14 / 60
王子、苦悩する。
第4話ー4
しおりを挟む
マルティン・アルデモートは王太子の執務室へと急ぎながらなぜ呼び出されたのかを考えていた。急ぎの用はなかったと思ったが。不備があったのだろうかと、執務室に入ると、王太子の視線は机の横、窓枠に固定されていた。
これはよっぽどお怒りなのかと身に覚えはないが背筋に冷たいものが走る。なかなか口を開かないヴェルターにマルティンはから声を掛けるわけにもいかず、マルティンは自分がしでかしただろうことを出来るだけ思い出すことに努める時間となった。
窓の外は季節の嵐で、歴史ある宮殿の窓はガタガタと大きな音を立てていた。……窓を強化しろとのことだろうか。それなら自分ではなくエアンが呼ばれるはずだ。
「マルティン」
ヴェルターの声にマルティンはひっ、と肩を上げた。
「はい、なんでございましょうか」
「君の意見を聞きたい」
「は、意見でございますか」
叱責を受けるのではないとほっとしたが、ヴェルターの視線はまだ窓枠にぎっちり固定されていて何の意見なのかなかなか聞かせて貰えなかった。
ふう、とため息を吐くと、ヴェルターは言った。
「マダム・シュナイダーの処遇についてだが」と。
予想だにしていない名前にマルティンはポカンとした。マダム・シュナイダーの処遇について、を自分に意見を求めるものか。彼女が不正でもしたのだろ……
「マルティン、昨日、リティアのドレスは見たか? 」
考えのまとまらないまま話が続けられ、マルティンはなぜかを考えるより昨日のリティアのドレスを思い出すことを優先した。
「ええ、見ました」
「何だと!? 見たのか!? 」
ヴェルターの窓枠の固定は外れ、王太子の綺麗な目が刺すように鋭くマルティンに向けられた。
「え、いえ。殿下が体で遮られたではありませんか。色ぐらいはわかりましたが」
「そうか」
ヴェルターの声はいつもの穏やかなものに変わり、視線もまた窓枠へと戻っていった。マルティンは早くなった鼓動を落ち着けるように息を整えた。何だっていうのだ。
「オリブリュス公爵令嬢のドレスがどうかなさいましたか」
「ああ、あれをデザインしたのがマダム・シュナイダーなのだが。あのドレスはいささか不備があるのではないか」
ヴェルターは小さく「忌々しい」と吐き捨てた。
「そうでしょうか」
マルティンは普段は感情を表に出さない王太子の態度に珍しいものを見る気持ちだった。
「肌の露出……が、多くないだろうか」
「そうでしょうか。最近の流行は襟ぐりが大きく開いたものですが、見たところ……令嬢のドレスは、」
あまり開いていなかった。袖も手首まで覆われて、と話しながら思い出す。
「見たところ、だと!? 」
マルティンは王太子の剣幕にひっと肩を跳ねさせたが、慌てて訂正する。
「顔をそちらに向ければ自然に目に入る範囲でございます」
「……そうか」
マルティンはふうふう息を吐いていたが、ヴェルターの視線が窓枠に固定されたのを確認するとヴェルターの意見を聞くことにした。
「殿下は令嬢をご覧になってどう思われましたか」
ヴェルターはうん、と咳払いして、そこからは随分と饒舌になった。
「あのような姿で馬車を下りて宮庭を歩くなどと危険だとは思わないのだろうか。いや、この豊かで平和なフリデン王国でことさら治安の良い首都ルーイヒにある宮殿ほど安全なところはない。ないがな、あのような姿では、んんんん。貴婦人に免疫のない若い男なんかは、惑わされるのではないか。いや、免疫などあったとしてもリティの前では無意味、つまり、私はリティの身だけを心配しているのではなく、懸想する輩も少なくないのではと思う。リティにはすでに婚約者がいるのだし、無駄な横恋慕、いや、そんな反逆を犯す輩はいないだろうが、リティアを見てしまった男には私が同情することになるかもしれないと危惧したのだ。あのような姿は、罪深い。そうは思わないか」
王国で屈指の頭脳を持つマルティンでも何を言っているのかわからなかった。何度“あのような姿”と言っただろうか。……3回。とマルティンは頭の中で数えた。
「つまり、殿下はリティア嬢のドレス姿は」
「……素晴らしかった」
ヴェルターは感嘆の言葉を述べた。窓枠に視線を固定してるがゆえにマルティンに表情は見えなかったが、恍惚としているに違いない声だった。
「ええ、ではマダム・シュナイダーの処遇については意見を相殺致しまして現状維持という事でいかがでしょうか」
「そうか。では、君の意見を尊重することにしよう」
「はい。では、私はこれで失礼しても? 」
「ああ」
「では」
「マルティン」
「は?」
マルティンはドアにかけた手を置いてヴェルターへ顔を向けた。
「今日は、比較的穏やかな天気だな」
「……え、ええ」
マルティンは執務室から出ると首を傾げた。廊下の窓もガタガタと揺れ、窓ガラスに雨粒が叩きつけられる音が聞こえた。……穏やかな天気とは?
マルティンは頭に手をやり自身の癖っ毛がいつもにも増してあっちこっちへ散っているのを確認すると、
「止みそうにないけどな……」と呟いた。
速足で仕事に戻りながら、ヴェルターの言葉を分析した。
なるほど。リティア嬢のドレスは気に入ったのか。だが、それを他の男に見せたくないと。“若い男”? 殿下より? ご自分が惑わされたということか。ご自分の婚約者殿に?
「何をいまさら」
マルティンは理不尽に呼ばれたことで滞った職務に戻るため、髪を弾ませて廊下を急いだ。
これはよっぽどお怒りなのかと身に覚えはないが背筋に冷たいものが走る。なかなか口を開かないヴェルターにマルティンはから声を掛けるわけにもいかず、マルティンは自分がしでかしただろうことを出来るだけ思い出すことに努める時間となった。
窓の外は季節の嵐で、歴史ある宮殿の窓はガタガタと大きな音を立てていた。……窓を強化しろとのことだろうか。それなら自分ではなくエアンが呼ばれるはずだ。
「マルティン」
ヴェルターの声にマルティンはひっ、と肩を上げた。
「はい、なんでございましょうか」
「君の意見を聞きたい」
「は、意見でございますか」
叱責を受けるのではないとほっとしたが、ヴェルターの視線はまだ窓枠にぎっちり固定されていて何の意見なのかなかなか聞かせて貰えなかった。
ふう、とため息を吐くと、ヴェルターは言った。
「マダム・シュナイダーの処遇についてだが」と。
予想だにしていない名前にマルティンはポカンとした。マダム・シュナイダーの処遇について、を自分に意見を求めるものか。彼女が不正でもしたのだろ……
「マルティン、昨日、リティアのドレスは見たか? 」
考えのまとまらないまま話が続けられ、マルティンはなぜかを考えるより昨日のリティアのドレスを思い出すことを優先した。
「ええ、見ました」
「何だと!? 見たのか!? 」
ヴェルターの窓枠の固定は外れ、王太子の綺麗な目が刺すように鋭くマルティンに向けられた。
「え、いえ。殿下が体で遮られたではありませんか。色ぐらいはわかりましたが」
「そうか」
ヴェルターの声はいつもの穏やかなものに変わり、視線もまた窓枠へと戻っていった。マルティンは早くなった鼓動を落ち着けるように息を整えた。何だっていうのだ。
「オリブリュス公爵令嬢のドレスがどうかなさいましたか」
「ああ、あれをデザインしたのがマダム・シュナイダーなのだが。あのドレスはいささか不備があるのではないか」
ヴェルターは小さく「忌々しい」と吐き捨てた。
「そうでしょうか」
マルティンは普段は感情を表に出さない王太子の態度に珍しいものを見る気持ちだった。
「肌の露出……が、多くないだろうか」
「そうでしょうか。最近の流行は襟ぐりが大きく開いたものですが、見たところ……令嬢のドレスは、」
あまり開いていなかった。袖も手首まで覆われて、と話しながら思い出す。
「見たところ、だと!? 」
マルティンは王太子の剣幕にひっと肩を跳ねさせたが、慌てて訂正する。
「顔をそちらに向ければ自然に目に入る範囲でございます」
「……そうか」
マルティンはふうふう息を吐いていたが、ヴェルターの視線が窓枠に固定されたのを確認するとヴェルターの意見を聞くことにした。
「殿下は令嬢をご覧になってどう思われましたか」
ヴェルターはうん、と咳払いして、そこからは随分と饒舌になった。
「あのような姿で馬車を下りて宮庭を歩くなどと危険だとは思わないのだろうか。いや、この豊かで平和なフリデン王国でことさら治安の良い首都ルーイヒにある宮殿ほど安全なところはない。ないがな、あのような姿では、んんんん。貴婦人に免疫のない若い男なんかは、惑わされるのではないか。いや、免疫などあったとしてもリティの前では無意味、つまり、私はリティの身だけを心配しているのではなく、懸想する輩も少なくないのではと思う。リティにはすでに婚約者がいるのだし、無駄な横恋慕、いや、そんな反逆を犯す輩はいないだろうが、リティアを見てしまった男には私が同情することになるかもしれないと危惧したのだ。あのような姿は、罪深い。そうは思わないか」
王国で屈指の頭脳を持つマルティンでも何を言っているのかわからなかった。何度“あのような姿”と言っただろうか。……3回。とマルティンは頭の中で数えた。
「つまり、殿下はリティア嬢のドレス姿は」
「……素晴らしかった」
ヴェルターは感嘆の言葉を述べた。窓枠に視線を固定してるがゆえにマルティンに表情は見えなかったが、恍惚としているに違いない声だった。
「ええ、ではマダム・シュナイダーの処遇については意見を相殺致しまして現状維持という事でいかがでしょうか」
「そうか。では、君の意見を尊重することにしよう」
「はい。では、私はこれで失礼しても? 」
「ああ」
「では」
「マルティン」
「は?」
マルティンはドアにかけた手を置いてヴェルターへ顔を向けた。
「今日は、比較的穏やかな天気だな」
「……え、ええ」
マルティンは執務室から出ると首を傾げた。廊下の窓もガタガタと揺れ、窓ガラスに雨粒が叩きつけられる音が聞こえた。……穏やかな天気とは?
マルティンは頭に手をやり自身の癖っ毛がいつもにも増してあっちこっちへ散っているのを確認すると、
「止みそうにないけどな……」と呟いた。
速足で仕事に戻りながら、ヴェルターの言葉を分析した。
なるほど。リティア嬢のドレスは気に入ったのか。だが、それを他の男に見せたくないと。“若い男”? 殿下より? ご自分が惑わされたということか。ご自分の婚約者殿に?
「何をいまさら」
マルティンは理不尽に呼ばれたことで滞った職務に戻るため、髪を弾ませて廊下を急いだ。
0
あなたにおすすめの小説
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる