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キミへの気持ちは手紙にのせるから、覚悟して受け取って。
大好きな先輩
しおりを挟む「祥太郎先輩」
放課後、知らない先輩たちばかりがいる廊下を緊張して歩きながら、3年生の教室に先輩を迎えに行った。
部活動でよくしてくれていた先輩だけれど、夏で引退してしまったから、お互いの教室に行く以外では学校での接点がない。
ほとんど毎日会っていたのに、今は気軽には会いにくくなりショックだったけれど、祥太郎先輩が僕に勉強を教えてくれることになって、ありがたいことに関係が続いている。
部活動が休みの毎週水曜日は、僕にとって特別な日だ。
「大生~!」
祥太郎先輩は僕を見つけると、離れたところから大きな声で名前を呼び、鞄も持たずに教室の入り口に来ると僕を抱きしめた。
「……またですか?」
「だってさ~」
爽やかな先輩の匂いがふわっと香り、僕の心臓が跳ねた。
またですか、と言いながらも、今回もそうしてくれたことに嬉しさを感じる。
先輩の胸元に頬を擦り寄せ、自然と緩んでしまう口元を隠した。
最初は先輩からのハグに動揺してかたまっていたけれど、どうやらぬいぐるみ的な役割らしいと理解してからは、僕も素直に受け入れることにしている。
先輩のクラスメイトに揶揄われることもあるけれど、先輩が良いなら僕が断る理由もないから。
僕はしっかりと腕を回し、先輩の背中をトントンと叩いた。
「祥太郎、またやってんの? お前それ、どっちが先輩か分かんねえよ」
名前も知らない先輩がやってきて、僕に抱きついている祥太郎先輩の頭を叩いた。
僕も顔を上げてその先輩を見る。
「ダイちゃんが可哀想だよ」
「うるせーっ! 俺の癒しなの」
どうして僕の名前を知っているの? と驚いたけれど、その顔を見て察してくれたのか、その先輩は「祥太郎が毎日ダイちゃんの話をしているからね」と説明してくれた。
ま、毎日……!?
会わない曜日に一体何の話をされているのだろうか。
「ダイちゃん、これ無理してない? コイツからのハグ」
「……いや、僕も癒しなんで大丈夫です」
周りから見れば変なのかもしれないけれど、先輩から求められて触れ合えるこの時間は貴重なんだ。
本当に心から大丈夫ですの気持ちを込めて、その先輩をじーっと見つめると「あはは!」と大きく笑われた。
「……ダイちゃんて、めちゃくちゃ可愛くて良い子だね」
「惚れるなよ。大生は俺のだからな」
「惚れるかよ」
祥太郎先輩とその人はしばらくふざけたやりとりを続けていたけれど、最後にその先輩は僕の頭をぐりぐりと撫でて帰って行った。
祥太郎先輩はその後もずっと僕を抱きしめたままで、「あいつが大生を狙ったらどうしよ~」なんて、ありえないことをゴニョゴニョと言っている。
大生は俺のだからな、と祥太郎先輩の言葉が何度も強く思い出され、さっきまでは触れられていても大丈夫だったのに、頭が今はもうパンクしてしまいそうだ。
「先輩、いつまでこうしてますか……?」
「死ぬまで」
「それは、さすがにふざけすぎ」
最後にあと5秒! と謎の粘りを見せた先輩が、言った通り5秒ハグをし続け、ようやく僕から離れた。
長い間抱きしめられていたからか、先輩の腕の感触が身体に残っていて、離れているのにまだ触れられているみたい。
優しく微笑んだ先輩と目が合う。
「大生、お前って可愛くて良いやつだな」
先輩はそう言うと、僕の頭を優しく撫で、それから突然頬に軽くキスをしてきた。
「えっ」
「準備してくるから待ってて」
「……っ、」
何事もなかったように自分の机に戻り、先輩が教科書を鞄に詰め始めた。
何が起きたのか自覚したときには、頬の熱が一気に上がる。実際に触らなくても、かなり赤くなっていると分かるほどだ。
「なん、で……」
熱い手のひらでは冷ましきれないから、先輩が来るまでの間、手を風を起こして必死に冷まし続けた。
これまでハグはあったけれど、キスをされたことは初めてだったから、先輩の隣を歩いている間ずっと、心臓が破裂しそうなくらいに騒いでいた。
結局頬は冷まし切ることができずに、赤く熱いままで、先輩には夏だからと言い訳した。
正直何の会話をしたのかも覚えていないまま、あっという間に先輩の家に着くと、玄関先がひんやりとしていてそれに少しだけ救われる。
けれど、最近ようやく家に上がることにも慣れてきたのに、これからふたりきりになることを思うと、玄関先での緊張感がとんでもない。
でもこうして動揺しているのは僕だけで、あんなことがさらっとできるくらいには、先輩は僕のことを意識していないんだろうな。
「先に部屋入ってて。飲み物とってくる」
先輩にそう言われ、先に部屋へと入ると、僕はいつもの位置に座った。
ベッドにもたれかかりながら、先週と何も変わっていない部屋を眺める。
あまり物がなくて、シンプルな部屋。いつ来ても綺麗にされている。
「何も変わっていないんだから……」
この部屋に特別な変化がないように、僕たちだって同じだ。
キスをされたくらいで期待なんかするな、と自分の胸を思い切り叩いた。
部活動で接点がなくなれば、いくらこれまで仲良く過ごしてきたからといって、いつまでも一緒にいることはできないと諦めていたのだから、今もこうして関係が続いているだけで充分じゃないかと言い聞かせる。
それでも、たとえ頬だったとしても、先輩の唇の柔らかさを知ってしまったから、もう後戻りはできなくて、先輩への好きな気持ちがまた一歩、先へ進んでしまった。
「はあ、好き……」
先輩はまだ来ないから、今のうちに。
僕は振り向いて後ろのベッドに顔を埋めると、染みついた先輩の匂いを思い切り嗅いだ。
「そういえば先輩、僕に勉強教えてていいんですか? 夏だし、本格的に受験勉強が始まるんじゃないんですか?」
先輩が持ってきてくれた飲み物と、勉強のお礼にと僕が買ったポッキーを広げながら、ふとそんなことを聞いた。
これで教えている暇はないと返されたら、すごくすごく悲しいし申し訳ないけれど、僕のせいで進路に響くようなことがあってほしくはないから。
先輩はニカッと笑うと、肘をついて僕のほうを見る。
視線が合うと恥ずかしくなるから、僕は少しだけ目を逸らした。
「いいのいいの。俺はね、こう見えて頭が良いんですよ」
「そう見えて頭がいいのは知ってますよ。教えるのもうまいですし」
「だろ~?」
「だろ~? じゃなくて。ただ、大切な時間を僕が奪って良いのかなって、それが不安なだけです」
迷惑ではないようなそんな言い方だけれど、僕が本当に気にしていることには触れてくれないと、拗ねた気持ちで唇をきゅっと結ぶ。
それを見た先輩が、やっぱり笑い、それから僕の隣へと来た。
机に向かっている僕の肩を掴み、自分のほうへと向かせる。
すぐそこに先輩の顔があって、その距離にドキドキした。
「この時間が、俺にとって迷惑になるかもって、そう思ってんの?」
「……はい」
静かに頷く僕の頬に指先で触れながら、先輩が優しく微笑んだ。
さっき先輩の唇に触れられた場所を、指でなぞられる。
思い出して頬の熱が上がり、それを誤魔化したくなる焦りと、それでも触れ続けてほしいという願いで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
思わず俯くと、先輩は僕の顔を覗き込んだ。
「大生、こっち見て」
「先輩っ、今はダメ……」
顎に手をかけられ、くいっと持ち上げられると、俺を見つめる先輩の瞳に吸い込まれそうになる。
「お前、顔が赤すぎ」
「……誰のせいで」
「俺のせいなの?」
「他に誰がいるんです」
「……はは、そっか。俺しかいないかあ」
どうしてか涙が出てきて、視界が潤んでいく。それに気づいた先輩が、僕の瞼にキスをした。
「しょっぺ」
「……何で、キス」
「お前が可愛くてたまらないから」
言葉の真意は分からないけれど、先輩は僕の頬や鼻先、おでこにキスをした。
それを拒否しないで受け入れていると、「嫌じゃないんだ?」と先輩が眉を垂らす。
「やなわけ、ないです……」
だって先輩のことが大好きなんですもん。
さすがにそれは言えないから、先輩のシャツの腰あたりを掴んだ。
それに気づいた先輩が笑い、キスをやめて僕を抱きしめる。
幼い子どもを寝かしつけるときみたいに、僕の背中を優しく叩きながら、先輩は最後に僕の耳にキスをした。
何が起きたのかは結局分からないままだけれど、先輩からこうして触れてくれるのだから、それがたとえぬいぐるみ的な役割だったとしても、子どもみたいな反応をする僕をあやすためだったとしても、何だって構わない。
触れることにネガティブな感情がないだけで、僕としてはとても嬉しい。
先輩の背中に腕を回し、力いっぱい抱きしめ返した。
先輩の匂いに安心する。
「大生、俺はさあ、お前との時間が必要なんだよ。だから、勉強の邪魔だとか思わないでほしい」
「……え?」
「この日を楽しみに、他の日も頑張ってんだから」
「そう、なんだ……」
お前との時間が必要、と言う先輩の言葉が何度も脳内でリピートされる。
本当は飛び跳ねて喜びたいくらいときめいたけれど、そんな反応はできないから、先輩の胸に顔を埋めたままでひとり噛み締めた。
「お前、反応薄くないか? もっと喜べよ。先輩にそんなこと言ってもらえて、僕とっても嬉しいですゥ~って」
「……はあ!? 馬鹿にしないでください……って、やめ……!」
どんな顔をして勉強に戻るのか分からない雰囲気の中、先輩がふざけた声を出し、僕をくすぐった。
ケラケラ笑いながら崩れていく僕を、先輩が笑いながら見ている。
さっきまでの甘い空気は一瞬で消え去り、いつもの先輩と僕に戻った。
「ほら、さっさと勉強するぞ」
「……はーい」
先輩に引っ張ってもらい起き上がると、正面に座って教科書を開いた。
「分かんないところあればすぐ言えよ」
「たぶんあと数ページ後に大量にありそうです」
「ははっ、いくらでも教えてやるからな」
まださっきの余韻が残っている僕とは正反対で、先輩は何事もなかったようにシャーペンを動かし始めた。
それが少し寂しくもあるけれど、でも関係がギクシャクしてしまうよりかはこのほうが良い。
問題を解きながら、さり気なく先輩を見つめる。
伏せられた目元に色気があって、最高にかっこいい。
「先輩」
「ん?」
「もうすぐ夏休みですけど、夏休みはこれ……どうなるんですか?」
「お前との時間? 作るに決まってんだろ」
「そっか」
なかなか集中できない僕を気遣ってか、先輩がポッキーを僕の唇に押し付けた。
「何も心配すんなって。それ食って頑張れよ」
「はい……」
ぽりぽりと少しずつ食べ、口の中が空になると同時に僕も教科書に目を向けた。
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