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緊急防御システムと神話の竜
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アケルは研究所の正面入口を突破し、中庭にアウリガ二号式を停めた。研究所の建物のなかには、アウリガ二号式では入ることができない。ここからは、アウリガ二号式を降りて進むことになる。
アケルはアウリガ二号式に乗せておいたステルスの卵を、全員に配った。このとき、ヒノは、「もうツルギからもらったから」と言って受け取らなかった。
「ステルスの卵を使えば、ロボットの生体認証システムには引っかからないって、ツルギが言っていたわ」
ヒノの言葉にアケルは頷いた。
「いい? みんな、これを握りつぶして。そうすれば、ステルス状態になれるわ。ただし、人間の目には見える。だから、研究員に見つかるわけにはいかないわ」
「わかった」
ヒノ以外の全員はステルスの卵を握りつぶした。それから、外に出ようとしたとき、ユルギは中央棟の前にいるものを見て目を見開いた。
「何、あれ……」
中央棟の前にいるのはロボットではない。八本の職種のような首をくねくねとくねらせ、八本の足で立っている禍々しい生き物。中央棟の入口を丸々塞ぐほどの巨体は、胴体のみで十メートルはあるだろうか。体表は黒く、腹の部分だけ赤く焼けただれている。
「ヤマタノオロチじゃ」
ヒロセが呟いた。
「ヤマタノオロチって、日本神話の?」と、アケル。
「そうじゃ、そこから発想を得て創られた、ヘビとイチイの木のキメラじゃ。研究所の緊急防御システムで目覚めるのはロボットだけではない。一体だけ、冷酷無慈悲な生命体を冬眠させておった。それが、あやつじゃ」
「そんな。あんなの、ここから出るときには見なかったわ」
ヒノは顔を蒼白にして言った。
アケルはアウリガ二号式の荷台に乗せてあったドローンを、ヤマタノオロチに向かって飛ばしてみた。
ヤマタノオロチはドローンの気配にすぐに気づいた。能面のような顔にある二つの黄色い目が光ると、ドローンは即座に動きを止め、地面に落ちた。
「そんなことをしても無駄だ」
ヤマタノオロチの首のひとつが日本語を話し、一同は驚いた。
「ユルギさまをこちらに渡せ。ヒロフミさまから、ユルギさまだけこの棟のなかに入れるように命令されている。あとの者は始末しろと」
ヤマタノオロチには、ユルギたちの姿は見えていない。だが、ドローンが飛んできた時点で、研究員以外の者が侵入したことに気づいていた。そして、侵入者の姿が見えないからこそ、その侵入者の正体は仮非のくにの外側にいる人間(アケル)だと推理した。ユルギはアケルといっしょにいることを、ヒロフミから聞いていた。
しばらくユルギたちが動かないでいると、業を煮やしたヤマタノオロチは、ドローンが飛んできた方向に向かって八つの口を大きく開けた。
「危ない!」
アケルはアクセルペダルを踏み、間一髪のところでアウリガ二号式を動かした。アウリガ二号式がいた場所には、八つの溶岩が銃弾のようなスピードで飛んできた。溶岩は爆発音を立てて地面とぶつかり、その部分に巨大な穴を開けた。
こんなものをまともに食らったらおしまいだ。
「早くユルギさまを渡せ」
ヤマタノオロチの低い声に、ユルギは肩を震わせた。
嫌だ、行きたくない。怖い。
でも。
ユルギは傷ついたヒノ、おびえているウツロイ、歯がゆそうにしているヒロセを見た。それから、どうするべきか考えているアケルを見て、言った。
「私、行くわ」
「ダメよ」
アケルはすぐに止めた。
「あなたを返したら、すべて無意味になっちゃうじゃない」
「帰らないわ。お兄ちゃんを助けて、戻ってくる」
「無茶よ! ヤマタノオロチやロボットを相手に、あなた一人でどうなるというの」
「アケル、言ってくれたよね。私には他の誰にも真似できない、たくさんのことができるって。私の大切な人を助ける力になるって。私、どうしてもお兄ちゃんを助けたい。そして、みんなと、アケルといっしょにこのくにを出て自由になりたいの」
「ユルギ……」
「私、一人で行くわ」
ユルギの決意は固い。アケルはパーカーのポケットから卵型の機械を取り出し、ユルギのステルスの卵の効果を消した。それから、ユルギの右手を両手で握って言った。
「必ず追いかけるわ」
ユルギは頷いて、アケルの手を握り返した。
「本当に行くのか」
ヒロセに尋ねられ、ユルギは頷いた。
「本当は止めねばならんところじゃが、ヤマタノオロチが攻撃対象にしていないのはユルギだけじゃ。今、ツルギを助けられる可能性があるのはユルギだけなんじゃ……」
「大丈夫、わかっていますよ。先生。ちゃんと、お兄ちゃんといっしょに戻ってきます」
「ユルギ……許してくれ。まったく役に立たないワイのことを」
「先生の力は、日本列島を復活させるときに必要なんですよ」
きっと、誰もが特別な力を持っている。その力の形はさまざまで、使うタイミングも同じじゃない。
今は、私が頑張るとき。
ユルギはヒロセを励ましてから、アウリガ二号式から降りた。
ユルギの姿が見えるや否や、ヤマタノオロチは二度アウリガ二号式をめがけて溶岩を放った。溶岩が放たれる前に、アウリガ二号式は発進していたため、溶岩はまたも地面に穴を開けただけで終わった。
ユルギは震える足を動かしながら、ヤマタノオロチの前に進み出た。
正面に立ったユルギに対し、ヤマタノオロチは攻撃してくる素振りを見せない。
「行かれよ」
ヤマタノオロチの低い声を聞いたあと、ユルギは中央棟のなかに足を踏み入れた。そして、セキュリティ管理室に向けて走り始めた。
一方、アケルたちも黙って待っているわけではない。
「ヒロセ先生、どこか、他の棟から中央棟に入ることはできませんか」と、ウツロイ。
「もちろん、その経路はある。トレーニングルームから入るのが一番近いじゃろう」
ヒロセの答えを聞くと、アケルはトレーニングルームの建物の正面入口ギリギリまでアウリガ二号式を寄せた。
「問題はここじゃて」
アウリガ二号式から降りた直後は、ヤマタノオロチに姿を晒すことになる。すると、ヤマタノオロチは追撃してくるだろう。アケルの持ってきたステルスの卵は、ロボットから身を守るには役立つが、ヤマタノオロチのような生命体相手には役に立たない。
「……私が囮になるわ」
一同はウツロイを見た。
「そんな、ウツロイまで無茶を言わないで」と、ヒノ。
「無茶とかそんなこと言っている場合じゃないじゃない。ユルギさま一人を行かせるなんてできないわ。一瞬姿を見せたあと、私がこのマシーンに戻ってアイツを足止めするわ。そのあいだに、あなたたちはユルギさまを追いかけて」
「でも」
「ヒノ、あなたは腕を怪我しているわ。ヒロセ先生は研究所の案内ができる。そして、アケルは一番さまざまな武器を持っている。私が一番何も持っていないし、身軽なの。だから、三人で行って」
アケルたちは、ウツロイの覚悟を感じ取った。
「迷っている余裕はないわね。わかったわ、あなたを信じる」
アケルが頷くと、ウツロイも首を縦に振った。
「3、2、1……」
ウツロイは数字を数えると、思い切ってアウリガ二号式から飛び出た。もちろん、トレーニングルームとは逆の方向だ。ヤマタノオロチはウツロイに気がつくと、溶岩を放ってきた。その隙を突いて、アケル、ヒロセ、ヒノの三人はトレーニングルームに入った。
ヤマタノオロチはウツロイを溶岩の餌食にしようと、八つの口から次々に火を放ってくる。ウツロイは転がりながら攻撃を避け、アウリガ二号式の影に隠れた。ウツロイの姿が見えなくなったことにヤマタノオロチは違和感を抱き、アウリガ二号式に近づいてきた。
ウツロイは急いでアウリガ二号式の運転席に乗り込み、アケルがしていたことを真似てアクセルペダルを踏み込んだ。
アウリガ二号式に乗ってさえいれば、ヤマタノオロチに姿を見られることはない。あとは、ヤマタノオロチの気を惹きつけるために、適度に攻撃しながらトレーニングルームから引き離す。
ウツロイは、胸元で両手を重ね、夫と娘の顔を思い浮かべた。
「……お母さんは、必ずあなたたちの元に帰るからね」
それから、八つの首をキョロキョロ動かし、ウツロイの姿を探しているヤマタノオロチを見据えた。
「覚悟しなさい、化物」
ウツロイはヤマタノオロチに向かってアウリガ二号式を発進させた。
アケルはアウリガ二号式に乗せておいたステルスの卵を、全員に配った。このとき、ヒノは、「もうツルギからもらったから」と言って受け取らなかった。
「ステルスの卵を使えば、ロボットの生体認証システムには引っかからないって、ツルギが言っていたわ」
ヒノの言葉にアケルは頷いた。
「いい? みんな、これを握りつぶして。そうすれば、ステルス状態になれるわ。ただし、人間の目には見える。だから、研究員に見つかるわけにはいかないわ」
「わかった」
ヒノ以外の全員はステルスの卵を握りつぶした。それから、外に出ようとしたとき、ユルギは中央棟の前にいるものを見て目を見開いた。
「何、あれ……」
中央棟の前にいるのはロボットではない。八本の職種のような首をくねくねとくねらせ、八本の足で立っている禍々しい生き物。中央棟の入口を丸々塞ぐほどの巨体は、胴体のみで十メートルはあるだろうか。体表は黒く、腹の部分だけ赤く焼けただれている。
「ヤマタノオロチじゃ」
ヒロセが呟いた。
「ヤマタノオロチって、日本神話の?」と、アケル。
「そうじゃ、そこから発想を得て創られた、ヘビとイチイの木のキメラじゃ。研究所の緊急防御システムで目覚めるのはロボットだけではない。一体だけ、冷酷無慈悲な生命体を冬眠させておった。それが、あやつじゃ」
「そんな。あんなの、ここから出るときには見なかったわ」
ヒノは顔を蒼白にして言った。
アケルはアウリガ二号式の荷台に乗せてあったドローンを、ヤマタノオロチに向かって飛ばしてみた。
ヤマタノオロチはドローンの気配にすぐに気づいた。能面のような顔にある二つの黄色い目が光ると、ドローンは即座に動きを止め、地面に落ちた。
「そんなことをしても無駄だ」
ヤマタノオロチの首のひとつが日本語を話し、一同は驚いた。
「ユルギさまをこちらに渡せ。ヒロフミさまから、ユルギさまだけこの棟のなかに入れるように命令されている。あとの者は始末しろと」
ヤマタノオロチには、ユルギたちの姿は見えていない。だが、ドローンが飛んできた時点で、研究員以外の者が侵入したことに気づいていた。そして、侵入者の姿が見えないからこそ、その侵入者の正体は仮非のくにの外側にいる人間(アケル)だと推理した。ユルギはアケルといっしょにいることを、ヒロフミから聞いていた。
しばらくユルギたちが動かないでいると、業を煮やしたヤマタノオロチは、ドローンが飛んできた方向に向かって八つの口を大きく開けた。
「危ない!」
アケルはアクセルペダルを踏み、間一髪のところでアウリガ二号式を動かした。アウリガ二号式がいた場所には、八つの溶岩が銃弾のようなスピードで飛んできた。溶岩は爆発音を立てて地面とぶつかり、その部分に巨大な穴を開けた。
こんなものをまともに食らったらおしまいだ。
「早くユルギさまを渡せ」
ヤマタノオロチの低い声に、ユルギは肩を震わせた。
嫌だ、行きたくない。怖い。
でも。
ユルギは傷ついたヒノ、おびえているウツロイ、歯がゆそうにしているヒロセを見た。それから、どうするべきか考えているアケルを見て、言った。
「私、行くわ」
「ダメよ」
アケルはすぐに止めた。
「あなたを返したら、すべて無意味になっちゃうじゃない」
「帰らないわ。お兄ちゃんを助けて、戻ってくる」
「無茶よ! ヤマタノオロチやロボットを相手に、あなた一人でどうなるというの」
「アケル、言ってくれたよね。私には他の誰にも真似できない、たくさんのことができるって。私の大切な人を助ける力になるって。私、どうしてもお兄ちゃんを助けたい。そして、みんなと、アケルといっしょにこのくにを出て自由になりたいの」
「ユルギ……」
「私、一人で行くわ」
ユルギの決意は固い。アケルはパーカーのポケットから卵型の機械を取り出し、ユルギのステルスの卵の効果を消した。それから、ユルギの右手を両手で握って言った。
「必ず追いかけるわ」
ユルギは頷いて、アケルの手を握り返した。
「本当に行くのか」
ヒロセに尋ねられ、ユルギは頷いた。
「本当は止めねばならんところじゃが、ヤマタノオロチが攻撃対象にしていないのはユルギだけじゃ。今、ツルギを助けられる可能性があるのはユルギだけなんじゃ……」
「大丈夫、わかっていますよ。先生。ちゃんと、お兄ちゃんといっしょに戻ってきます」
「ユルギ……許してくれ。まったく役に立たないワイのことを」
「先生の力は、日本列島を復活させるときに必要なんですよ」
きっと、誰もが特別な力を持っている。その力の形はさまざまで、使うタイミングも同じじゃない。
今は、私が頑張るとき。
ユルギはヒロセを励ましてから、アウリガ二号式から降りた。
ユルギの姿が見えるや否や、ヤマタノオロチは二度アウリガ二号式をめがけて溶岩を放った。溶岩が放たれる前に、アウリガ二号式は発進していたため、溶岩はまたも地面に穴を開けただけで終わった。
ユルギは震える足を動かしながら、ヤマタノオロチの前に進み出た。
正面に立ったユルギに対し、ヤマタノオロチは攻撃してくる素振りを見せない。
「行かれよ」
ヤマタノオロチの低い声を聞いたあと、ユルギは中央棟のなかに足を踏み入れた。そして、セキュリティ管理室に向けて走り始めた。
一方、アケルたちも黙って待っているわけではない。
「ヒロセ先生、どこか、他の棟から中央棟に入ることはできませんか」と、ウツロイ。
「もちろん、その経路はある。トレーニングルームから入るのが一番近いじゃろう」
ヒロセの答えを聞くと、アケルはトレーニングルームの建物の正面入口ギリギリまでアウリガ二号式を寄せた。
「問題はここじゃて」
アウリガ二号式から降りた直後は、ヤマタノオロチに姿を晒すことになる。すると、ヤマタノオロチは追撃してくるだろう。アケルの持ってきたステルスの卵は、ロボットから身を守るには役立つが、ヤマタノオロチのような生命体相手には役に立たない。
「……私が囮になるわ」
一同はウツロイを見た。
「そんな、ウツロイまで無茶を言わないで」と、ヒノ。
「無茶とかそんなこと言っている場合じゃないじゃない。ユルギさま一人を行かせるなんてできないわ。一瞬姿を見せたあと、私がこのマシーンに戻ってアイツを足止めするわ。そのあいだに、あなたたちはユルギさまを追いかけて」
「でも」
「ヒノ、あなたは腕を怪我しているわ。ヒロセ先生は研究所の案内ができる。そして、アケルは一番さまざまな武器を持っている。私が一番何も持っていないし、身軽なの。だから、三人で行って」
アケルたちは、ウツロイの覚悟を感じ取った。
「迷っている余裕はないわね。わかったわ、あなたを信じる」
アケルが頷くと、ウツロイも首を縦に振った。
「3、2、1……」
ウツロイは数字を数えると、思い切ってアウリガ二号式から飛び出た。もちろん、トレーニングルームとは逆の方向だ。ヤマタノオロチはウツロイに気がつくと、溶岩を放ってきた。その隙を突いて、アケル、ヒロセ、ヒノの三人はトレーニングルームに入った。
ヤマタノオロチはウツロイを溶岩の餌食にしようと、八つの口から次々に火を放ってくる。ウツロイは転がりながら攻撃を避け、アウリガ二号式の影に隠れた。ウツロイの姿が見えなくなったことにヤマタノオロチは違和感を抱き、アウリガ二号式に近づいてきた。
ウツロイは急いでアウリガ二号式の運転席に乗り込み、アケルがしていたことを真似てアクセルペダルを踏み込んだ。
アウリガ二号式に乗ってさえいれば、ヤマタノオロチに姿を見られることはない。あとは、ヤマタノオロチの気を惹きつけるために、適度に攻撃しながらトレーニングルームから引き離す。
ウツロイは、胸元で両手を重ね、夫と娘の顔を思い浮かべた。
「……お母さんは、必ずあなたたちの元に帰るからね」
それから、八つの首をキョロキョロ動かし、ウツロイの姿を探しているヤマタノオロチを見据えた。
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