それ、しってるよ。

eden

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 2年4組の教室に近づくにつれて、未子は違和感を覚えた。

 いつもの喧騒と違う。昨日の家での話、部活の話、塾での話、ネットの話……日常の会話でいっぱいになる時間のはずなのに、そのどれもが当てはまらない。

 異様な朝。

 未子は教室から漏れてくる声の数々を聞いた。耳をすませなくても、嫌でも入ってくるから。


 あれ見た? 見た見た。ヤバすぎない。あの2人、なんか事件に巻き込まれてない。キモくて途中で見るのやめた。私最後まで見た。えーっ、無理、可哀そうじゃん。無修正だったよ。あれネットに流れてんだよね?

 好きでやったとか。まさか。エロ動画でしょ、そういう演出? 2人でそんなことやってたってこと? そんなタイプだったっけ、結理菜と心って。


 未子が教室に入ったとき、女子の視線が一斉に向けられた。未子だから向けられたのではない、女子たちは待っているのだ。ラインに投下された動画に映っていた2人を。


 あんな動画流出して、学校来れるかな。私なら無理。来ないでしょ、さすがに。でも、どうすんの? どうなるのかな。


 未子はざわめく女子たちの声をかきわけて、隅の席に座った。

「おはよ」

 千宙に声をかけられて、未子は「おはよう」と返した。

「……なんか、クラスの様子、変、だね」

 未子が言うと、千宙は首をかしげた。

「そう?」

 松永くんからは、とくに何も聞こえてこない。いつもと同じだ。そういえば、男子に変な様子はない……。

 女子だけ、様子がおかしい。

 次の瞬間、教室に怒声が響いた。

「あずみ!」

 奈央が鬼の形相で教室内に入ってきたのだ。璃星が座っている隣に立っているあずみのもとに、つかつかと歩いていき、璃星の机を強く叩いた。

「何やってんだよ! なんであんな動画まわしてんだよ」

 あずみが首をかしげると、ツインテールが揺れた。

「ええ~? 本人たちが知らないところで出回ってるんだったら、教えてあげたほうがいいかなって思って」

「だからって、クラスのグループラインに出す!? 結理菜と心、連絡取れないんだよ! あんたのせいで學校来れなくなったらどうすんだよ」

「私のせい?」

「そうだよ」

「あははっ、ウケる。何言ってんの、やったのは結理菜と心でしょ。私がやったわけじゃないし。ネットに出てるんだから、どうせいつかバレるかもしれないじゃん」

 ツインテールの毛先を指でいじっているあずみに対し、奈央は手をあげようとした。そのとき、璃星が奈央を見上げて言った。

「あんまり大きな声で言うと、男子にも怪しまれるよ」

 奈央ははっとして、ちらっと周囲を見た。男子の数名がこちらを見ている。奈央は手をおろした。

「……どこであんな動画拾ったの」

 奈央の問いかけに、あずみは笑って答えた。

「忘れた」

 あずみのまったく悪びれていない表情を見て、奈央は怒りで頭の中が真っ白になった。


 ……こいつ。

 わざとあの動画を広めたのか。なんで……っ。


 拳を握りしめ、震わせている奈央のもとに、アリスが歩いてきた。

「奈央、何やってんの」

「……アリス」

「あずみ、あの動画、何なの?」

 アリスがあずみに訊ねると、あずみはにっこり笑って答えた。

「クラスメイトの動画。だって、学祭に向けて撮影してたでしょ?」

「バカじゃないの!?」

 奈央は今度こそあずみに殴りかかろうとした。その手をアリスが止めた。

「アリス、なんで止めるの!?」

「もういいじゃん。それより、今日、イベントがあるから付き合って」

「イベント……!?」

 こんなときに? 

 奈央はアリスにも言い返したかったが、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り始めた。それぞれ席に戻ろうとしたとき、アリスの腕に誰かの手が触れた。はっとしてアリスが振り向くと、璃星が黒い髪を1本つまんでいた。

「髪の毛、ついてたよ」

 アリスは、ありがとう、と言うこともなく、席に戻った。こそっとスマホを操作して、2年4組のグループラインを開き、璃星とあずみを削除した。
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