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5炎に誓う
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週に一度、リアが王都の外れの鍛冶集落へ通い始めてから、一ヶ月が経とうとしていた。
父・ラシュトンには「鍛治師達と共同制作している」と言っている。細かく説明しなくてもあの父のことだ、きっとあらゆる情報網を駆使して知っているのだろう。父は、「リアがしたいことを応援する」と喜んで許してくれた。とはいえ、安全のために、メルナ以外の使用人には行き先を秘密にしなければならなかった。メルナもまた、「リアお嬢様のため」と、口を固く閉ざしてくれている。
その日もリアは工房にいた。熱気に満ちた空間は、もはやリアにとって居心地のいい場所の一つになっていた。
「リア、ここの寸法、もう 0.5 グラム詰めてぇんだが、どう思う?」
カイが持つのは、リアがデザインした「万年筆」の試作品だった。この世界にはない、インクを内蔵し、滑らかに文字が書ける筆記具だ。職人達は毎日、リアが残した設計図とアイデアのメモを、まるで聖典のように扱っている。
「うーん……重量バランスですね。軸の重心を 1 ミリ下げることで、長時間の筆記でも手が疲れないはずです。そして、ペン先には、少しだけ魔法金属の加工を施しましょう。書き味がさらに良くなるはずです」
リアの頭の中には、前世で使っていた文房具のデータが正確に残っている。それをファンタジー世界の技術に落とし込む作業は、パズルのようで楽しかった。
「魔法金属か……わかった。試してみる。お前と話してると、技術の限界なんてねぇ気がしてくるよ」
カイはそう言って、リアの顔を見て微笑んだ。その笑顔は、炉の炎を背に受けて、少しだけ無愛想な岩石から、熱を帯びた宝石に変わるようだった。
「カイさん、ありがとうございます。でも、私が持ってるのは“知識”だけです。それを“現実”にしてくれるのは、カイさんたちの“技術と情熱”ですよ」
リアはそう言うと、持参した布バッグから、先日織り上げたばかりの分厚い革手袋を取り出した。
「これ。カイさんと職人さんのために作りました。炉の熱から手を守れるように、特殊な防火布を重ねて、縫い目は鉄を打つハンマーの振動に耐えられるよう、二重のクロスステッチで補強しています」
「……これ、お前が?」
カイは驚いて手袋を受け取った。そのごつごつした、火傷痕のある手が、滑らかな革の表面を撫でる。
「ああ……なんて丁寧な仕事だ」
彼は静かに呟き、すぐに片手にはめてみた。
「ぴったりだ。まるで、俺の手の一部みてぇだ」
「よかったです。」
リアは顔を赤らめた。自分の努力の成果を、心から尊敬する相手が受け取ってくれる。これ以上の喜びはなかった。
◆
その日、カイは珍しく一人で作業をしていた。リアが炉に炭を足そうとしたとき、彼が言った。
「リア、少し、外に出ようか」
工房の裏手、小川の流れる小道に、夕陽が差していた。遠くで教会の鐘が鳴っている。
カイは、リアの目の前に、小さな金属の箱を差し出した。それは、彼が初めてリアのために作った「試作品」だとわかる、無骨ながらも完璧な仕上がりだった。
「これは?」
「開けてみろ」
リアはそっと蓋を開けた。中には、一つの指輪が入っていた。
それは、貴族の婚約指輪のような宝石の輝きはなかった。指輪の素材は、硬質な鋼。けれど、その表面には、極めて繊細な金属の糸が編み込まれており、光を反射して**「糸」**のように輝いていた。
「……これ、まさか、鋼で編んであるんですか?」
「ああ。お前が言ってた**『一本の糸から、強靭な布が生まれる』という話を聞いて、鋼を極限まで細く引き延ばし、編んでみた。俺の火とお前の糸**、その両方が入っている」
カイはリアを見つめた。その瞳は、昼間の炉の炎よりも、ずっと熱を持っていた。
「リア」
彼の声は低く、そして揺るぎない。
「俺と一生『ものづくり』をしてくれ。そしてーーー俺の『伴侶』になってくれ」
リアの心臓が、大きく跳ねた。それは、彼女が求めていたもの。贅沢でも、寵愛でも、支配でもない。対等なパートナーシップ。
「俺は、お前を『貴重な資産』として崇めたりしねぇ。お前を『可愛いだけの獣人』としてそばに置いておくだけなんて勿体ねぇ。お前は俺にとって、『俺の足りないところを埋めてくれる、最高の相棒』であり、『共に世界を創っていく、たった一人の女性』だ」
「俺は鍛冶師だ。身分は低い。金だってねぇ。だが、お前の『夢』と『努力』は、命をかけて守る。そして、お前が欲しいと言ったものは、この世界に存在しなくても、俺が必ず作ってやる」
「リア・ホランド。好きだ。俺の妻になってくれないか」
リアの目から、涙が溢れた。それは、喜びと、理解されたことへの安堵の涙だった。
「……はい、カイさん」
彼女は涙を拭いもせず、満面の笑みで答えた。
「私、カイさんの奥さんになって、この世界を、もっと面白くしたい!」
二人が手を握り合い、その誓いを交わした瞬間、鍛冶場の職人たちが一斉にハンマーを打ち鳴らした。それは、二人を祝福する、鋼の合奏だった。リアの葛藤を1番側で見ていたメルナもそっと涙を拭った。
◆
その熱狂的な夜の翌日。
リアが夢心地で帰宅すると、屋敷の空気は一変していた。いつもは穏やかな午後の光が差し込むホールが、まるで冬の湖のように静まり返っている。
ホールの中央には、父・ラシュトンが立っていた。いつもの柔和な笑顔はなく、そのアライグマ獣人の瞳は、獲物をロックオンした猛禽類のように鋭い。
「リア。おかえり」
ラシュトンの声は低く、リアの身体が強張った。
「お父様……」
リアは、直感的に悟った。
バレている。
ラシュトンは、リアがカイからもらったばかりの、鋼の指輪が輝く左手を見た。
「見たことない…綺麗な指輪だね。」
父は寂しそうに、でも優しい眼差しで笑った。
「おめでとう…リア。鍛治師ならものづくりが得意なリアと話が合うかなって思って見合いを許可したんだ…僕は間違っていなかったみたいだね」
「お父様!!」リアは思い切り父に抱きついた。
「お父様!彼と出会わせてくれてありがとうございます!!」
「ふふっ、大きくなったね、リア。近いうちにカイくんに会わせてね?」
「はい!!」
こうして、結婚は父に認められて、その日、一日中リアは惚気たという。リアの惚気話を聞くのは複雑に思っていた父・ラシュトンであったが、話に出てくる少年は、真面目で、仕事に情熱を持っていて、誠実で、なにより娘自身を見てくれている。ということで、ラシュトンの中の株は鰻登りだったのだとか…
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父・ラシュトンには「鍛治師達と共同制作している」と言っている。細かく説明しなくてもあの父のことだ、きっとあらゆる情報網を駆使して知っているのだろう。父は、「リアがしたいことを応援する」と喜んで許してくれた。とはいえ、安全のために、メルナ以外の使用人には行き先を秘密にしなければならなかった。メルナもまた、「リアお嬢様のため」と、口を固く閉ざしてくれている。
その日もリアは工房にいた。熱気に満ちた空間は、もはやリアにとって居心地のいい場所の一つになっていた。
「リア、ここの寸法、もう 0.5 グラム詰めてぇんだが、どう思う?」
カイが持つのは、リアがデザインした「万年筆」の試作品だった。この世界にはない、インクを内蔵し、滑らかに文字が書ける筆記具だ。職人達は毎日、リアが残した設計図とアイデアのメモを、まるで聖典のように扱っている。
「うーん……重量バランスですね。軸の重心を 1 ミリ下げることで、長時間の筆記でも手が疲れないはずです。そして、ペン先には、少しだけ魔法金属の加工を施しましょう。書き味がさらに良くなるはずです」
リアの頭の中には、前世で使っていた文房具のデータが正確に残っている。それをファンタジー世界の技術に落とし込む作業は、パズルのようで楽しかった。
「魔法金属か……わかった。試してみる。お前と話してると、技術の限界なんてねぇ気がしてくるよ」
カイはそう言って、リアの顔を見て微笑んだ。その笑顔は、炉の炎を背に受けて、少しだけ無愛想な岩石から、熱を帯びた宝石に変わるようだった。
「カイさん、ありがとうございます。でも、私が持ってるのは“知識”だけです。それを“現実”にしてくれるのは、カイさんたちの“技術と情熱”ですよ」
リアはそう言うと、持参した布バッグから、先日織り上げたばかりの分厚い革手袋を取り出した。
「これ。カイさんと職人さんのために作りました。炉の熱から手を守れるように、特殊な防火布を重ねて、縫い目は鉄を打つハンマーの振動に耐えられるよう、二重のクロスステッチで補強しています」
「……これ、お前が?」
カイは驚いて手袋を受け取った。そのごつごつした、火傷痕のある手が、滑らかな革の表面を撫でる。
「ああ……なんて丁寧な仕事だ」
彼は静かに呟き、すぐに片手にはめてみた。
「ぴったりだ。まるで、俺の手の一部みてぇだ」
「よかったです。」
リアは顔を赤らめた。自分の努力の成果を、心から尊敬する相手が受け取ってくれる。これ以上の喜びはなかった。
◆
その日、カイは珍しく一人で作業をしていた。リアが炉に炭を足そうとしたとき、彼が言った。
「リア、少し、外に出ようか」
工房の裏手、小川の流れる小道に、夕陽が差していた。遠くで教会の鐘が鳴っている。
カイは、リアの目の前に、小さな金属の箱を差し出した。それは、彼が初めてリアのために作った「試作品」だとわかる、無骨ながらも完璧な仕上がりだった。
「これは?」
「開けてみろ」
リアはそっと蓋を開けた。中には、一つの指輪が入っていた。
それは、貴族の婚約指輪のような宝石の輝きはなかった。指輪の素材は、硬質な鋼。けれど、その表面には、極めて繊細な金属の糸が編み込まれており、光を反射して**「糸」**のように輝いていた。
「……これ、まさか、鋼で編んであるんですか?」
「ああ。お前が言ってた**『一本の糸から、強靭な布が生まれる』という話を聞いて、鋼を極限まで細く引き延ばし、編んでみた。俺の火とお前の糸**、その両方が入っている」
カイはリアを見つめた。その瞳は、昼間の炉の炎よりも、ずっと熱を持っていた。
「リア」
彼の声は低く、そして揺るぎない。
「俺と一生『ものづくり』をしてくれ。そしてーーー俺の『伴侶』になってくれ」
リアの心臓が、大きく跳ねた。それは、彼女が求めていたもの。贅沢でも、寵愛でも、支配でもない。対等なパートナーシップ。
「俺は、お前を『貴重な資産』として崇めたりしねぇ。お前を『可愛いだけの獣人』としてそばに置いておくだけなんて勿体ねぇ。お前は俺にとって、『俺の足りないところを埋めてくれる、最高の相棒』であり、『共に世界を創っていく、たった一人の女性』だ」
「俺は鍛冶師だ。身分は低い。金だってねぇ。だが、お前の『夢』と『努力』は、命をかけて守る。そして、お前が欲しいと言ったものは、この世界に存在しなくても、俺が必ず作ってやる」
「リア・ホランド。好きだ。俺の妻になってくれないか」
リアの目から、涙が溢れた。それは、喜びと、理解されたことへの安堵の涙だった。
「……はい、カイさん」
彼女は涙を拭いもせず、満面の笑みで答えた。
「私、カイさんの奥さんになって、この世界を、もっと面白くしたい!」
二人が手を握り合い、その誓いを交わした瞬間、鍛冶場の職人たちが一斉にハンマーを打ち鳴らした。それは、二人を祝福する、鋼の合奏だった。リアの葛藤を1番側で見ていたメルナもそっと涙を拭った。
◆
その熱狂的な夜の翌日。
リアが夢心地で帰宅すると、屋敷の空気は一変していた。いつもは穏やかな午後の光が差し込むホールが、まるで冬の湖のように静まり返っている。
ホールの中央には、父・ラシュトンが立っていた。いつもの柔和な笑顔はなく、そのアライグマ獣人の瞳は、獲物をロックオンした猛禽類のように鋭い。
「リア。おかえり」
ラシュトンの声は低く、リアの身体が強張った。
「お父様……」
リアは、直感的に悟った。
バレている。
ラシュトンは、リアがカイからもらったばかりの、鋼の指輪が輝く左手を見た。
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父は寂しそうに、でも優しい眼差しで笑った。
「おめでとう…リア。鍛治師ならものづくりが得意なリアと話が合うかなって思って見合いを許可したんだ…僕は間違っていなかったみたいだね」
「お父様!!」リアは思い切り父に抱きついた。
「お父様!彼と出会わせてくれてありがとうございます!!」
「ふふっ、大きくなったね、リア。近いうちにカイくんに会わせてね?」
「はい!!」
こうして、結婚は父に認められて、その日、一日中リアは惚気たという。リアの惚気話を聞くのは複雑に思っていた父・ラシュトンであったが、話に出てくる少年は、真面目で、仕事に情熱を持っていて、誠実で、なにより娘自身を見てくれている。ということで、ラシュトンの中の株は鰻登りだったのだとか…
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