悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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国境シュテンヘルムへ。

第5話ー2(そのころリティアは)

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 リティアはこの日も回想に耽っていた。ヴェルターの訪問がないものでしばらくは静かに過ごせそうだった。ミリーは主に取り仕切るメインイベントがなくなったことで気抜けしているのだろう。いい事づくめじゃないの、とは思うが口にするほど馬鹿ではなかった。

 王太子宮、ヴェルターの執務室の窓から見える記念樹を見て帰らなかった。大きくなっただろうか。もうあれ以上は大きくはならないのだろうか。思えば幼い頃に二人で植えた記念樹、二人の意見が合わなくて二本植えることになった。どちらも自分の意見を譲らなかったのを覚えている。今ならヴェルターが譲ってくれるだろうか。リティアだって我がままを押し通したりしない。大人になったのだ。大人になったが、自由に意見を言えるあの時の方が、今の関係より良かったのかもしれない。そして、二本の記念樹はけして一つになれない相入れない二人の関係性を物語っているような気がした。

 リティアには令嬢たちから多くのお茶会への招待状が届いていた。気乗りしないリティアは何とか体よく断れる理由がないかと模索していたが、良い案が浮かばず諦めた頃、リティアの母親が部屋を訪ねてきたのだった。

 聞けば、母親の馬車の調子が悪いとのこと。街へ出るくらいなら紋章のないものや、華美でないもの、または貸し馬車を使うが、皇后からの招待を受けるとなればそうもいかない。そこで、リティアに同乗を頼みに来たのだ。

「リティア、王宮への行き道だけでも送ってくれないかしら」
「いいえ、お母さま。私、しばらく外出の予定はありませんから、私の馬車を使っていただいて結構ですわ」

 母親はきょとんとする。こういう表情をすると二人はよく似ていた。
「でも、あなた。ヴェルター王子に会いに宮廷へ行く時や、令嬢たちのお茶会はどうするの? 」
「それが、お母さま。殿下はしばらくお忙しいみたいで宮廷にいらっしゃらないのですわ」
「まぁ、それで社交の場に出るのも気乗りしないのね? 」

 母親の勘違いに、否定しても勘ぐられそうで、リティアは微笑むしかなかった。その不自然な笑顔をを母親は無理をしていると判断し、いたわりをもってリティアを見つめた。
「そうね、リティア。あなたもこれからますます忙しくなるのだから、今のうちに休んでおきなさい。それと、ミリーを連れて行きたいのだけどいいかしら」
「ミリーを? 」
「そう。エルシャが妊娠していることは知ってるわね? 」
 エルシャは母付きの侍女だ。
「ええ」
「あまり馬車であちこちに連れて行きたくないのよ。かといって、皇后さまのところへ行くのにハンナではまだ頼りないでしょう。エルシャの穴埋めには3人は必要だと思うのだけど、こちらがぞろぞろと侍女を連れて行くのは不敬でしょうし、ミリーなら皇后さまも知った顔でしょうから。リティアが屋敷から出ないならミリーでなくても不便はないでしょう? 」
「ええ、大丈夫よ」

 リティアは思わぬ幸運が手に入った気分だった。お茶会に行かなくて済む正当な理由が出来ただけでなく、ミリーもいなくなるという事は……思い切りダラダラ出来る!リティアのダラダラはせいぜい一人静かに物思いに耽るくらいであるが、貴重な時間であった。緩んでしまう顔をごまかすのに俯くと、母親は心配する素振りを見せた。

「仕方がないわよ、殿下もご公務でお忙しいでしょうし。あなたたちは小さなころからずっと会っていたから少し会えなくなったくらいで寂しいでしょうけど、もうすぐ成婚するとこの家で過ごすのはあとわずか。私たちにもあなたを側における貴重な時間なの、忘れないでいてね」

 それから、
「殿下は公務が終わり次第すぐに会いに来て下さるわ。あなたが会いに行ってもいいじゃないの」と、目くばせした。
「あ、ええ」
 思わず微妙な返事をしてしまい母親は眉を寄せた。
「殿下、すぐにお帰りにならないの? 」
「え、ええ。おそらく」
「……どちらに行かれたか聞いていないの? 」
「それが、非公式の事らしく、詳しくは……」
「……そう。そうなのね」

 母親はしばらく顎に指を当てていたが、娘がいらぬ詮索をせずに済むようににっこりと笑った。

「心配ないわ、リティ。あなたも気分転換に街へ出かけたらどうかしら、お友達を誘って、新しく出来たカフェにでも行ってらっしゃい」
「はい、お母さま」

 リティアは自身の母親がヴェルターの母親である王妃にいらぬことを言わないかと心配した。ややこしくしないでと願うばかりだ。

 婚約破棄後の事を考えると、リティアがヴェルターを異性として慕っている中で破棄されたと思われると、相当な同情と心痛を周りに強いる。かといって気のない振りをするのも婚約者である今の状況としてよろしくは無い。この複雑な胸の内を打ち明けられる友人も身内も侍従もいない。どんな態度をとっていいかわからず、リティアはただその日が来るのを待つしかなかった。

 孤独であった。
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