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国境シュテンヘルムへ。
第5話ー3(シュテンヘルム辺境伯 )
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移動先で、その都度そこの領主である貴族の屋敷に宿を借り、都度もてなされたヴェルターはありがたくも困憊していた。政治的な便宜を図ろうとする者、非公式の行事が何かを探る者、一番多かったのがこれだ。自分の年ごろの娘、親族の娘を勧める者。一番の目的は王太子であるヴェルターだが、同行させた仕官、騎士、つまり良家の子息を狙う者たちだった。
どれもオリブリュス公爵を恐れ、偶然を装って場を設けるのだから質が悪い。宿を世話になるのだから無下にも出来ず、適当にあしらっては来たが
「復路が憂鬱だな、マルティン」
ヴェルターがため息交じりに言うとマルティンはおかしそうに肩を揺らした。
「いやあ、あからさまでしたね。殿下がダメなら、他の男でもいいということでしょうか。なかなかにわかりやすい」
「それはそうだろう。マルティン。君は未だ婚約者のいない身。しかも王国で一二を争うほど優秀だ。私がレディでも君を狙っていたかもしれないよ」
マルティンは、王国一の、いや、どこを探しても――もっとも世界人類を全て見たわけではないが、見なくてもわかる。彼より美しい人はいないだろうと確信している。――そんな根っからの王子に純粋に褒められては、恐れ入りますともごもご言って赤面するよりなかった。
マルティンは気を立てなおしながら世界で最も美しい男にお返しをする。
「私がレディならヴェルター殿下に想いを寄せていたでしょうね。私ごときが安易に近づけない高貴な方ですから、遠くから見つめているくらいでしょうけど。そうすれば、殿下の容姿にひとめぼれといったところでしょうか」
まさか、マルティンに容姿を褒められると予想だにしていなかったヴェルターも赤面したことで馬車の中に、照れあう妙な空気が流れた。
辺境伯の領土に入り、屋敷まで少しとなったところでヴェルターは口を開いた。
「マルティン、私に言い寄る女性たちが欲しいのは、私ではなく権力だ」
「……そんなことは」
無いとは言い切れないが、それだけではないだろうとマルティンは思う。
「私は能力も容姿も特段優れているわけではないからな。いいんだ、マルティン。これからもっと精進するつもりだ」
ヴェルターはいつもの柔らかな表情をきりりと引き締めて、マルティンにこれ以上のお世辞は必要ないというように笑ってみせたのだった。マルティンはなんて自己分析の出来ない人なんだと呆気に取られ、帰ったら王太子宮の姿見をしっかり磨くように侍女に言いつけなくてはと思った。ヴェルターは自分にだけ厳しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
シュテンヘルム辺境伯は自ら最前面でヴェルターを迎えた。すっとヴェルターに静かな挨拶をすると、ヴェルターも彼に敬意を示した。沈黙が数秒、領主、シュテンヘルム辺境伯、アデルモ・フォン・エアハルドは次第に顔を歪め、それに気づいたヴェルターが後さずった。
現国王の年の離れた弟君、ヴェルターの叔父である。彼の容姿、王族を象徴した真珠色の髪はヴェルターよりやや黒っぽく輝く。ヴェルターより少し濃く色づいて見える瞳、よく似ている。違うのは上背と服の上からでもわかる鍛え上げられた身体だろうか。向かい合えば、ヴェルターの方が分が悪いのは明らかだった。じり、とヴェルターが踵を後ろに引いた時だった。アデルモはヴェルターが引くより早く前進した。
「ヴェルター!!!! 」
壁面に飾られた豪華な金縁の肖像画が彼の大音量で揺れる。がっちりと太い腕でホールドされてはヴェルターは受け入れるしかなかった。彼の気が済むまで。まるで幼子にるみたいに頬をすり寄せぎゅうぎゅうと抱きしめる様に、初めて見る侍従や護衛騎士は止めるべきか体を揺らし、不安げに周りの者の顔を伺ったが、マルティンが大丈夫だと制止した。
気品ある外見に不似合いな歓迎に、そこにいる者たちは何とも言えない表情で見守った。
「お兄ちゃんだよ、ヴェルター。あぁぁああああ、大きくなった。ん、まだ小さいな? 肉、おい、今日は肉をたんまり出してくれ。ちゃんと食事はとってるのか? 」
ぎゅうっと大きな手でヴェルターの頬を挟み、マルティンが類を見ないほどの容姿だと思ったヴェルターの御尊顔はぺちゃんこになっていた。
「ほひふふぇ」
「ん? なんだいヴェル」
「いふぁいふぇす」
ヴェルターは何とか狭い隙間から抜け出すと、
「叔父上、痛いです」
と自由になった口で今度ははっきりと伝えた。
「はは、ちょっと興奮してしまったな。みんなも長旅ご苦労だったまずは湯あみでもして疲れを癒すと良い。それからは、もてなそう。なぁに、護衛はうちの者に任せるといい」
アデルモはヴェルターと10ほども離れていない青年で、ヴェルターの幼少期は叔父というより兄妹のように育った。王宮にいる時はまだ細かったが、シュテンヘルムへ来てからは見違えるほどにたくましくなった。彼は国王の弟でありヴェルターの叔父であることはそっくりな容姿が無ければ信じがたいほどかけ離れた――豪快な男だった。そして、彼は彼の甥を溺愛していた。成人を翌年に控えた人間に対しての扱いが取れないほどに。
「叔父上、僕はもう子供ではありません」
ヴェルターの抗議にアデルモは目じりを下げた。小さい子が大人ぶったのを微笑ましく見る目だった。
「そうか、そうかぁぁあ」
また押しつぶされては敵わないとヴェルターは機敏に彼の手を避けた。
「叔父上」
「すまん、つい」
可愛いもので、とアデルモは小声で言った。
どれもオリブリュス公爵を恐れ、偶然を装って場を設けるのだから質が悪い。宿を世話になるのだから無下にも出来ず、適当にあしらっては来たが
「復路が憂鬱だな、マルティン」
ヴェルターがため息交じりに言うとマルティンはおかしそうに肩を揺らした。
「いやあ、あからさまでしたね。殿下がダメなら、他の男でもいいということでしょうか。なかなかにわかりやすい」
「それはそうだろう。マルティン。君は未だ婚約者のいない身。しかも王国で一二を争うほど優秀だ。私がレディでも君を狙っていたかもしれないよ」
マルティンは、王国一の、いや、どこを探しても――もっとも世界人類を全て見たわけではないが、見なくてもわかる。彼より美しい人はいないだろうと確信している。――そんな根っからの王子に純粋に褒められては、恐れ入りますともごもご言って赤面するよりなかった。
マルティンは気を立てなおしながら世界で最も美しい男にお返しをする。
「私がレディならヴェルター殿下に想いを寄せていたでしょうね。私ごときが安易に近づけない高貴な方ですから、遠くから見つめているくらいでしょうけど。そうすれば、殿下の容姿にひとめぼれといったところでしょうか」
まさか、マルティンに容姿を褒められると予想だにしていなかったヴェルターも赤面したことで馬車の中に、照れあう妙な空気が流れた。
辺境伯の領土に入り、屋敷まで少しとなったところでヴェルターは口を開いた。
「マルティン、私に言い寄る女性たちが欲しいのは、私ではなく権力だ」
「……そんなことは」
無いとは言い切れないが、それだけではないだろうとマルティンは思う。
「私は能力も容姿も特段優れているわけではないからな。いいんだ、マルティン。これからもっと精進するつもりだ」
ヴェルターはいつもの柔らかな表情をきりりと引き締めて、マルティンにこれ以上のお世辞は必要ないというように笑ってみせたのだった。マルティンはなんて自己分析の出来ない人なんだと呆気に取られ、帰ったら王太子宮の姿見をしっかり磨くように侍女に言いつけなくてはと思った。ヴェルターは自分にだけ厳しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
シュテンヘルム辺境伯は自ら最前面でヴェルターを迎えた。すっとヴェルターに静かな挨拶をすると、ヴェルターも彼に敬意を示した。沈黙が数秒、領主、シュテンヘルム辺境伯、アデルモ・フォン・エアハルドは次第に顔を歪め、それに気づいたヴェルターが後さずった。
現国王の年の離れた弟君、ヴェルターの叔父である。彼の容姿、王族を象徴した真珠色の髪はヴェルターよりやや黒っぽく輝く。ヴェルターより少し濃く色づいて見える瞳、よく似ている。違うのは上背と服の上からでもわかる鍛え上げられた身体だろうか。向かい合えば、ヴェルターの方が分が悪いのは明らかだった。じり、とヴェルターが踵を後ろに引いた時だった。アデルモはヴェルターが引くより早く前進した。
「ヴェルター!!!! 」
壁面に飾られた豪華な金縁の肖像画が彼の大音量で揺れる。がっちりと太い腕でホールドされてはヴェルターは受け入れるしかなかった。彼の気が済むまで。まるで幼子にるみたいに頬をすり寄せぎゅうぎゅうと抱きしめる様に、初めて見る侍従や護衛騎士は止めるべきか体を揺らし、不安げに周りの者の顔を伺ったが、マルティンが大丈夫だと制止した。
気品ある外見に不似合いな歓迎に、そこにいる者たちは何とも言えない表情で見守った。
「お兄ちゃんだよ、ヴェルター。あぁぁああああ、大きくなった。ん、まだ小さいな? 肉、おい、今日は肉をたんまり出してくれ。ちゃんと食事はとってるのか? 」
ぎゅうっと大きな手でヴェルターの頬を挟み、マルティンが類を見ないほどの容姿だと思ったヴェルターの御尊顔はぺちゃんこになっていた。
「ほひふふぇ」
「ん? なんだいヴェル」
「いふぁいふぇす」
ヴェルターは何とか狭い隙間から抜け出すと、
「叔父上、痛いです」
と自由になった口で今度ははっきりと伝えた。
「はは、ちょっと興奮してしまったな。みんなも長旅ご苦労だったまずは湯あみでもして疲れを癒すと良い。それからは、もてなそう。なぁに、護衛はうちの者に任せるといい」
アデルモはヴェルターと10ほども離れていない青年で、ヴェルターの幼少期は叔父というより兄妹のように育った。王宮にいる時はまだ細かったが、シュテンヘルムへ来てからは見違えるほどにたくましくなった。彼は国王の弟でありヴェルターの叔父であることはそっくりな容姿が無ければ信じがたいほどかけ離れた――豪快な男だった。そして、彼は彼の甥を溺愛していた。成人を翌年に控えた人間に対しての扱いが取れないほどに。
「叔父上、僕はもう子供ではありません」
ヴェルターの抗議にアデルモは目じりを下げた。小さい子が大人ぶったのを微笑ましく見る目だった。
「そうか、そうかぁぁあ」
また押しつぶされては敵わないとヴェルターは機敏に彼の手を避けた。
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可愛いもので、とアデルモは小声で言った。
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