綴った言葉の先で、キミとのこれからを。

小湊ゆうも

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再会の手紙。あなたに届きますように。

あなたのいない人生なんて

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 あの日曜日以降も、先生は毎週とは言わずともけっこうな頻度で店に来ていた。
 その時間だけ俺は裏の仕事をさせてもらい、できるだけ接触しないように気をつけていた。

 店長に頼んで、やはり土曜日の勤務に戻してほしいと言うべきか悩んだこともあったけれど、俺は先生といつかは話したいし、この気持ちを伝えたいとも思っているから。
 そのいつかが来るまではと、店の迷惑にならない程度に甘えさせてもらっている。

「響くんって、誰とでも仲良くしているイメージなのに、話せなくなるくらいの人もいるんだ。珍しいね」

 いつものように先生が来ている時間、裏で仕事をしていると、社員である先輩の尚臣ひさおみさんに話しかけられた。
 彼はモデルのようにかっこいい人で、尚臣さん目当てで女性が来ることもあるくらいの人だけれど、気さくな性格なのもあって比較的仲良くしてもらっている。

「あの人、かっこいいね。大学生ではないんだよね?」
「あの人は29歳で……」
「へえ! 俺とあまり変わらないけど、響くんからしたらけっこう上だね。何繋がり?」
「……幼なじみです」
「え!?」

 思ったより大きな声で反応した先輩が慌てて口元を押さえたけれど、目は見開かれたままだった。
 
「幼なじみなのに、なんで……? あ、これ聞いちゃダメなやつかな」
「……まあ、詳しくは言えないんですけど、俺が傷つけたっきり、まともに会話しないまま2年くらい経ちました」
「……ほえ」

 尚臣さんはひとりで何かぶつぶつ言いながら頭を抱える。
 ふと、祥太郎と大真を思い出した。関係ないのに、俺のことを心配して色々考えてくれる人がここにもいた。

 何かすみませんと謝ると、お節介かもしれないことを言っていいかと尚臣さんに確認された。
 頷くと、彼はゆっくりと口を開いた。

「響くんはさ、仲直りしたいの?」
「そりゃあ、できれば……」

 仲直り、とは違うかもしれないけれど、すれ違っても無視されないようなそんな関係になりたい。
 この気持ちが報われなくても、もう一度真剣に伝えて、その上で返事をもらいたい。

「てかそもそも、あの幼なじみさんは、響くんの大学が近いって知らないの?」
「知ってたと思ってたんですけど、実際ここにいるのを見ると俺の大学が近いとか意識してないのかもしれません」

 俺と同じ疑問を持つ尚臣さんに対して、やっぱりそうですよねという気持ちが湧く。
 知っていたら来ないはずだし、知っていて来る意味が分からないから。
 
「……そうかあ。そういうパターン? あー……うん、……うん? いやでも」

 尚臣さんは珍しく眉間に皺を寄せ、しばらく考え込んだ後、俺の近くにさらに寄ってきた。
 小声で話そうが、普通の声で話そうが周囲の人に聞かれる位置ではないのに、気を遣ってくれたのかもしれない。

「あの人さ、頻繁に来るけど、別にこの店で何かしているわけでもないんだよね。俺は日曜に来ることが多いから、あの人を見かけることもわりとあったけど、他の人みたいにパソコンで作業しているわけでもないし、必ず窓側に座って、ぼーっと外を見てるよ」
「へえ……、そうなんですね」

 外を見ているから何なのか、尚臣さんの意図が分からず首を傾げる。

「うん。だからさ、へえじゃなくて、それってもしかして、響くんのこと探してるとか、そういうパターンではない?」
「……え?」

「もし響くんの大学を知ってるんだとしたらだよ。仮にね。こんなすぐ近くのカフェに来て、窓から外の景色を見てるって、俺はその可能性もあるんじゃないかと思うけどなあ。うちのコーヒーは美味しいけどさあ、それだけのためにこんな頻繁には来ないよ。よく来る人は作業目的も多いでしょ?」

 言われてみれば、ただ外の景色を眺めるために来店する人は少ないかもしれない。
 目の前に海が広がっているわけではなく、交通量の多い道路と、他のカフェ、書店、それから少し俺の大学が見えるだけだ。

「そうかもしれませんけど、でも……」
「まあ、実際は分からないけどね。でもさあ、他のカフェでもいいのに、それでもここを選ぶ理由を考えるとしたら、学生の利用も多いからやっぱり会えるかもと期待もあるんじゃない?」

 先輩は結局当事者ではないから、俺にとって都合の良いことばかり浮かぶのかもしれない。
 それでもこの人が軽い気持ちで助言するタイプでないことはそれなりに分かっているつもりだから、この考えを信じてみたい気持ちも少しだけあった。

 声を、かけてみても許されるだろうか。これでまた逃げられたら、俺と先生の関係は今度こそ終わってしまうだろう。

「俺のシフトがこのタイミングで日曜日にかわったことも、チャンスだったのかも。次に会えたら、思い切って話してみようと思います」
「響くんのペースでね。応援してるから」
「ありがとうございます」

 


 そう決めてしまってからの1週間はあまりにも早く、あっという間に日曜日になった。 
 決意したら彼が来なくなる、なんてこともありそうだなと嫌な予感もあったけれど、その通りになることはなく、先生はいつものようにやって来て、やはり窓側の席に座った。

 次に会えたら、と覚悟していたつもりだったけれど、いざ彼を目の前にすると恐怖が勝り、直接話しかけに行くことは難しいと思った。
 けれど、カウンターに立ったり、近くの席で片付けをしたりして、彼に気づいてもらうのを待つのも違う。

 他に何か良い方法はないかと考えたとき、ふと手紙が良いかもしれないと思いついた。
 目の前に現れて動揺させてしまったら、俺の言葉はどんなものであっても届かないだろうけれど、手紙ならもう少し受け取ってもらいやすいんじゃないだろうか。

 これも全て俺のことしか考えていない勝手なものかもしれないけれど。

 俺は、手帳のノートを切り取り、ゆっくりとペンを走らせた。
 あっちゃん、と久しぶりに彼の呼び名を書きながら手が震えた。
 
 久しぶり、急にごめんねと、まずは謝罪から始まり、たまたま見かけたこと、また話したい気持ちがあること、ずっと会いたかったこと、そういう気持ちを素直に書いた。
 少しでもよく見せようとか、取り繕おうとか、そういう考えはなく、子どもっぽいかもしれないけれど、今は素直であることが大切な気がした。

「響くん、手紙渡すの?」

 書き終えて畳んでいると、尚臣さんに声をかけられた。
 今日頑張ることにしたのに、結局勇気を出しきれず手紙になってしまったことを伝える。

「それ、すごく良い気がする。自分で渡す? 俺が渡しても良いけど」
「……いや、あの人がトイレに行くタイミングでテーブルに置きます。もしないまま帰りそうなら、追いかけて渡すだけ渡します」
「そっか。できそうなことがあったら言ってね」
「ありがとうございます」

 手紙を渡せるまでにしばらく時間がかかるだろうと思っていたら、尚臣さんと話をした5分後に先生が席を外した。
 彼がいなくなった席へ急いで行き、すぐに気づいてもらえるように真ん中に置いた。
 
 どんな反応をされるのか分からないけれど、きっと良い反応ではないと、それだけ確信を持っていた。

 数分後、席に戻ってきた先生はすぐに手紙に気づき、戸惑いながら開いていた。
 恐らく、1行目の「あっちゃんへ」というそれを見ただけで、俺が書いたことは伝わるだろう。

 すぐに読むのをやめられてしまうかもしれないと、そういうことも覚悟をしていたけれど、その予想は外れ、先生は最後まで手紙を読んでくれたようだった。
 その後、急いで荷物をまとめると店を飛び出し、先生は余裕ない様子で、左右を確認している。
 その姿を見ていると、まるで俺を探しているように思えてしまう。

「尚臣さん、どう思いますか。……俺、行っても良いですかね」

 震える声で尋ねると、無言で頷かれ背中を叩かれた。

「すみません、少し抜けます」
「今日はもうこのまま上がって! 大丈夫だからゆっくり話しておいで!」
「ありがとうございます」

 店のエプロンを外すこともせず、俺は急いで後を追った。
 少し先に彼の背中を見つけると、一度大きく息を吸い、それから「あっちゃん!」と大声で叫んだ。

 すぐに先生が振り返り、立ち止まる。

「お前、何で……!」

 走って追いつくと、数メートルの距離を保ち、俺は先生の正面に立った。

「俺、あのカフェでバイトしてて……! 最近あっちゃんが来てくれていることを知って。それで、迷惑だとは思ったけど、どうしても話したくて……!」

 ようやく彼の視界に入ることができた嬉しさを感じつつも、これっきりになったらどうしようという不安のほうが強く、声がみっともないくらいに震えてしまう。
 それでも、何よりも、先生が好きだというその気持ちが1番大きかった。


「俺、卒業したよ! もう大学2年生だよ」
「……知ってるよ」

 一歩だけ近づいてみたけれど、先生は逃げることなく、俺を見つめていた。
 それだけのことで、胸がいっぱいになる。また近くで顔を見て、話をすることが許される?

「あっちゃん……」

 我が儘でごめん。自分のことばかり考えてごめん。でも俺、まだ……。

「あっちゃん、俺、やっぱりまだ好き。あっちゃんがいないと……! ずっと会いたかったよ!」

 俺はそう叫ぶと先生のもとまで一気に距離を詰め、それから抱きしめた。
 殴られたり蹴られたり、嫌な言葉を吐かれることも覚悟したけれど、先生はそんなことはせず、俺の腕の中で大人しくなった。
 
「お前、まだそんなこと言ってんのか」
「……ずっと言う。死んでも言う。この気持ちは変わらないから!」
「死んでもって、しつこすぎだろ……!」

 先生は俺の背中に手を回し、それから思い切り背中を殴った。
 拳が背骨に当たり、ドンッと鈍い音とともに痛みが広がる。

「あっちゃん、俺に会いたくなかった?」
「……会いたくなかったよ」

 先生の声も震えている。さっきまで俺を殴っていたその手が止まり、背中に爪を立てられている感触がした。

「じゃあなんで、このカフェにいるの?」
「……たまたまだろうが。来ちゃいけないわけ?」
「俺がすぐそこの大学って知ってたよね? あれだけ避けてたんだから、忘れてるはずないよね?」
「……っ」

 尚臣さんが言っていた内容への期待を捨てきれず、先生に直接尋ねると、一瞬だけ肩がびくりと動いた。
 ……ねえ、やっぱりそうだってことなの?

「本当は、俺に会いたかった? 俺のこと、考えてくれてた……?」
「はっ、そんなわけ、ない……! 俺は、会いたくなかった! お前の顔、見たくもない!」

 言葉では拒否を示すのに、先生の身体は変わらず俺の腕の中にいて、ずっと震えている。
 俺への嫌悪とか恐怖は感じられなくて、ただただ小さくなっているだけだった。

「なんでそんな悲しいこと言うの。俺は会いたかったよ。ずっとあっちゃんのこと、考えてたよ」
「俺は、違う……! 会いたいって思ったことなんか、お前なんか……!」
「あっちゃん。じゃあどうして泣いてるの」
「……泣いて、ない!」
「泣いてるよ」
「うっ……うぅ、」

 抱きしめるのをやめ、先生を覗き込むと、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
 唇を噛み締めて眉を垂らし、頬に大粒の涙が伝っている。

 ああ、可愛くてたまらない。これで会いたくなかったは、何の説得力もないよ。
 俺は先生の涙を親指の腹で拭いながら、そっと瞼にキスをした。
 涙は想像通りしょっぱくて、それすらも愛おしい。

「あっちゃん……、好きだよ。大好き」

 この気持ちはもう止められないと、先生を見つめると、数秒視線が合った後、すぐにきょろきょろと泳ぎ出した。

「可愛い……好き……」
「響、お前うるさすぎだろ……!」

 もう見るな! と俺を押しのけた先生の手には何の力も入っていなければ、顔も真っ赤でただただ可愛いだけだった。
 
「あっちゃんも俺のこと好きって言って。会いたかったって言ってよ」
「……言わない」
「じゃあキスするよ」
「はあ? ふざけんなよ」

 少しずつ涙がひいてきたようで、先生は俺を睨むと脛を蹴ってきた。
 これまでの関係性に戻りつつあることが嬉しいし、痛みがこのやりとりが本物であることを教えてくれているようだ。
 蹴られた箇所をさすりながらも、頬の緩みがおさえられない。

「言わないってことは、キスしてほしいってこと?」
「……馬鹿か? そんなわけないだろうが」
「じゃあいい加減好きだって言いなよ」
「言っていいなら俺だって……。って別に言いたいわけではないんだけど。……でも俺が、それを言ったらダメだろうが」

 何のために今まで、とぶつぶつ言いながら先生は俺から少しずつ離れて行った。
 せっかく良い流れになってきたと思ったのに、どうしてまたそういうことを言い出すのか。

「どうして?」

 離れていこうとする先生の手を掴み、強引に引き寄せようと試みたけれど、先生が思ったよりも踏ん張っているからか、ちっとも動かなかった。
 仕方がないからと先生に近づくと、「お前も俺も男で、年齢も違うし、幼なじみだから」と、また俺から少し離れてしまう。

 そんなことは最初から知ってるよ。今さらそれが何だと言うのか。
 
「男と幼なじみに関しては、それは俺には通用しない。それに年齢も気になるなら、20歳になったらいいってこと? 来年じゃん」
「それでもダメだ。せめて、今の俺くらいじゃないと」
「はあ? あと10年ってこと? まあ別にいいよ、待つから」
「待つってお前なあ……」

 だいたい片思い歴で10年なんてとっくに超えているんだが? と、そんな気持ちで先生を見ながら、俺は腕組みをした。

 俺だって、ただ好きな気持ちをのんきに抱えているわけではない。
 
 意識してほしい気持ちと、そうしたら関係性が崩れてしまうという不安を抱えながら先生と過ごしてきて、俺が暴走したせいで実際に2年近く関係が壊れてしまったんだ。

 それでも、こうして会うことができて、先生が同じ気持ちを持ってくれていると知った今、何でもできる気がするし、離れることはもう選択肢にない。
 先生にも離れることを選んでほしくはない。もう、ただの幼なじみには戻れないよ。

「考えてるよ。俺だってちゃんと。だからあっちゃんが、誰にも浮気せずに俺のこと待ってくれればいいだけ。俺はこれからもずっと、この気持ちは変わらないから」
「でもさ……って、えっ! う、あ!」

 俺は、ぐちぐちうるさい先生を抱き上げた。先生はジタバタと抵抗してみせるけれど、そんなことではもう二度と離さないと抱える手に力を込める。

 逃げられるもんなら逃げてみろ。

「何年でも待つし、認めてもらえるように頑張る。あっちゃんが考えていること、不安なこと、全て跳ね除けるから。俺がちゃんとするから!」
「響、降ろせって!」

 背中をガンガン叩く先生を無視し、駅のほうへと歩くと、いよいよ焦ったようで先生の動きが大きくなった。

「嫌だね。今日は一緒に家に帰って、おばさんに息子さんを俺にくださいって言いに行く。認めてもらうまで何回だって続けてやる!」
「はあ!? やめろ!」
「今の身長の半分もない頃から、俺はあっちゃんのことが好きだったの。死んでもこの気持ちは変わらないけど、今世でだって必ず報われてやるんだ!」
「響、お前やばすぎだろ……」

 今は何を言っても聞かないと諦めたのか、先生は大人しくなった。けれどそのせいで、いまだ身体が震えていることに気づいてしまった。

 どうしてあのとき俺に冷たい態度を取ったり、引っ越しまでして離れたのかという先生の気持ちを考えると、こうして気持ちをぶつけることは正しいとは言えないのかもしれない。
 それでも俺は先生がいない人生を歩めないし、この気持ちは何があっても止められない。

 先生なりに考えて、止まろうとしてくれたところを、無理やり引っ張って走ろうとしているのは全て俺の責任だ。

「あっちゃん、大好き。いつかお帰りなさいあなたってやれるように頑張るね」
「……はあ、まだ覚えてたのかよ」

 だから覚悟して待ってて。
 この気持ちが届いたのだから、その先は何にだってなれるよ。

「あっちゃん、夢みたいだね」
「……夢にすんなよ」
「はは、やばすぎる。あっちゃん大好き」
「はいはい……って、う、あ! お前、さすがにそれはダメ! やめろよ!」

 嫌がる先生をお姫様抱っこにし直し、俺はくるくると回ってみせた。



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