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「児玉、あずみちゃん」
下校途中、後ろから声をかけられて、あずみは振り向いた。
「いっしょに帰ろう」
そうして差し出された手を、あずみは握った。
その子の名前は、天城璃星。あずみにとって、初めてできた友達だった。
「あの、なんて呼んだらいい?」
「璃星って呼んで」
「私は、あずみでいいよ。璃星のお家はどのあたりなの?」
「沼垂中の近くだよ」
「えっ、山の上のほう?」
「そうだね、坂道を登っていくよ」
「小学校、遠くない?」
「遠いね」
「私の家は、駅が近いよ」
「じゃあ、そこまでいっしょに帰ろう」
「遠回りじゃないの?」
「大丈夫。ボクは、あずみとおしゃべりがしたい」
あずみは嬉しくなって、いろんなことを話した。父親のこと、母親を亡くしていること、絵を描くことが好きなこと、好きな歌、好きなアニメ……。
璃星は、自分から自分のことを話そうとしなかった。あずみに質問されたら答える。あずみは、璃星のことをもっと知りたいと思った。
いっしょに帰るようになってから一週間経ったとき、あずみは学校のトイレで璃星と遭遇した。女子トイレである。
「えっ、璃星、ここ、女子トイレ……」
「うん」
璃星はまったく慌てていない。さっさと手を洗って、ハンカチで拭いている。
「もしかして、璃星って女の子だったの!?」
「そうだよ」
あずみはショックで、そのあとの授業は何にも聞いていられなかった。
下校時刻になり、あずみは璃星を廊下で待った。2人そろってから靴箱で靴を履き替え、校舎から出て行く。
あずみは、どうしても黙っていられなくて言った。
「璃星、女の子だったんだね。ずっと男の子だと思ってた」
「どうして?」
「だって、髪、短いし。ボクって言うから」
「そうなんだ」
「……髪の毛、伸ばさないの?」
あずみは、不思議そうに璃星を見た。あずみ自身は腰の高さまで髪を伸ばしている。さらさらのストレートヘアで、自慢の髪である。ロングヘアが好きなので、短く切ったことはない。
だから、璃星が不思議だった。男の子に見えるくらい、短く切るのはどうして。長い髪のほうが、可愛いのに。
璃星はふと、自分の前髪を触って言った。
「自分で切った」
「え?」
「前は、あずみくらい長かったよ。ずっと伸ばしてた」
「そうなの!? なんで切っちゃったの?」
「いやになったから」
その声は冷たかった。何かをあきらめたような言い方。あずみが困っていると、珍しく璃星のほうから自分の話をした。
「ボクの髪、白いでしょ。前は黒かったんだよ。それが、急に真っ白になった。それを鏡で見たとき、怖くなった。すごくいやになって、夢中で切った」
「……なんで、白くなったの?」
「力を継承したから」
「ケイショウ?」
璃星は、あずみにふっと微笑みかけた。
「あずみの髪の毛、きれいだね。長いの、似合ってる」
急に褒められて、あずみは顔が赤くなった。胸がドキドキする。璃星は女の子なのに、どうしてだろう、すごくかっこよく見える。
みんな、私のこと避けるのに。父親が極道だからって怖がるのに。璃星は、どうして私と友達になってくれたんだろう?
璃星の力の話も、璃星が自分を怖がらないことも、遠くないうちにわかった。
父親から天城家の話を聞き、璃星が天城家の娘だとわかったとき、あずみは納得した。
「璃星、私は絶対、璃星の味方だからね。何があっても、璃星を裏切らないよ」
何度も交わした約束。
「ボクも、あずみのそばにいるよ」
小学校を卒業するころ、あずみの部屋に璃星を招いたとき。あずみは自分から璃星にキスをした。璃星は女の子だとわかっていたし、友達関係だとも思っていた。
しかし、どうしてもキスしたくなった。璃星のすべてを自分のものにしたくなった。会話だけじゃ足りない。同じ空間にいるだけでも足りない。もっとくっつきたい、もっと璃星の一部になりたい。
これが「好き」という感情なのか何なのかわからないまま、あずみは璃星の唇を奪った。
璃星は拒まなかった。
一度触れ合ったら、好奇心が加速していく。キスだけでも足りなくなる。
璃星は天城家の当主だ。いつかは男の人を婿に入れて、子孫を残すだろう。でも、私は、ずっと璃星の特別でありたい。いっしょに子どもを作ることはできなくても、せめて、それ以外は全部、私が一番でいたい。
中学2年生の冬、一部の不良に拉致され、神社で犯されそうになったことがあった。そのとき、璃星は一人であずみを助けに来た。
今回も、璃星は一人で来る。あずみは直感していた。
でも、あのときより危険だ。どうしたら。
あずみはふと、未子のことを思い出した。璃星は、未子が転校して以来、未子のことをずっと気にかけていた。どうして気にかけるのか、璃星ははっきりと教えてくれなかった。
ただ、天城家に関わりがあるからと言った。未子には、不思議な力があると。
……もし、人の心を読む力があるなら、みーこ。みーこ、私の声を聞いて。ここに来て。波間が何を考えているのかを読んで、璃星に伝えて。璃星はきっと、それがわかれば、危険は冒さない。
……私のことを助けなくてもいい。
だから、一人で来たらダメだって伝えて。組のみんなでここに来て。それでもし、私が殺されても、いいから。
……なんて、聞こえないかな。みーこがどこにいるのかもわからないし。みーこも、私の居場所なんか、わからないよね……。
あずみの額からは汗が流れ続けている。その中に涙の粒が混じった。
下校途中、後ろから声をかけられて、あずみは振り向いた。
「いっしょに帰ろう」
そうして差し出された手を、あずみは握った。
その子の名前は、天城璃星。あずみにとって、初めてできた友達だった。
「あの、なんて呼んだらいい?」
「璃星って呼んで」
「私は、あずみでいいよ。璃星のお家はどのあたりなの?」
「沼垂中の近くだよ」
「えっ、山の上のほう?」
「そうだね、坂道を登っていくよ」
「小学校、遠くない?」
「遠いね」
「私の家は、駅が近いよ」
「じゃあ、そこまでいっしょに帰ろう」
「遠回りじゃないの?」
「大丈夫。ボクは、あずみとおしゃべりがしたい」
あずみは嬉しくなって、いろんなことを話した。父親のこと、母親を亡くしていること、絵を描くことが好きなこと、好きな歌、好きなアニメ……。
璃星は、自分から自分のことを話そうとしなかった。あずみに質問されたら答える。あずみは、璃星のことをもっと知りたいと思った。
いっしょに帰るようになってから一週間経ったとき、あずみは学校のトイレで璃星と遭遇した。女子トイレである。
「えっ、璃星、ここ、女子トイレ……」
「うん」
璃星はまったく慌てていない。さっさと手を洗って、ハンカチで拭いている。
「もしかして、璃星って女の子だったの!?」
「そうだよ」
あずみはショックで、そのあとの授業は何にも聞いていられなかった。
下校時刻になり、あずみは璃星を廊下で待った。2人そろってから靴箱で靴を履き替え、校舎から出て行く。
あずみは、どうしても黙っていられなくて言った。
「璃星、女の子だったんだね。ずっと男の子だと思ってた」
「どうして?」
「だって、髪、短いし。ボクって言うから」
「そうなんだ」
「……髪の毛、伸ばさないの?」
あずみは、不思議そうに璃星を見た。あずみ自身は腰の高さまで髪を伸ばしている。さらさらのストレートヘアで、自慢の髪である。ロングヘアが好きなので、短く切ったことはない。
だから、璃星が不思議だった。男の子に見えるくらい、短く切るのはどうして。長い髪のほうが、可愛いのに。
璃星はふと、自分の前髪を触って言った。
「自分で切った」
「え?」
「前は、あずみくらい長かったよ。ずっと伸ばしてた」
「そうなの!? なんで切っちゃったの?」
「いやになったから」
その声は冷たかった。何かをあきらめたような言い方。あずみが困っていると、珍しく璃星のほうから自分の話をした。
「ボクの髪、白いでしょ。前は黒かったんだよ。それが、急に真っ白になった。それを鏡で見たとき、怖くなった。すごくいやになって、夢中で切った」
「……なんで、白くなったの?」
「力を継承したから」
「ケイショウ?」
璃星は、あずみにふっと微笑みかけた。
「あずみの髪の毛、きれいだね。長いの、似合ってる」
急に褒められて、あずみは顔が赤くなった。胸がドキドキする。璃星は女の子なのに、どうしてだろう、すごくかっこよく見える。
みんな、私のこと避けるのに。父親が極道だからって怖がるのに。璃星は、どうして私と友達になってくれたんだろう?
璃星の力の話も、璃星が自分を怖がらないことも、遠くないうちにわかった。
父親から天城家の話を聞き、璃星が天城家の娘だとわかったとき、あずみは納得した。
「璃星、私は絶対、璃星の味方だからね。何があっても、璃星を裏切らないよ」
何度も交わした約束。
「ボクも、あずみのそばにいるよ」
小学校を卒業するころ、あずみの部屋に璃星を招いたとき。あずみは自分から璃星にキスをした。璃星は女の子だとわかっていたし、友達関係だとも思っていた。
しかし、どうしてもキスしたくなった。璃星のすべてを自分のものにしたくなった。会話だけじゃ足りない。同じ空間にいるだけでも足りない。もっとくっつきたい、もっと璃星の一部になりたい。
これが「好き」という感情なのか何なのかわからないまま、あずみは璃星の唇を奪った。
璃星は拒まなかった。
一度触れ合ったら、好奇心が加速していく。キスだけでも足りなくなる。
璃星は天城家の当主だ。いつかは男の人を婿に入れて、子孫を残すだろう。でも、私は、ずっと璃星の特別でありたい。いっしょに子どもを作ることはできなくても、せめて、それ以外は全部、私が一番でいたい。
中学2年生の冬、一部の不良に拉致され、神社で犯されそうになったことがあった。そのとき、璃星は一人であずみを助けに来た。
今回も、璃星は一人で来る。あずみは直感していた。
でも、あのときより危険だ。どうしたら。
あずみはふと、未子のことを思い出した。璃星は、未子が転校して以来、未子のことをずっと気にかけていた。どうして気にかけるのか、璃星ははっきりと教えてくれなかった。
ただ、天城家に関わりがあるからと言った。未子には、不思議な力があると。
……もし、人の心を読む力があるなら、みーこ。みーこ、私の声を聞いて。ここに来て。波間が何を考えているのかを読んで、璃星に伝えて。璃星はきっと、それがわかれば、危険は冒さない。
……私のことを助けなくてもいい。
だから、一人で来たらダメだって伝えて。組のみんなでここに来て。それでもし、私が殺されても、いいから。
……なんて、聞こえないかな。みーこがどこにいるのかもわからないし。みーこも、私の居場所なんか、わからないよね……。
あずみの額からは汗が流れ続けている。その中に涙の粒が混じった。
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