悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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国境シュテンヘルムへ。

第5話 (長旅の往路は平和です)

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 ヴェルターはしばらくはリティアのドレスについて頭を悩ませ、心を浮つかせたが、遠出の日が近づくにつれて浮ついた心がしずまっていった。

 リティアからあれ以来連絡がなかったからだ。こちらからの書簡に返事があっただけだ。来月は会おうということと、帰れば連絡するといった趣旨の手紙で、それに対するリティアの返事は、色々と装飾はついていたものの、取り払うと簡潔に“わかりました”と書いてあっただけだった。リティアは会えなくなると言っても、なぜかなど聞き返すこともなかった。根ほり葉ほり聞くのは不敬だと思ったのかもしれないが、自分との仲なのに、と寂しく思う。

 ――リティアは……。辺境伯の屋敷へ向かう馬車に揺られてヴェルターはリティアのことを考えていた。

 リティアはヴェルターが次回彼女へ訪問出来ないと伝えた時、ほっとしたように見えた。がっかりするだろうと、もしそうなら、慰めることまで考えていたのに。ヴェルターは自身の訪問時にリティアがどんな態度だったかを思い出すとほっとしたことにつじつまがあうと感じた。

「そうか、リティアにとっては俺との面会は楽しい時間では無かったということか」
 小さな呟きは馬車の車輪の音でマルティンには聞こえなかったようで、ヴェルターは考え事に傾注出来た。
 
 ヴェルターは会えないことをこうもすんなり受け入れられると、他のことも気にかかってくる。“二人並んで輪郭がぼんやりしちゃう” だとか“メリハリのある濃い容姿なら良かった”だとか。“私が遠慮するべきよね。あなたの隣に立つ女性はもっと”だとか。端々に滲むもの。

 もっと、なんだろうか。遠慮する、だなんて。いったい、君の他に誰が俺の隣に立つというのだ。目的地に着くまでの道のりは遠く、考え事をしてしまうには十分な時間があった。脳は一度ネガティブに傾くと、考えたくないことまで考えてしまう。むしろ、考えたくない事態を想像するのに冴えだすのだ。

 メリハリのある濃い容姿、だと?
 
 一度傾きだしたヴェルターの脳はすっかりと転げ落ちる。“彼は、あなたと真逆ね”

 ウォルフリック・シュベリー。ぱっと脳が彼の姿を拾う。夜のような深い色合いの髪、黒曜石の瞳。同性でも見とれてしまう、眉目秀麗な外見でしっとりとした色気もある。だが、それを鼻にかけるでもなく、浮ついた噂もない。彼の謹厳実直な仕事ぶりには感銘を受けるほどだ。

 彼の話をしたあと顔を赤らめたリティアを思い出すと、ヴェルターは胸が塞がる思いがした。この予感が杞憂に終わることを望むしかなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇

 マルティンはどれだけ馬車が揺れようが、体勢も表情も一切変わらない王太子に尊敬の眼差しを向けていた。なんて体幹と精神力の強いお方なのだ。
 自分はというと馬車の揺れに気が滅入り早くも飽き飽きとしていた。仕事は持って来ていたが、こう揺れては文字も書けなければ、文字も追えなかった。尻が痛い。だが、王太子が寛がない対面で自分が体勢を変えるわけにいかず、ヴェルターが話を振ってくれやしないかと期待した。だが、ヴェルターは深く考え事をしているようで目は合っているように見えるのに瞳には何も映していないようだった。

 この度のこと、憂鬱になる殿下の気持ちはよくわかる。アデルモ殿下は少々型破りなところがおありになる。悪い方ではないが、ヴェルター殿下は圧倒され気疲れされるだろう。しかも、今回の目的はラゥルウントの一癖も二癖もあるという噂の王女と会合させられるのだ。それも、女王と“仲良くなって欲しい”という理由でだ。おいたわしい。本来ならアデルモ殿下の管轄であり、先代で締結されたもの。再契約が必要ならば、女王から陛下へ謁見を申し出るのが筋ではないか……。それを非公式で王太子を呼びつけるとは何やらきな臭い。

 どうやらマルティンも随分と考え込んでいたらしい。ヴェルターをどう励ましていいか考えていたつもりがいつの間にか、ヴェルターに心配そうに見つめられていた。
「申し訳ない、マルティン。君にばかり仕事をさせて。少しぼーっとしていたようだ。ところでそれは、そんなに難しい案件だったのか」
「ああ、いえ。こちらも書類を手に考え事をしていた次第で」
「そうか。いや、この揺れの中、書類に目を通しているのだから、君は随分と三半規管が強いのだなと感心していたところだ」
「……恐れ入ります」

 マルティンは三半規管を褒められるという初めての経験をして恐縮した。
 いや、そうではなく。マルティンは赤面して熱くなった頬を冷ましながら、反省する。いや、慰めてさしあげようとして反対に励まされてどうする。

「殿下、長旅になりますのでどうぞ私の事は気にせずにお体をお休めになってはいかがでしょう」
「いや、大丈夫だ」

 マルティンは大丈夫なことに驚きながら、ひた向きで美しい目を正面から受けては意図せずまた頬を赤くした。幼くして王となるべく教育されたヴェルターは人心掌握に長けている。これは彼の持って生まれたものだろうか。などと考えていると、ヴェルターははっとして急に体を不自然に傾けた。
「君も、休むといい」
「……ええ、では、失礼します」

 マルティンはヴェルターの気遣いにヴェルターより控えめな傾斜で体を傾けた。それに気づいたヴェルターが、また体を傾け、二人の気遣い合戦はマルティンが止めるまで続いた。
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