半月の探偵

山田湖

文字の大きさ
51 / 53
第四夜 白薔薇のモナリザ

月の裏側

しおりを挟む
「桜ノ宮涼子? 誰、それ?」
 急に知らない人名が出てきた彼は少し困惑する。常日頃から内気な彼は交友関係はそこそこであるが狭く、一つ上の学年の者たちとの関係は、家庭部の先輩たち以外皆無だった。
  だが、どうやらその名を知らないのは彼だけだったようだ。周りの男友達は「名前だけは聞いたことある」という反応だった。

「……有名なのか?」
「まあ、そこそこ有名じゃない? ほら、絵の女の子見ても分かるけど、なかなかかわいい顔してるし」
「……ほお」
 彼はそれを聞いて若干期待に胸を膨らませる。確かに絵に描かれた少女は多少美化されていたとしても充分美しい顔立ちだった。
 それは周りの五十嵐や東雲などの男友達も一緒だったようで「じゃあ、いつ聞きに行く?」と女子達の手前、平静を装いつつも桜ノ宮という先輩と合法的に堂々と話せるチャンスを今か今かと楽しみにしているのが手に取るように分かる。

「聞きに行くって言っても3年は受験だろ? 聞くとしたら学校だろ」
「んーじゃあ、明日の昼休みとかは?」
「いや昼はバスケしたいから、放課後にしようや」
 やいやいと揉め始めた男子たちに呆れ始めた帆波は少しめんどくさそうに
「いや、昼休みしかないでしょ。忙しい3年の時間圧迫してどうすんの? てか東雲、サッカーしたいからってそれはもう論外」と鶴の一声を発す。この状況でいい返せる男子は、この場には誰一人としていなかった。


 ……次の日。彼とゆかいな仲間たち(笑)は昼休みを告げるチャイムと共に3年の教室に向かった。やはり年の差は1年だけとは言っても、ぞろぞろ出てくる3年の先輩達には少し威圧感を感じる。ちょっと緊張しながらも、帆波から聞いた桜ノ宮のいる教室に行き、それでも大声で呼ぶのは抵抗があったので、偶然と扉の近くにいた人の好さそうな男の先輩に呼んでもらうことにした。
 そうしてやってきた桜ノ宮涼子は、かわいいという言葉より可憐という言葉が似合う女性だった。二重で少し大きな目に真っ白な肌。そして、墨汁を垂れながしたような艶のある髪は長く伸ばされていた。
 絵から想像していた長身ではなく、身長は167センチの彼より少し小さい程度だった。
 教室から出て、彼らを見た桜ノ宮涼子は近寄りがたいような雰囲気を醸し出していたものの、「ん? 私に用あるの?」と少し笑顔で応対されたころにはその近寄りがたさは消えていた。どうやら見た目こそ、異性が近寄りがたいような雰囲気だったものの内面は人懐っこい、親しみやすい性格の持ち主のようだ。

「あ、実はですね」と彼が絵の写真をコピーしていた紙を奪い取り、絵について話し始めた。彼と五十嵐は目を合わせ、苦笑した。東雲の女たらしなところはもはや彼らの中では名物だった。
 一通り話を聞いた桜ノ宮は東雲のした質問に丁寧に答えてくれる。
「絵のモデルになったことはありますか?」
「ないない。なんか疲れそうじゃん、じーと動かないのって」
「それじゃあ、お姉さんか妹さんは?」
「それもいないね。天下の一人っ子だし。あ、それと敬語じゃなくてもいいよ」
「んーじゃあ、家庭部の準備室に入ったことは?」
「いや、それもないね。てか、この絵よく見たら若干私と違うじゃない」
 桜ノ宮が言った通り、絵の少女は茶髪なのに対し桜ノ宮は黒髪というのが顕著な違いだったが、それ以外にも、鼻筋や顔の大きさに対しての耳の比率など実際に会ってじっくり見てみれば、顔の造形はかなり異なっていることがわかる。だが、それでも絵の中の少女は桜ノ宮としまいなのではないか? という疑問が消えない程度には顔が似ていた。

「すいませんね、お時間取らせてしまって」
「いいよいいよ。私でよければまた力になるから」
 桜ノ宮は彼らが見えなくなるまで笑顔で手を振って見送ってくれた。
「……いい人、だったな」
「それなあ」
 彼と五十嵐が話している中、東雲は余韻に浸りたいのか押し黙ったままだった。
「まあ、でも冷静に考えて見たら絵の具の劣化の具合から言って描かれたのはかなりまえぽいしなあ」
「じゃあ、もしかしたら桜ノ宮さんの両親て一度離婚しているとか?」
「確かにそれはありえなくもない。けど」
 桜ノ宮がもし連れ子だとしたら、今現在の桜ノ宮の他人への態度と親が離婚した時の子どもの内面とは少し乖離が大きい。研究によると両親が離婚した場合、振る舞いが悪くなったり、愛着を失うなどの影響が出るという。彼が桜ノ宮を観察した感じだとそう言った様子はなさそうだった。両親が離婚の事実を知らせていない、もしくは子供の眼から見ても離婚した方の親がどうしようもない人間だったという可能性もある。

 まあ、本来であればそんな観察をするのも野暮なことなのだ。
 なぜなら…… 

「月の裏側は見えない、かあ」

 彼は師匠から言われた言葉を反芻した。多くの人々が綺麗だと思い、和歌に詠んだり歌の歌詞として織り込んだ美しい月にも、見ることのできない裏側が存在するよる。それは人間だって同じで、人に見せているのはあくまで自分の一部分にすぎない。人の裏側を見ようとするのであれば、それは月の裏側を見るのと同様で「神」としての視点が必要となる。

 桜ノ宮にだって、あの人懐こい笑顔の下に隠した何かがあるのかもしれない。


「よし、今日の放課後は顧問に話を伝えに行くぞ」
 充分余韻に浸りきったらしい東雲が彼と五十嵐にきびきびしたような声で言う。
「はいはーい」
  そのまま3人は並んで自分たちの教室に行くために階段を上る。東雲と五十嵐はゲームの話をしているが、彼は心の中でもしかしたら今回の絵を巡る人間模様は意外と複雑なものになるかもしれないと思いながら、黙って東雲と五十嵐について行く。

 彼の中の、「好奇心の怪物」というもう一人の人格が少しずつ目を覚まし始めているのを、彼ははっきりと知覚した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...