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1章 家族
『普通の』料理作戦
しおりを挟む「……今日は、料理を手伝いたいな」
朝食後、私はぽつりと呟いた。昨日は散歩作戦がパレードに化けて失敗。ならば今日はもっとシンプルに。台所でパンをこねるだけ。料理なら、豪華さも必要ないし、護衛も必要ないから大丈夫なはず…。
「ビーちゃんが料理!?なんて……なんて尊い願いなんだ!」
父様の瞳がきらめく。嫌な予感しかしない。
「スミス!三ツ星シェフを呼べ!最高級の食材と道具を揃えろ!百人の職人を呼んで食器を作らせろ!!ビーちゃん専用厨房を建設だ!」
(今日の建設テンポ早くないですか!?いつもなら私が「やめてー!」って叫んでからですよね??)
「えっ!?私はただ、パンを……」
私の声は、父様の過保護にかき消された。
「ベティ、料理は危険だ。包丁で手を切ったらどうする?火で火傷したらどうする?僕が代わりに切る。君は僕の膝の上で見ていればいい」
アレス兄様が冷静に宣言する。翡翠色の瞳が、まるで世界を敵視しているかのように鋭い。
(今回に限っては…5歳だし貴族だし、女性は貴重だし…確かに。ぐうの音も出ないですアレス兄様。)
「ベティ!俺が火を管理する!薪も俺が割る!ベティは混ぜるだけでいい!」
ライ兄様は尻尾をぶんぶん振りながら、すでに鍋を抱えていた。
(いやいやいや!私はただパンをこねたいだけなんですけど!?ライ兄様に任せたら、なんか全部焦げそう…)
⸻
「父様!!私は…みんなに日頃の感謝を伝えたいから、ひとりで作りたいんです!!パンをこねたいんです!!!」
「ビーちゃん!!!!」
「「ベティ!!!!」」
「「「「「「「「お嬢様!!!」」」」」」」」
こうして最終奥義を使い、私はひとりで料理する権利をもぎ取ったのだった。
(ビーちゃん専用厨房にて)
⸻
パンをこねたいと思ったのは、前世の母を思い出したからだ。
両親は二つ下の可愛い妹にばかり愛を注いでいた。妹もそれをわかっているので、私は機嫌を損ねないように当たり障りなく暮らしていた。
そんな母は私に料理を教えてくれた。今考えてみると、私を料理係にするためだったのだと思う。実際そうだったし。それでも、母に愛されたかった私は料理を褒められると嬉しかった。私の大切な思い出だ。はじめて教わったのがパンだった。
◆
ほんのり甘い小麦粉の香り。母は白いエプロンを身につけ、木のボウルに粉を入れる。その横で、背伸びをしながら椅子に乗り、母の手元をじっと見つめる。
母がふるいを揺らすと、さらさらと雪のように粉が落ちていく。私は目を丸くして「わぁ、雪みたい!」
「そうね、パンの雪だね」
母がぬるま湯を注ぎ、酵母を混ぜるのを真似する。まだ不器用な手つきで、上手くできない私は母に失望されるのではと顔を見上げる。すると母は優しく微笑んでくれる。
「うぅ、上手くできない…お母さんはなんでそんなに上手なの?」
「美味しくなぁれって思いながら続けてればできるようになるよ」
生地を台に移し、母が両手で押し伸ばす。私も真似をして、小さな手で生地を押すが、力が足りずにふにゃりと戻ってしまう。
「パン生地って、もちもちしてるね!」
「そうよ、たくさんこねるとふわふわになるの」
生地をボウルに戻し、布をかけて休ませる。
「パンも眠る時間が必要なの」
「じゃあ、パンは夢を見るのかな?」
「きっと美味しい夢を見てるのよ」
オーブンから漂う香ばしい匂いに、私は待ちきれずに扉の前でぴょんぴょん跳ねる。母が焼き立てのパンを取り出すと、黄金色の表面が輝いている。
「わぁ!お日さまみたい!」と歓声をあげた。
◆
まぁ、このあと、母は形が良くて上手にできたパンを全部妹にあげちゃったんだけどね。思えば、母に料理を教えてもらった中で、この時が一番楽しくて幸せだったな。
その後は妹がピーマン好きだからって、ピーマン入りのハンバーグを作らされたり、ピーマンの肉詰め、ピーマンのお浸し、ピーマンの青椒肉絲、ピーマンの回鍋肉……おえっ。
十歳になる頃にはもう料理担当は私で、母からのダメ出しも妹の文句も多くなって最悪だったなぁ…。
⸻
私は今世の母のことも思い出した。
今世の母イザベラは華やかで美しい。常に新しい男と恋に落ちて、複数の夫を侍らせている。「完璧な淑女」だと称賛されている。
私は一度だけ、前世の記憶を取り戻す前に会ったことがある。
母イザベラは十九人の子供がいて、ベアトリーチェは十七番目、はじめての女の子。
ベアトリーチェが三歳の誕生日会に来たイザベラは嫉妬に駆られた。周囲が「公爵家初の女児」として祝福し、父ルシアンが「ビーちゃん」と呼んで溺愛する姿に、彼女は耐えられなかったのだ。華やかな宴の最中、イザベラは癇癪を起こし、ドレスの裾を翻して去っていった。
その日を境に、母は娘に会うことをやめ、父とも離婚したらしい。それ以来会っていない。ベアトリーチェは母の愛を知らないまま、甘やかされて歪んでしまったのだろう。
ベアトリーチェの記憶の中に残る母は、冷たい香水の匂いと鋭い視線、そして「女としての見栄」に囚われた人間だった。
◇
1人調理権を獲得した私はさっそくパン作りに取り掛かろうとしている。
この世界のパンは硬い。石のように固く、噛むのに顎が疲れる。前世の日本で食べたふわふわの食パンとは大違いだ。私は母から学んだ知識を思い出す。小麦粉に牛乳と卵を混ぜ、バターを加え、よくこねて発酵させる。そうすれば柔らかいパンができるはずだ。
「ビーちゃん、やっぱり危ないからやめない?」
父様が入り口から心配そうに声をかける。
「大丈夫です!私、パンを作りたいんです!」
私は強く言った。前世では誰にも本音を言えなかった。でも、ここで言わないと、私は……柔らかいパンを食べられない!!そう、実は私、パンが大好きなのだ。
スミスさんが恐る恐る材料を用意してくれた。私は小さな手で粉をこねる。最初はべたべたして難しい。でも、優しくこねているうちに、まとまってくれる。うん!パン生地は裏切らないね⭐︎
「ベティ……本当に大丈夫??」
アレス兄様が心配そうに入り口から覗き込む。
「ベティ…やっぱり俺が火を手伝った方がいいんじゃないか?」
ライ兄様も心配そうに入り口から覗き込む。
「大丈夫です!兄様も父様もそこで見ていてください!!次邪魔したら扉閉めますからね!!」
「「「うっ…」」」
少し心苦しいが、この過保護達はこのくらい言わないと引いてくれない。私は焼きたてのパンが食べたいのだよ!!!
◇
発酵させ、焼き上げたパンは、ふわふわに膨らんでいた。香ばしい匂いが厨房に広がる。私は自分で焼き立てを食べて満足した後、扉を開けてみんなを呼んで焼きたてのパンを配っていく。
「皆さん、いつも私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。これは私から、少しだけど…お礼です。頑張って作ったので、よかったら食べてください!!」
使用人たちが驚きの声を上げる。
「お嬢様…………!」
「お嬢様が天使に生まれ変わった!」
「あのくらいの我儘可愛いもんです!」
「危険すぎる…」
「なにこれめっちゃいい匂いする」
「柔らかい……パン?」
「皆まて!1番最初にビーちゃんの手料理を食べるのは私だ!!」
「で、でも毒味…い、いえ、、あの、万が一…」
「うるさいスミス!ビーちゃんの、手料理で死ねるなら本望だ!」
お父様がパンを頬張る。目を見開いた。と思ったらだばーっと涙が…
「ビーちゃん、美味しいよ!!こんなに美味しい物食べたことがないよ。天才だ!私の娘は天使だ!!この世界にない料理を生み出すなんて!」
父様が感極まったように抱きしめてくる。
「父様…私、父様の子に生まれて来れて幸せです。」
「ビーちゃん!!!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。うっ、苦しい。
その様子を見て兄様達が食べる。そして、我慢できなくなったスミスさんを、筆頭に使用人面々がものすごい勢いで食べている。(あ、クス爺もいる。レシピを探ってるのか、使った材料をじーっと見ている。そんなことしなくても教えますから!!)
「ベティ……君は天使なのかい?あぁ、天界の食べ物を地上に恵んでくれるなんて!どうしよう、食べるのが勿体無い…どうにか保存魔法を…ゴニョゴニョ」
アレス兄様がパンを大事そうに持ち上げて、ぶつぶつ言っている。ちょっと怖い笑
「ふわふわで雲を食べてるみたいだ!!ベティ!こんなに美味しい物食べたことがない!!最高だ!もっと作ってくれ!俺が一生守る!」
ライ兄様は尻尾をぶんぶん振りながらパンを頬張った。
私は涙をこらえきれず、声を張り上げた。
「父様、アレス兄様!!ライ兄様!!……大好きです!!」
「「「!!!!僕(俺)も!!」」」
三人が同時に私を抱きしめる。温かい腕に包まれて、記憶の寂しさが少しだけ癒された。そうか、私は褒められたかったんだ。
こうして、私の「料理作戦」は成功……「この事は口外禁止だ!天使が狙われてしまう!護りを強化するぞ!」いや、溺愛はさらに強化されたけれど、心は満たされた。父様と兄たちの愛情のおかげで、私は生まれて初めて「この世界で生きていきたい」と思えた。
「ピーマンのない世界に来たかっただけなのに……こんなに愛されるなんて……」
私はふわふわのパンをもう一口食べ、幸せに微笑んだ。
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