それ、しってるよ。

eden

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 終業式を欠席した日の夜、未子は高熱を出した。39度4分。極度のストレスと疲労から、身体が限界を迎えたのだ。

 千宙も疲れていたが、終業式の翌日から始まった夏期講習に出席した。自分の部屋で眠る未子を一人にすることは心配だったが、母親から「学校に行きなさい」と言われた。

「未子ちゃんの事情はわかったわ。行先が決まるまで、うちに泊まってもらいなさい。ただ、ずっとっていうわけにはいかないからね。私もお父さんも、協力できることはするから」

 未子の身の回りの世話を母親がやっている。この状況で、学校を休むなんてわがままは言えない。


 夏期講習初日が終わり、放課後に将棋部のメンバーが部室に集まった。秀佳も来ている。

「部長、未子先輩は?」

 中尾が心配そうにしている。秀佳と桑原は、あずみのことも気になっている。馬屋原は、桑原からある程度話を聞いて、「乗り遅れた……!」と悔やんでいる。

 千宙は、あずみが死んだことを伝えた。波間も慈盛組に捕まり、おそらく殺されたということも。

「そんな……じゃあ、俺たちがやったことって、骨折り損……?」

 桑原は呆然とした。あれだけ駆け回って、誰も助けることができなかった?

「未子は?」

 秀佳に訊ねられて、千宙は山下家が火事に遭ったことを伝えた。今は、千宙の家に下宿していることも話した。ただ、未子が天城家の子どもかもしれないことは、黙っておいた。

「……未子、どうなっちゃうの? このまま松永くんの家にいるわけじゃないんでしょ。学校は? 来れなくなるの?」

「まだ、なんとも言えない。今は体調崩して寝込んでる」

「部長、未子先輩と結婚してくださいよ」

 中尾の発言に、一同は面食らった。

「部長が未子先輩と結婚したら、いっしょに住んだっておかしくないし、学校だってやめなくていいし。僕は嫌ですよ。こんな形で、未子先輩がいなくなるのは」

 それは、桑原も馬屋原も、秀佳だって同じ気持ちだ。今までどおり、未子に学校に来てほしい。秋には体育祭がある。修学旅行もある。まだまだイベントが待っている。

 そのすべてに、未子がいてほしいと一番願っているのは、おそらく千宙だ。

「……結婚は、18歳からじゃなかったっけ」

 千宙がぽつりと言うと、中尾はうつむいた。

「それに、俺、一回振られてるし」

「えっ!?」

 秀佳が驚いて声をあげた。

「どう見たって好きなのに?」

「まだ、聞いてない」

 何度か、お互いの気持ちを確かめ合った。心が通じ合う感じもした。でも、肝心な言葉はもらっていない。それがなくても、未子が許す限りそばにいたいと思うけれど。

「……これから、どうするの?」

「ひとまず、未子が元気になるのを待とう」

 今は、それしかできない。





 未子は千宙のベッドの中で、夢を見ていた。

「……心児しんじさん、どうしよう。私、妊娠してたみたい。瑠璃るりさんの子と、同じ年に生まれちゃう」

 不安げな女性の声。その声は、どこか自分の声と似ている。

 目の前には、白く長い髪の毛を一つに束ねた男性がいる。色白で、華奢な体つきの、儚げな男性。ぞっとするほど美しい顔立ちの人。

 心児と呼ばれたその男性は、骨ばった腕を伸ばしてきた。未子は自分が抱きしめられた感じがした。

「大丈夫。この子のほうが早く生まれたら、天城の跡継ぎはこの子だ」

「でも、ほとんど同じ時期になりそうで……。それに、この子が跡継ぎになったら、瑠璃さんの子は……」

「瑠璃のことは考えなくていい。あんな、欲望にまみれた女のことなんて。天城の血を引いていなければ、絶対に相手にしなかった」

「そんな言い方しないで。瑠璃さんだって、必死なのよ」

「優しいね……那由果なゆかは」

 未子が見ているのは、那由果という女性が見ている景色だ。那由果の心も、未子に伝わってくる。

 だから、わかる。那由果には、人の心の声は聞こえないし、記憶を読む力もない。

 心児は天城家の人間で、人の心を読み取ることができる。いくら那由果が隠そうとしても隠しきれない、不安は伝わる。


 天城家当主の天城心児には、瑠璃という妻がいた。瑠璃は、心児にとって叔母である。法的には、叔母と婚姻関係を結ぶことはできない。近親相姦にあたるからだ。だから、正式に籍を入れていない。

 天城家の人間は、他人の記憶や心にアクセスし、操る力を持つ。その力を絶やさないために、一族の血を薄めないために、近親相姦によって子孫を生み出した歴史がある。それは、今なお続く歴史である。

 心児の父親と母親は、実の兄妹である。瑠璃の母親は、心児の父親の姉であった。璃璃の母親は、心児の父親との間に子どもを作りたいと願っていた。だが、瑠璃の母親の願いは叶わなかった。実の弟と妹の間に子どもができた。それが心児だ。

 心児は天城家の当主として生きることが運命づけられていた。将来、天城の血を引く誰かと子どもを作らなければならないことも決まっていた。


 瑠璃の父親は、天城の血を引かない、外部の人間である。それが、瑠璃の母親にとっては許しがたい事実であった。

 しかし、天城家の権力を握るためには、子どもが必要である。瑠璃の母親は、自分の子どもを心児と結ばせるために産んだ。

 瑠璃は、将来心児と結婚するために、幼いころから英才教育を受けた。心児と結婚し、天城家の権力を得ること。言い換えれば、天城家の有り余る財産を手に入れ、国家権力を自由に操る術を得ること。そうすれば、幸せになれると言われ続けて、瑠璃は育った。

 そして、心児との結婚が叶ったら、次の命題は跡継ぎを産むことである。跡継ぎを産むことができなければ、心児は他の人間と子どもを作らなければならない。そうなると、瑠璃は、天城家当主の妻の座を失うことになる。
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