「ヒマじゃないです」とも言えず。
未子が言葉を探している間、千宙は黙って待っていた。ようやく思いついて、未子は千宙に言った。
「将棋のルールブック、ありますか?」
千宙はうなずいた。
「部室にある」
1
あなたにおすすめの小説
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる