悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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国境シュテンヘルムへ。

第5話ー5(シュテンヘルム辺境伯 )

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 「ここからは一番新しく作った箇所であるのだが」
 アデルモはくるり振り返り手で、待つように指示した。

「これから使う予定である。希望をもって建築させた。で、あるから……」
 アデルモはもったいぶって一度言葉を切った。全員が沈黙してアデルモの言葉を待つ。アデルモの王族独特の綺麗な目が泳いだ。
「同情は禁物だ」
 そう言うと大きな体を翻しずんずんと進んでいた。

 謁見の間、寝室、第二寝室、図書室、ゲストルーム、同情すべきものが見当たらず、ヴェルターは不思議に思った。
「叔父上、わざわざ付け足された理由がわからないのですが」
 確かに華美で明るい造りではあるが、部屋の用途は以前からあるもの変わりがなかった。アデルモが咳払いし、開けた部屋。
「ここは、夫婦専用の祈祷室」
「え? 」
 ヴェルターがアデルモを見上げると光をたっぷりと取り入れられるよう設計された室内ではアデルモの白い肌が耳まで赤く染まるのが見えた。

「私一人で使っている。今は、まだ」
 あ、とヴェルターは悟った。が、この際自分は無邪気な甥に戻って聞くことにした。
「叔父上、もしかして先ほどの寝室も」
「う、あ、夫婦専用の寝室だ」
「ええ。で? 」
「私一人で使っている。今は。今は、だ! 」
 ついに大声で言ったアデルモに同情するものはいなかった。容姿端麗、頭脳明晰、領主としての資質。愛情深い性格。扱いの難しい隣国との国境でうまく事が運んでいるのは彼の功績だ。誰もが避けたい難所を、このシュテンヘルムの領主を敢えて引き受けてくれたのだと知っていた。他に、ヴェルターは優れ過ぎた彼が王都を離れたのは、さらに自分が王位継承にかかわることが無いように、と熟慮してのことだろう。謀などする人ではないのに。

 ヴェルターは生まれたときからリティアという婚約者がいた。勿論政治的な意味合いが絡んでいるが、一番平和で信頼できる相手を選んだのがわかる。アデルモにも縁談はたくさんあったはずだ。金も権力も、人徳もある彼が結婚できないはずがないのだ。

「叔父上、結婚されたいのですね」
「ああ。ようやく落ち着いたからな」
 ヴェルターの申し訳なさそうな視線にアデルモはヴェルターの頭をがしがしと撫でた。
「私の運命は受け入れている。それが王族の責任というものだ。だがな、ヴェルター。同情は禁物だ。俺は、自分の結婚に勿体ぶりすぎたんだ」
「勿体ぶるとは」
 ヴェルターは初めて聞く叔父の結婚事情だった。
「貴族なんてのはどうせ政略結婚だ。それなら、誰と結婚するのが一番国にとって有益か。なんて考えてるうちにこんな辺鄙なとこへ来ちゃったもんだから、何不自由なく育った王都の令嬢をここに呼ぶのは忍びなくて、だな。王都にいるうちに愛を育めなかったという出遅れがもたらした|《この年まで独り身》結果だ」
「なるほど。では、ようやく夫人を迎える準備が出来た、ということですね」
「ああ、気持ち上もだが、宮殿の仕上がりも素晴らしい。古い石造りの建物は、寒い季節はいくら暖炉に薪をくべようと底冷えがひどくてな、山脈も近いし、湿地もあるからかナメクジが……這い出てくる。ご婦人の好む環境ではなかったからな」

 アデルモは満足そうに微笑んだ。わざわざ来賓を引き連れて寝室までみせるくらいだ。気に入っているのだろう。
「では、良い縁談があるのですか」
「ない」
 すっと笑みの引いた顔でアデルモは言い切った。
「では、想う令嬢がいらっしゃるのですか」
「いない」
 こちらの返答も早かった。どう返したものかわからずにいると、アデルモはふっと眉を下げた。

「いやな、正直縁談が無いわけじゃない。ところが貴族の、相手を望む未婚令嬢とくれば、ヴェルター、お前ほどの年の子になるんだ。さすがに甥っ子と同い年の令嬢はなぁ。こんなおっさんじゃ気後れしてしまう」
 自由そうに見えるアデルモは女性に対しては謙虚なところがあるのだろうか。確かに今結婚相手を探すのに躍起になっているのは成人前後の令嬢だろう。だが、
「叔父上もお若いのですから」

 ヴェルターがそう言うとアデルモは片方の口角を上げて不敵に笑った。
「うむ。今や俺は政治的選択がそう重要で無くなってな。ある意味気楽になってよかったと思っている。自分の趣味趣向でああでもないこうでもないと欲を出すとな、かえってモテなくなってしまった」
「つまり、叔父上、高望みしすぎた、ということですか」
 高望みしても良い人なのだが、とヴェルターは首を傾げる。
「時にマルティン」
 マルティンはヴェルターとアデルモの似ている個所と似ていない個所を見つけて楽しんでいたので、急に話を振られて体を浮かせた。
「は! なんでしょうか」
「俺の何が駄目なんだろうか」

 王国一二の頭脳でもアデルモの欠点は見つけられなかった。マルティンはおっべっかを使うことに慣れていなかった。なぜならマルティンもおべっかを受ける側だったからだ。史書の解析なら得意なのに。マルティンはヴェルターがに言った言葉を思い出した。殿下には一目ぼれ、ではその叔父はヴェルターにさらに色気を足したようなお方。

「私がレディなら、例え一晩でもお願いしたいくらい魅力的でございます」

 マルティンはおっべっかにとことん慣れていなかった。護衛の騎士たちがサッとマルティンから距離をとったように感じた。
「レディなら! って言ったでしょうが! では、あなたたちはこの方を見て令嬢たちが正気を保てるとでも!? 」
「……いえ。お相手願いたいほどです」
「私もそう思います」

 騎士たちは忠実だった。
「うむ。君たちは、えー、後で剣のお相手を申し受けよう」
 アデルモは気を良くしたようだった。が、マルティンは変な噂が立たぬよう
「例え、さっきのは例えですからね」
 と、廊下を歩く間言い続けた。
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