甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー

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二章 かけがえのない時間

16 守りたい人

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その日、フィンは朝食に遅れてやってきた。その足元はなんだかフラフラしていた。

「大丈夫…?なんか、顔色悪くない?」
桃が声をかけると、フィンは短く首を振った。
「平気だ」
その声は、いつものように静かで、でも少しだけ熱っぽかった。
サイロスが腕を組んで眉を寄せる。
「無理はいけませんよ。今日の見回りは、私が代わりましょう。」
「……いらない」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、フィンの身体がぐらりと揺れた。
桃がとっさに支える。
「わっ、ちょっと! フィンくん!?え?ちょ!あつっ!おでこあっつい!」

そのまま意識を失いかけたフィンを、桃たちは慌てて部屋へ運んだ。





布団の上に寝かされたフィンの額は、触れると驚くほど熱い。
桃はすぐに袖をまくり上げ、厨房に向かった。

「こういうときはね――体を冷やして、あったかいもの食べなきゃ!」

台所に立った桃は、棚をあけ、慣れた手つきで鍋を火にかける。
乾燥ハーブを刻み、米をとぎ、ゆっくり煮込んでいく。
「……おかゆ、久しぶりに作るな」

ロウが扉のそばで腕を組みながら眺めていた。
「ずいぶん手際いいね。家で兄弟の世話とかしてたの~?」

桃は少し笑って、「…まぁ、そんな感じかな」とだけ答えた。

湯気の向こうで、鍋の音がやさしく響く。
桃は懐かしい匂いに目を細めた。
ーーよく、お母さんにお粥を作ってもらったっけ…

鍋の見張りをロウに任せて、桃はフィンの様子を見に行った。
フィンはすごい汗で悪夢でも見ているのかうなされている。
桃は、フィンをゆっくりと撫でた。
「フィンくん、貴方は1人じゃないからね…悪い奴(ばい菌)なんかに負けないで…」

その言葉が届いたのか、フィンは落ち着いた様子で、眠りについた。




夢の中。雪が降っていた。
凍てつく風が頬を刺し、息を吸うたびに胸の奥が痛む。

――白い世界の中で、フィンは小さな体を必死に動かしていた。背中には、意識を失った仲間の少年。他の孤児たちは奴隷商に捕らえられ、もう姿が見えない。

「待ってろ……必ず、助ける……」
声を張り上げても、返事は雪に溶けて消えた。

“また……守れなかったのか”

その言葉が、氷の刃のように胸の奥に沈んだ。
あの日からずっと、あの痛みだけが生きる理由になっていた。



彼の幼い日々は、遠い街の裕福な家から始まった。フィンは犬族の、商人として名を馳せる家の子。
しかし、この国では一妻多夫制が普通で――実際に彼を育てたのは、母よりも父だった。

父はいつも穏やかに言った。
「大切な人を守る力をつけるんだ、フィン。後悔は、してからでは遅いんだ。」
その言葉の意味が本当にわかったのは、父が死んだ後だった。

13歳の時、父の馬車は崖から落ちた。
残されたのは、膨大な遺産と、血の濃すぎる一族の欲望。

叔父たちはすぐに遺産を奪い合い、少年だったフィンは「邪魔な相続人」になった。
彼を引き取った次男フェルナンドは、暴力は振るわなかったが、まるで存在しないかのように扱った。

食卓で言葉を交わすこともなく、目を合わせることもない。
温かい食事をとっても、味がしなかった。

――ここにいても、生きていないのと同じだ。

そう思ったフィンは、20歳の誕生日の朝、
父が残した通帳と剣だけを持ち、屋敷を出た。



最初の夜、雪が降っていた。
宿屋にも、街の人々にも、彼は「ただの汚れた若者」にしか見えなかった。
金を見せても信じてもらえない。
「盗んだんだろ」
「貴族の息子がこんな格好で来るかよ」

冷たい言葉と視線が、背中に突き刺さった。

凍える指で通帳を握りしめたまま、道端に倒れた。
そのとき、小さな手がフィンの頬を叩いた。

「ねぇ、お兄ちゃん、大丈夫?」

声の主は、街外れの孤児院の子どもたちだった。
ぼろぼろの服を着ていたが、目だけはまっすぐで、あたたかかった。

パンを分けてくれ、濡れた上着を干してくれた。
その日から、フィンは孤児院の手伝いをするようになった。

子どもたちは彼を慕い、「先生」と呼んだ。
剣を教え、護身を教え、そして時々みんなで笑い合った。

「お兄ちゃん、いつか一緒に商人になろうね!」
小さな声が今も耳に残っている。

しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。

ある夜、孤児院が焼かれた。
借金を抱えた院長が、子どもたちを奴隷商に売る取引をしたのだ。

煙と炎の中で、フィンは必死に仲間を探した。
「逃げろ! こっちだ!」

けれど、捕らえられた子どもたちを助けることはできなかった。
大金を持っていても、誰も彼を信じなかった。

「汚い格好の若造が金を持ってる?笑わせるな!」

叫んでも、助けを求めても、誰も耳を貸さなかった。
雪が降りしきる中、鎖の音が消えていく。
焔の赤が白に滲んで、世界が音を失った。

“また……守れなかった”

その夜、何かが壊れた。



――翌年、フィンは“影の組織”にいた。
生き残るため、そして復讐のために。

彼は剣ではなく、「静かに殺す技」を学んだ。暗殺術。感情を消し、声を殺し、影のように動く術。数年後、奴隷商たちは皆、跡形もなく消えた。

それでも、何も戻らなかった。

通帳だけが、今も彼の荷物袋の底で眠っている。もう使い道のない金。それは“あの日守れなかった命の重さ”そのものだった。



遠くで、湯気の音がした。
桃が鍋をかき混ぜる音。
ハーブと米の香り。

――あの孤児院で子どもたちが作ってくれた、薄いスープの匂いに似ていた。

「……あたたかいな」
雪の夢の中で、フィンは微かに呟いた。
もう二度と戻らない記憶の中で、今度こそ、誰かを守りたいと――
心の奥で静かに、そう願っていた。








朝になった。昨日は半分しか意識がないフィンにどうにか食事を食べさせたり、きがえをさせたり、薬を飲ませたり、おでこのタオルを変えたりしてつきっきりで看病していた。風邪がうつってしまうと危惧した、ベンがこっそり、連れ去ろうとしたが、桃がめちゃくちゃ抵抗したので、結局全員フィンの部屋で過ごした。

窓から光が差し込み、鳥の声が聞こえる。
桃が目を覚ますと、フィンはもう起き上がっていた。

「もう動いていいの!? 熱は!?」
桃が慌てると、フィンはゆっくり上体をおこしながら、短く言った。
「スープ、と米、美味かった…桃、ありがとう。」

フィンはなんだか今にも泣き出しそうな、泣くのを我慢しているかのような笑みを浮かべていた。その姿を見た桃がフィンを抱きしめた。

「守りたいって思ってるのはフィンくんだけじゃないんだからね?私、ベンさん、ロウさん、サイ、みーんなフィンくんのことが大切で大好きなんだから。頑張りすぎないでね、たまには甘えてもいいんだよ?」

フィンは、全てを見透かされているかのような、桃の言葉が心に滲んだ。
ーー何もできずに死んでしまった父、守れなかった孤児の仲間、強くなって復讐した奴隷商…今でも、あの時、どうすれば良かったのか、何が正解だったのかなんてわからない…けど、今ある、幸せだけは、守りたい。必死に藻がいて苦しんででも、失いたくない。そう思った。それと同時に、今度はもう1人じゃないって安心した。

フィンはしばらく抱きしめられたまま、涙を隠すように桃にすりよった。そんなフィンが可愛くて、によによしていた桃…その顔を見て他の3人はドン引きしていたことをフィンは知らない。



「おい、フィンいつまでそうしてるつもりだ?」
「そうだそうだ!僕も桃ちゃんのおっぱいでぱふぱふされたい!!ずるーい」
「狂犬…」
「サイだってそう思ってるくせに!俺知ってるんだからね!サイロスが夜に部屋で」
「うわー、やめろ!まじでやめてください!!てか、男ならそんくらい普通でしょう?」
「べーだ!自分だけ紳士ぶってんじゃねーよ!サウロスのむっつり~」
「同感だ。1人だけ変態紳士のくせに」
「っ~~!!!??お前ら、開き直りやがってーー!!むっつりじゃないから!やめて??」

ギャーギャー言い合ってる3人を桃とフィンは白い目で見つめた。

「……まぁ、あんなんでも、頼りにはなるからね!とりあえず今日は病み上がりだし、休んで、明日から何かしたらいいよ!」
「お、おう…そう、だな。じゃあ今日は休ませてもらう…それで…その、あのさぁ…桃、今日は一日そばにいてくれないか?」
「~~~!!!!????なにそれ!!かっわいい~!!!病み上がりじゃなかったら尻尾とお耳触りまくってるのにー!早く元気になってフィンくん!!」
「…おう」

様子のおかしい美男美女を見つめてフィンはクスッと笑った。ここに来れて良かったと、人生ではじめてフィンは神に感謝した。





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3話に渡って屋敷での日常編をお送りしました!次からは本編の内容に戻ります!
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