26 / 103
4-1
しおりを挟む
放課後、将棋部の部室に一人で現れた千宙を見て、桑原は首をかしげた。
「あれ、未子さんは?」
「休み」
千宙がそっけなく答えると、馬屋原は、「え~~~~~っ」と大きな声を出した。
「昨日も休みだったじゃん。なんで」
昨日は、プールで濡れてしまったから。今日は。
千宙は、体育の次の時間、現代文の授業中に、ふと隣に座っている未子を見たとき、未子の頬に黒い汚れがあることに気が付いた。自分の視線を感じ取ったのか、未子はすぐさま頬を手の甲で拭って汚れを取っていた。
なんであんな汚れがついていたのか?
千宙は疑問に思ったが、未子は昼休みの時間は一人で教室の外に出てしまい、話しかけることができなかった。
ホームルームのあとに、
「ご、ごめん。体調、よくなくて……部活、休むね」
と言われたときも、視線を合わせようとしない未子に何も訊くことができなかった。
「あーあ、未子さんがいないとむさくるしいなっ」
「桑原、お前が言うな」
「そういえば部長、学祭の景品は? 未子先輩と買いに行ったんですよね」
中尾に聞かれて、千宙は「まだ」と答えた。
「ええええええ!? おまっ、未子さんと出かけたんだろ!?」
「ただのデートに行っただけ!? ふっざふざふざふざけんなよっ」
桑原と馬屋原に責められても、千宙は表情一つ変えず、窓際の席に座った。
最近はずっと、目の前に、未子が座っていた。空っぽの椅子を見て、千宙は何か、大切なものをどこかに落としてしまったような気持ちになった。
「未子先輩、部活、嫌になったわけじゃないですよね……?」
中尾がぽつりとつぶやく。こんな男ばっかりの、ひたすら将棋を指し続ける部活。
俺、女子と話すの苦手だし、なんか嫌なこと言ったかもしれない。と、桑原は思う。
女子に負けるのって悔しいから、手加減しなかったしなあ。と、馬屋原は思う。
お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったのに。と中尾は思う。
それぞれに、未子のことを考えている。
「明日は、来てくれるといいな」
馬屋原のつぶやきは、部員全員の願いだ。
「ねえ、ちょっとやりすぎたかな」
「あいつ、先生に言わないよね」
「動画、消したほうがよくない?」
奈央、結理菜、春菜、心の4人は、完全にビビッている。プレハブ小屋に未子を閉じ込めたのを秀佳に注意されたとき、秀佳に「犯罪者」と言われたことにショックを受けたのだ。
うろたえている4人に対し、アリスは言った。
「もういいよ。消せば?」
「あ、アリス……」
アリスは席を立ち、教室から出た。
あ~~~~~~ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく! あいつら、あっさり日和りやがって。
山下が簡単に先生になんか言うかよ。プールでのことも何も言えなかったわけだし。てか、熱中症になったからって何? 死んだらどうだっていうの?
目ざわりなんだよ、あいつ。死ねばよかったんだ。
あのあと、平気な顔で授業受けやがって。教科書使えないくせに、音読当てられても普通に答えてた。教科書覚えてるって本当だったってわけ? ビクビクしてるくせに、頭良いアピールしやがって。本当にムカつく。
イライラしながら校門を出たところで、黒とピンクの柄シャツと同じ柄のミニスカートを身に着けた、派手なメイクをした少女に声をかけられた。
「アリスちゃん~」
髪の色が金色になっていたためか、一瞬わからなかったが、顔をよく見ると見覚えがあった。
「ユナ……?」
同じ中学校だった、悪い評判の玉手箱みたいな少女。両耳のピアスは増えているし、唇の端にも穴が開いている。
定時制の高校に進学したと聞いていたが、どうしてこんなところにいるのか。
「久しぶり~。相変わらず可愛いね」
ユナはにやにや笑っている。アリスは少し警戒しながら訊いた。
「なんでこんなところにいるの?」
「うん、ちょっと。人探ししてて」
「人探し?」
「アリスちゃんの学校にさあ、ミコって子いない?」
「ミコ?」
「いたら教えてほしいんだけど」
「……なんで」
「ん~、今ついてる神おじがさあ、見つけたら100万くれるって言ってんの。協力してくれたら、アリスちゃんにも5万くらいあげるよ?」
100万もらえるのに、分け前5万って。
アリスは「知らない」と答えようとして、ふと、思い出した。
「……ユナ、ミコって子を探してるって言ったよね」
「うん」
「ミコって……山下未子?」
「ん~、上の名前は知らない。なになに、ミコって名前の子、いるの?」
「……その、神おじってさ、ミコを見つけてどうするつもりなんだろ」
「わかんないけど、ヤバいかもしれないね」
ユナはいろんな不良グループとつながっている。年齢は関係ない。窃盗、薬、特殊詐欺など、ゲームセンターに行くようなノリでやってのける人間たちとかかわりを持つ。
そのユナがヤバいと言うのだ。具体的にどうなるのかなんてわからないが、自分では想像もつかないことをやってくれるかもしれない。
「で、ミコを知ってるの? アリスちゃん」
アリスは、興奮を抑えきれず、にやりと笑った。
「うん。知ってるよ」
「あれ、未子さんは?」
「休み」
千宙がそっけなく答えると、馬屋原は、「え~~~~~っ」と大きな声を出した。
「昨日も休みだったじゃん。なんで」
昨日は、プールで濡れてしまったから。今日は。
千宙は、体育の次の時間、現代文の授業中に、ふと隣に座っている未子を見たとき、未子の頬に黒い汚れがあることに気が付いた。自分の視線を感じ取ったのか、未子はすぐさま頬を手の甲で拭って汚れを取っていた。
なんであんな汚れがついていたのか?
千宙は疑問に思ったが、未子は昼休みの時間は一人で教室の外に出てしまい、話しかけることができなかった。
ホームルームのあとに、
「ご、ごめん。体調、よくなくて……部活、休むね」
と言われたときも、視線を合わせようとしない未子に何も訊くことができなかった。
「あーあ、未子さんがいないとむさくるしいなっ」
「桑原、お前が言うな」
「そういえば部長、学祭の景品は? 未子先輩と買いに行ったんですよね」
中尾に聞かれて、千宙は「まだ」と答えた。
「ええええええ!? おまっ、未子さんと出かけたんだろ!?」
「ただのデートに行っただけ!? ふっざふざふざふざけんなよっ」
桑原と馬屋原に責められても、千宙は表情一つ変えず、窓際の席に座った。
最近はずっと、目の前に、未子が座っていた。空っぽの椅子を見て、千宙は何か、大切なものをどこかに落としてしまったような気持ちになった。
「未子先輩、部活、嫌になったわけじゃないですよね……?」
中尾がぽつりとつぶやく。こんな男ばっかりの、ひたすら将棋を指し続ける部活。
俺、女子と話すの苦手だし、なんか嫌なこと言ったかもしれない。と、桑原は思う。
女子に負けるのって悔しいから、手加減しなかったしなあ。と、馬屋原は思う。
お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったのに。と中尾は思う。
それぞれに、未子のことを考えている。
「明日は、来てくれるといいな」
馬屋原のつぶやきは、部員全員の願いだ。
「ねえ、ちょっとやりすぎたかな」
「あいつ、先生に言わないよね」
「動画、消したほうがよくない?」
奈央、結理菜、春菜、心の4人は、完全にビビッている。プレハブ小屋に未子を閉じ込めたのを秀佳に注意されたとき、秀佳に「犯罪者」と言われたことにショックを受けたのだ。
うろたえている4人に対し、アリスは言った。
「もういいよ。消せば?」
「あ、アリス……」
アリスは席を立ち、教室から出た。
あ~~~~~~ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく! あいつら、あっさり日和りやがって。
山下が簡単に先生になんか言うかよ。プールでのことも何も言えなかったわけだし。てか、熱中症になったからって何? 死んだらどうだっていうの?
目ざわりなんだよ、あいつ。死ねばよかったんだ。
あのあと、平気な顔で授業受けやがって。教科書使えないくせに、音読当てられても普通に答えてた。教科書覚えてるって本当だったってわけ? ビクビクしてるくせに、頭良いアピールしやがって。本当にムカつく。
イライラしながら校門を出たところで、黒とピンクの柄シャツと同じ柄のミニスカートを身に着けた、派手なメイクをした少女に声をかけられた。
「アリスちゃん~」
髪の色が金色になっていたためか、一瞬わからなかったが、顔をよく見ると見覚えがあった。
「ユナ……?」
同じ中学校だった、悪い評判の玉手箱みたいな少女。両耳のピアスは増えているし、唇の端にも穴が開いている。
定時制の高校に進学したと聞いていたが、どうしてこんなところにいるのか。
「久しぶり~。相変わらず可愛いね」
ユナはにやにや笑っている。アリスは少し警戒しながら訊いた。
「なんでこんなところにいるの?」
「うん、ちょっと。人探ししてて」
「人探し?」
「アリスちゃんの学校にさあ、ミコって子いない?」
「ミコ?」
「いたら教えてほしいんだけど」
「……なんで」
「ん~、今ついてる神おじがさあ、見つけたら100万くれるって言ってんの。協力してくれたら、アリスちゃんにも5万くらいあげるよ?」
100万もらえるのに、分け前5万って。
アリスは「知らない」と答えようとして、ふと、思い出した。
「……ユナ、ミコって子を探してるって言ったよね」
「うん」
「ミコって……山下未子?」
「ん~、上の名前は知らない。なになに、ミコって名前の子、いるの?」
「……その、神おじってさ、ミコを見つけてどうするつもりなんだろ」
「わかんないけど、ヤバいかもしれないね」
ユナはいろんな不良グループとつながっている。年齢は関係ない。窃盗、薬、特殊詐欺など、ゲームセンターに行くようなノリでやってのける人間たちとかかわりを持つ。
そのユナがヤバいと言うのだ。具体的にどうなるのかなんてわからないが、自分では想像もつかないことをやってくれるかもしれない。
「で、ミコを知ってるの? アリスちゃん」
アリスは、興奮を抑えきれず、にやりと笑った。
「うん。知ってるよ」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる