それ、しってるよ。

eden

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 璃星は微笑んだ。が、目は笑っていない。

 未子は一歩後ずさりをした。

「未子、君は天城家の子どもだ。天城の宿命を果たさなくてはならない」

「天城の、宿命……?」

「そうだよ。天城家の血を絶やさないこと。もう、天城の血を引き継ぐのはボクと未子、そしてそこの老いた男だけだ。でも……」

 璃星の声が低くなった。

「ロキタンスキー症候群って知ってるかい?」

 未子は首を横に振った。

「生まれつき子宮とちつの一部もしくは全部が欠けている疾患だよ。そう、ボクには子宮がないんだ。父親の精器を受け入れたって、妊娠なんかしない」

 璃星は、心児を生かした。自分の存在を否定した父親を到底許すことはできなかったが、地下に閉じ込めて生かすことを選択した。

 14歳になったら、子作りを始める。天城家のために。そのために、父親を利用する。

 璃星は自ら父親と性交渉しようとした。だが、うまくいかない。幼いころ、母親に無理やりやらされたときにはわからなかった違和感。激痛へのためらい。

 何度やろうとしても、うまくいかない。何かが変だ。

 一度は、自分の身体を検査しておいたほうがいいだろう。そう考えて病院に行き、MRI検査まで受けて、子宮がないことを知った。


 このときの絶望を知っているのは、自分だけだ。

 誰にもわからない。わかってたまるものか。


 生まれてこなければよかったと言われ、男ならよかったと言われ、天城の血を絶やさぬように生きていかなければならないという使命感で動いてきた結果が、これか。

 この事実が、ボクの身体の、生命の、宿命か。


 いけない、感情的になるな。感情に振り回されるな。心などいらない。天城の仕事をこなすのみ。世の中に不必要な人間を排除し、世の中を「普通」「平常」であるように働きかけること。そう、ボクがしっかりしていれば、子どもが産めなくたって。


 ……璃星、私はずっとそばにいるよ。


 表面には決して出さなかった孤独と絶望。きっと、何もわかっていなかったに違いない。何も知らないあずみは、ボクを好きだと言って、ボクにキスをした。こんな不完全なボクのそばにいるって、言ったのに。


 璃星の頭の中に、あずみの笑顔が浮かぶ。しかし、未子にはそれを読み取ることができない。

「未子、君はこの男と子どもを作るんだ。今から作り続ければ、十人くらいはできるんじゃないか。その中から優秀な人間を選別して、また交わらせる。その中で、きっと、ボクの能力と未子の能力のどちらをも兼ね備えた人間が生まれてくる。そうしたら、天城家は保たれるんだ」

「な、何を言って……」


「お前だけずるいんだよ!」


 初めて、璃星が感情的に怒鳴り声をあげた。衝撃で、未子の身体が震えた。


「お前だけ、天城と関りのないところでいろんな人間に恵まれて生きてきてさあ! 

父親にも母親にも望まれて生まれて来たんだ。それだけでどれだけ幸せなことか。

お前は人を殺したこともないんだろう。山下忠行と芳江を殺しても、ボクを殺そうとしないんだから。

普通の世の中で普通に生きて、好きな人と付き合って!? ふざけるな! お前は自分を不幸だと思っているのか? 本当の両親のもとで育たなかったからつらかったとでも言うのか? 

お前が知っている絶望が、どれほどのものだっていうんだ。ふざけるな。お前だけ、天城の外で生きるなんて、許せるものか。ずっと見つけたかった。ずっと会いたかった。そして、ここに連れてきたかった。

殺しはしない。お前は永遠にここで天城のために身を捧げろ」


 普段叫ぶことなどありえないのだろう。璃星の声はすぐに枯れた。息を切らしながら、未子を睨んでいる。


 ああ、今のが、璃星の心の声なんだ。ずっと、私のことを憎んできたんだね。


 未子は、ふと、あずみの言葉を思い出した。


 璃星を、一人にしないで。


 あずみは、私が璃星の妹だと知らないまま、私にメッセージを送った。届くかどうかもわからないメッセージを。

 私は、受け取ったよ。


 未子はゆっくりと璃星に歩み寄り、璃星の細い身体を抱きしめた。


「……一人にして、ごめんなさい」


 璃星の動きが止まった。

 未子は、璃星から離れると、台の上に横たわる父親のそばに立った。


 ……私は天城家の子どもだった。だから、私が天城家の子どもを産まなければならない。

 父親と、私の間に子どもを産まなくては。


 そのとき、心児のまつげが震えた。

「え……」
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