9 / 60
秀抜な男性と偶発的を装った何らかの力が働いた計画的出会い。
第3話ー4
しおりを挟む
いつからだろう。
……いつからか、ヴェルターもリティアによそよそしくなった気がした。いや、明らかにそうなった。以前はこんな風にリティアが目の前にいて目を逸らすことなどなかったのだから。
なぜ?
リティアはそう気づいた瞬間、無意識にすっと顔を上げた。そこには同じくリティアを見つめていたヴェルターの光で照らされた水面のような淡い瞳があった。ヴェルターは心の内を隠すように微笑む。
「来てくれて嬉しいよ」
昔から、ヴェルターはリティアが訪問するとこう言った。同じセリフなのに、いつから心がこもらない社交辞令になってしまったのだろうか
「……本当に? 」
ヴェルターの瞳を伺う。少し瞳を揺らし、ヴェルターは
「もちろんだ」
と、頷いた。リティアはそれ以上追及しても無意味だと、微笑みを返した。リティアもヴェルターにとっても気まずい時間を二人の関係を対外的誇示するために使う時間は居心地の悪いものだった。
「リティ、今日のドレスはいつもと雰囲気が違うね」
「ふふ、あなたもそう言ってくれるのね」
「……あなたも? 」
ヴェルターが首を傾げた。
「ええ。ここまでランハートとレオンがエスコートしてくれたの。久しぶりに会えて嬉しかった。ランハートは相変わらず思慮深いし、レオンは底抜けに明るかった。つまり、二人とも相変わらずってこと」
「確かにそうだな。他には、誰かに会った? 」
「えーっと、レオンと同じ騎士の制服を着た……そうだ、シュベリー卿」
「ああ、黒髪の」
「ええ、そう。とても、」
とても、何を言おうとしたのだろう。リティアはそこで言葉を切った。ヴェルターとリティアの間に短い沈黙が流れた。
「とても、何だい、リティ」
「とても、印象的な風貌だったわ。外国の血が流れてるのね、瞳も黒くて、シャープな顔立ちね。深い、夜のような」
じ、と黙ってリティアの話を聞くヴェルターにいたたまれなくなって考えなしに言葉を発したようだ。こういう時は取り繕おうとしてますます良くないことを言ってしまうものだ。わかっているのに繰り返す。
「あなたと真逆ね」
しまったと思った時には、ヴェルターの口角を上げただけの微笑みが残っていた。
「そうか。確かに、彼はそうかもしれないね」
言葉尻にわずかな消沈が感じられ、リティアはヴェルターが気落ちしないよう必死で彼を誉めたてた。元より、自らの言葉にヴェルターを下げる意味合いなど全くないのだから。
「単純にあなたの瞳や髪は白く、彼は黒いってことが言いたかったの。あなたが光なら彼は夜空のようで、どちらもとても素敵よ。ヴェル、あなたは今日も、いつも、すっごい素敵だわ」
いつのまにか前のめりになっていたらしく、ヴェルターは目を丸くしてリティアの勢いに体を後ろに反らしていた。ヴェルターははしばらく呆気に取られていたがくすくす笑い出した。
「ありがとう、リティ。でも大丈夫だよ。彼を見て、ハンサムじゃないなんて言う人はいないのだから」
リティアがヴェルターを褒めたのは、形の上とはいえ婚約者の前で他の男性を褒めてしまった罪悪感ゆえだと思われたのだ。リティアは顔を赤くした。
そうだ、何を勘違いしたのだろう。自分が他の男を褒めるとヴェルターが落ち込むと思っただなんて、何ておこがましいんだろう。リティアはそれに気づいて自らを恥じた。きまりわるく膝の上でもじもじと手遊びをしていると、ドアがノックされた。
「殿下、失礼します」
入って来たのは王太子付きの補佐官だった。ヴェルターは音もなく彼の前に立つ。
「マルティン・アルデモート。来客中だ」
来客の予定があっただろうかと不審な顔をするマルティンは視線の先にリティアを認めるとサッと身を屈め挨拶をした。
「これは失礼、レディ……」
慌てて立ち上がろうとしたリティアをヴェルターは手で制すとマルティンはそのまま出て行ってしまった。マルティンはアカデミー時代もその後の教育機関でも常に主席の頭脳明晰な人で、代々文官の家系で父は宰相である。だが、そうは見えない可愛らしい風貌だった。
「お忙しいのではないかしら」
ヴェルターがソファーに静かに腰を落ち着けたのを見て、リティアは伺う。
「いや、ああ、構わない」
ヴェルターはリティアの様子を確認するように視線を投げると、すっとティーカップへと視線を落とす。自然なようで不自然な仕草に、リティアは帰る旨を伝えた方がいいと思った。正直、マルティンのお陰で気まずさから逃げられると思ったのも事実だ。
「すっかり長居をしてしまいました。そろそろお暇いたします」
「……もうかい? 」
「ええ。やはり前もって連絡する方が良かったわね。アルデモート補佐官にもまともにご挨拶もせずに……」
「構わない」
ぴしゃり言われると、それ以上言えなくて、ヴェルターの顔色を窺ったが、いつもの優しい笑顔だった。
「……では」
「君の馬車を王太子宮のファサードまでつけるように侍従に言いつけよう。それまではここで待つといい」
「ええ、ありがとう」
ヴェルターはドアの外にいる侍従に馬車の手配を命じた。また少し気まずい時間が延ばされた。いつからだろうか。リティアはこの静寂の中、この沈黙が永遠に続くのではないかという錯覚にとらわれた。
「そうだ、リティ、次の君との面会は時間が取れなくなりそうでね」
ヴェルターに申し訳なさそうにそう言われたが、リティはほっとしてしまった。
「ええ、わかったわ」
リティアが了承すると、ヴェルターはいつものように微笑んだ。
……いつからか、ヴェルターもリティアによそよそしくなった気がした。いや、明らかにそうなった。以前はこんな風にリティアが目の前にいて目を逸らすことなどなかったのだから。
なぜ?
リティアはそう気づいた瞬間、無意識にすっと顔を上げた。そこには同じくリティアを見つめていたヴェルターの光で照らされた水面のような淡い瞳があった。ヴェルターは心の内を隠すように微笑む。
「来てくれて嬉しいよ」
昔から、ヴェルターはリティアが訪問するとこう言った。同じセリフなのに、いつから心がこもらない社交辞令になってしまったのだろうか
「……本当に? 」
ヴェルターの瞳を伺う。少し瞳を揺らし、ヴェルターは
「もちろんだ」
と、頷いた。リティアはそれ以上追及しても無意味だと、微笑みを返した。リティアもヴェルターにとっても気まずい時間を二人の関係を対外的誇示するために使う時間は居心地の悪いものだった。
「リティ、今日のドレスはいつもと雰囲気が違うね」
「ふふ、あなたもそう言ってくれるのね」
「……あなたも? 」
ヴェルターが首を傾げた。
「ええ。ここまでランハートとレオンがエスコートしてくれたの。久しぶりに会えて嬉しかった。ランハートは相変わらず思慮深いし、レオンは底抜けに明るかった。つまり、二人とも相変わらずってこと」
「確かにそうだな。他には、誰かに会った? 」
「えーっと、レオンと同じ騎士の制服を着た……そうだ、シュベリー卿」
「ああ、黒髪の」
「ええ、そう。とても、」
とても、何を言おうとしたのだろう。リティアはそこで言葉を切った。ヴェルターとリティアの間に短い沈黙が流れた。
「とても、何だい、リティ」
「とても、印象的な風貌だったわ。外国の血が流れてるのね、瞳も黒くて、シャープな顔立ちね。深い、夜のような」
じ、と黙ってリティアの話を聞くヴェルターにいたたまれなくなって考えなしに言葉を発したようだ。こういう時は取り繕おうとしてますます良くないことを言ってしまうものだ。わかっているのに繰り返す。
「あなたと真逆ね」
しまったと思った時には、ヴェルターの口角を上げただけの微笑みが残っていた。
「そうか。確かに、彼はそうかもしれないね」
言葉尻にわずかな消沈が感じられ、リティアはヴェルターが気落ちしないよう必死で彼を誉めたてた。元より、自らの言葉にヴェルターを下げる意味合いなど全くないのだから。
「単純にあなたの瞳や髪は白く、彼は黒いってことが言いたかったの。あなたが光なら彼は夜空のようで、どちらもとても素敵よ。ヴェル、あなたは今日も、いつも、すっごい素敵だわ」
いつのまにか前のめりになっていたらしく、ヴェルターは目を丸くしてリティアの勢いに体を後ろに反らしていた。ヴェルターははしばらく呆気に取られていたがくすくす笑い出した。
「ありがとう、リティ。でも大丈夫だよ。彼を見て、ハンサムじゃないなんて言う人はいないのだから」
リティアがヴェルターを褒めたのは、形の上とはいえ婚約者の前で他の男性を褒めてしまった罪悪感ゆえだと思われたのだ。リティアは顔を赤くした。
そうだ、何を勘違いしたのだろう。自分が他の男を褒めるとヴェルターが落ち込むと思っただなんて、何ておこがましいんだろう。リティアはそれに気づいて自らを恥じた。きまりわるく膝の上でもじもじと手遊びをしていると、ドアがノックされた。
「殿下、失礼します」
入って来たのは王太子付きの補佐官だった。ヴェルターは音もなく彼の前に立つ。
「マルティン・アルデモート。来客中だ」
来客の予定があっただろうかと不審な顔をするマルティンは視線の先にリティアを認めるとサッと身を屈め挨拶をした。
「これは失礼、レディ……」
慌てて立ち上がろうとしたリティアをヴェルターは手で制すとマルティンはそのまま出て行ってしまった。マルティンはアカデミー時代もその後の教育機関でも常に主席の頭脳明晰な人で、代々文官の家系で父は宰相である。だが、そうは見えない可愛らしい風貌だった。
「お忙しいのではないかしら」
ヴェルターがソファーに静かに腰を落ち着けたのを見て、リティアは伺う。
「いや、ああ、構わない」
ヴェルターはリティアの様子を確認するように視線を投げると、すっとティーカップへと視線を落とす。自然なようで不自然な仕草に、リティアは帰る旨を伝えた方がいいと思った。正直、マルティンのお陰で気まずさから逃げられると思ったのも事実だ。
「すっかり長居をしてしまいました。そろそろお暇いたします」
「……もうかい? 」
「ええ。やはり前もって連絡する方が良かったわね。アルデモート補佐官にもまともにご挨拶もせずに……」
「構わない」
ぴしゃり言われると、それ以上言えなくて、ヴェルターの顔色を窺ったが、いつもの優しい笑顔だった。
「……では」
「君の馬車を王太子宮のファサードまでつけるように侍従に言いつけよう。それまではここで待つといい」
「ええ、ありがとう」
ヴェルターはドアの外にいる侍従に馬車の手配を命じた。また少し気まずい時間が延ばされた。いつからだろうか。リティアはこの静寂の中、この沈黙が永遠に続くのではないかという錯覚にとらわれた。
「そうだ、リティ、次の君との面会は時間が取れなくなりそうでね」
ヴェルターに申し訳なさそうにそう言われたが、リティはほっとしてしまった。
「ええ、わかったわ」
リティアが了承すると、ヴェルターはいつものように微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる