悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

文字の大きさ
17 / 60
国境シュテンヘルムへ。

第5話ー3(シュテンヘルム辺境伯 )

しおりを挟む
 移動先で、その都度そこの領主である貴族の屋敷に宿を借り、都度もてなされたヴェルターはありがたくも困憊していた。政治的な便宜を図ろうとする者、非公式の行事が何かを探る者、一番多かったのがこれだ。自分の年ごろの娘、親族の娘を勧める者。一番の目的は王太子であるヴェルターだが、同行させた仕官、騎士、つまり良家の子息を狙う者たちだった。

 どれもオリブリュス公爵を恐れ、偶然を装って場を設けるのだから質が悪い。宿を世話になるのだから無下にも出来ず、適当にあしらっては来たが
「復路が憂鬱だな、マルティン」
 ヴェルターがため息交じりに言うとマルティンはおかしそうに肩を揺らした。
「いやあ、あからさまでしたね。殿下がダメなら、他の男でもいいということでしょうか。なかなかにわかりやすい」
「それはそうだろう。マルティン。君は未だ婚約者のいない身。しかも王国で一二を争うほど優秀だ。私がレディでも君を狙っていたかもしれないよ」

 マルティンは、王国一の、いや、どこを探しても――もっとも世界人類を全て見たわけではないが、見なくてもわかる。彼より美しい人はいないだろうと確信している。――そんな根っからの王子に純粋に褒められては、恐れ入りますともごもご言って赤面するよりなかった。

 マルティンは気を立てなおしながら世界で最も美しい男にお返しをする。
「私がレディならヴェルター殿下に想いを寄せていたでしょうね。私ごときが安易に近づけない高貴な方ですから、遠くから見つめているくらいでしょうけど。そうすれば、殿下の容姿にひとめぼれといったところでしょうか」

 まさか、マルティンに容姿を褒められると予想だにしていなかったヴェルターも赤面したことで馬車の中に、照れあう妙な空気が流れた。

 辺境伯の領土に入り、屋敷まで少しとなったところでヴェルターは口を開いた。
「マルティン、私に言い寄る女性たちが欲しいのは、私ではなく権力だ」
「……そんなことは」
 無いとは言い切れないが、それだけではないだろうとマルティンは思う。
「私は能力も容姿も特段優れているわけではないからな。いいんだ、マルティン。これからもっと精進するつもりだ」

 ヴェルターはいつもの柔らかな表情をきりりと引き締めて、マルティンにこれ以上のお世辞は必要ないというように笑ってみせたのだった。マルティンはなんて自己分析の出来ない人なんだと呆気に取られ、帰ったら王太子宮の姿見をしっかり磨くように侍女に言いつけなくてはと思った。ヴェルターは自分にだけ厳しかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇
 
 シュテンヘルム辺境伯は自ら最前面でヴェルターを迎えた。すっとヴェルターに静かな挨拶をすると、ヴェルターも彼に敬意を示した。沈黙が数秒、領主、シュテンヘルム辺境伯、アデルモ・フォン・エアハルドは次第に顔を歪め、それに気づいたヴェルターが後さずった。

 現国王の年の離れた弟君、ヴェルターの叔父である。彼の容姿、王族を象徴した真珠色の髪はヴェルターよりやや黒っぽく輝く。ヴェルターより少し濃く色づいて見える瞳、よく似ている。違うのは上背と服の上からでもわかる鍛え上げられた身体だろうか。向かい合えば、ヴェルターの方が分が悪いのは明らかだった。じり、とヴェルターが踵を後ろに引いた時だった。アデルモはヴェルターが引くより早く前進した。

「ヴェルター!!!! 」
 壁面に飾られた豪華な金縁の肖像画が彼の大音量で揺れる。がっちりと太い腕でホールドされてはヴェルターは受け入れるしかなかった。彼の気が済むまで。まるで幼子にるみたいに頬をすり寄せぎゅうぎゅうと抱きしめる様に、初めて見る侍従や護衛騎士は止めるべきか体を揺らし、不安げに周りの者の顔を伺ったが、マルティンが大丈夫だと制止した。

 気品ある外見に不似合いな歓迎に、そこにいる者たちは何とも言えない表情で見守った。

「お兄ちゃんだよ、ヴェルター。あぁぁああああ、大きくなった。ん、まだ小さいな? 肉、おい、今日は肉をたんまり出してくれ。ちゃんと食事はとってるのか? 」
 ぎゅうっと大きな手でヴェルターの頬を挟み、マルティンが類を見ないほどの容姿だと思ったヴェルターの御尊顔はぺちゃんこになっていた。
「ほひふふぇ」
「ん? なんだいヴェル」
「いふぁいふぇす」
 ヴェルターは何とか狭い隙間から抜け出すと、
「叔父上、痛いです」
 と自由になった口で今度ははっきりと伝えた。

「はは、ちょっと興奮してしまったな。みんなも長旅ご苦労だったまずは湯あみでもして疲れを癒すと良い。それからは、もてなそう。なぁに、護衛はうちの者に任せるといい」

 アデルモはヴェルターと10ほども離れていない青年で、ヴェルターの幼少期は叔父というより兄妹のように育った。王宮にいる時はまだ細かったが、シュテンヘルムへ来てからは見違えるほどにたくましくなった。彼は国王の弟でありヴェルターの叔父であることはそっくりな容姿が無ければ信じがたいほどかけ離れた――豪快な男だった。そして、彼は彼の甥を溺愛していた。成人を翌年に控えた人間に対しての扱いが取れないほどに。

「叔父上、僕はもう子供ではありません」
 ヴェルターの抗議にアデルモは目じりを下げた。小さい子が大人ぶったのを微笑ましく見る目だった。
「そうか、そうかぁぁあ」
 また押しつぶされては敵わないとヴェルターは機敏に彼の手を避けた。

「すまん、つい」
 可愛いもので、とアデルモは小声で言った。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...