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国境シュテンヘルムへ。
第5話ー8(帰宮)
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……帰り道。辺境伯の宮殿を出る時には荷馬車が二台増えた。一つは甥を溺愛する叔父からの贈り物が詰まっていた。もう一つはアン女王個人からの贈り物だった。その中にはリティアに宛てたものもあった。
ヴェルターは揺れる馬車の中でリティアを思った。彼女は、自分の帰りを待ちわびているのだろうか、と。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宮は思ったより早くなった。往路と同じように貴族たちの邸宅でもてなされたが一行の疲労具合に領主たちは早々に諦めた。実際は早く休ませたいマルティンが侍従たちの軽口に噂を乗せて牽制したのだ。“なんでもラゥルウント国が、権威ある独身の者を探しているらしい”と。貴族たちは違う意味でヴェルターの目に留まってはまずいと娘と息子を隠し、ヴェルター一行はゆっくりと休めたのだった。
帰宮した翌日、ヴェルターは留守を任せた執事エアンから報告を受けていた。
「特に問題は無かったようだな」
「はい、書簡がいくつか届いていますが急ぎのものはございません」
手渡されたものの差出人を確認する。とくに重要なものは無く
「これと、これは君の方から返事を書いておいてくれ」
そう言って分別し、もう無いのかとエアンの手元を見る。仕事の物とは別に渡すだろう物、それに気づいたエアンは
「リティア嬢に訪問の手紙を書かれますか? 」
と尋ねた。
「そうだな。今回は私のせいで会う時間が取れなかったからな」
「あ、ええ」
エアンの煮え切らない物言いにヴェルターは首を傾げた。
「何だ? 」
「……先ほど、リティア嬢の馬車をお見かけしたので、ひょっとするとこちらに会いに来られたのでは、と思いまして。お調べ致しましょうか? 」
「ああ、いや、いい。ラゥルウントの王女からリティア宛てに贈り物を言付かっている。私が持って行くべきだろう」
ヴェルターはもっともらしい理由を言った。
「そうですか。では、そのようにオリブリュス公爵家の侍従に手紙を言づけましょう」
「そうしてくれ」
エアンが部屋から出て行くと、ヴェルターはそこにいる侍女に尋ねた。
「私が留守の間、リティア嬢はこの宮殿に来ていたか? 」
「はい、おそらく。オリブリュス公爵令嬢の馬車は何度か見かけました」
「リティアは? 」
「いえ、私どもは令嬢の姿までは……あ、しかし令嬢お付きの侍女は見かけました」
リティアの侍女、といったらミリーか。ミリーがリティアを置いてここへ来るはずはない。ということはリティアはここへ来ていたのだろう。ヴェルターは何とも言えない気持ちになった。
「何度だ? 何度見かけた? 」
侍女は不思議そうな顔をしながら指を折り
「三度です」
そう答えた。
一人になったヴェルターは深い溜息を吐いた。リティアがこの宮殿に来ている。ヴェルターの帰宮は予定より二日も早まったのだ。リティアはそのことを知らずに来ているはずだった。
「私に会いに来たのではない。私がいないことを知っていて三度も。……誰に会いに来たというのだろう」
以前のように立ち上がり窓の外を覗く。だが、そこにリティアの姿は無かった。それに、ほっとして、反対に見えないことにがっかりもした。ドアがノックされ再びエアンが入って来る時にはヴェルターは複雑な気持ちは胸の奥にしまい、平静を装った。
「ヴェルター様、先ほどのリティア嬢の件ですが、侍従に手紙を言付けようにもいつもの馬車庫に停めていないようで。……確かにいらっしゃっていたはずなので、少々お時間いただいて馬車の通行を管理している者に確認を……」
ヴェルターはエアンの言葉をそこで遮った。
「急ぎではないのだから、構わない。今日は王太子宮ではない所へ向かったのだろう。構わないさ、私もまだ旅の疲れも取れていない。また改めるとしよう」
「ええ、承知いたしました」
いくら待ってもこの日はリティアが自分の執務室に来ることはないだろう。そう開き直ると待つ必要もなく、いくらか気持ちが楽になった。リティアの馬車がどこに停められているか、などと聞きたくは無かった。
ヴェルターはそこから考えるのをやめた。考えたところで良くない思考に囚われるのは分かっていた。何も考えたくなかった。それなのに、感情が口を突いた。
「ここまで来て、この部屋に立ち寄ることはそんなに面倒なことなのか」
この宮殿に来て自分を思い出さないことがあるだろうか。ヴェルターは不思議でしょうがなかった。リティアの行動に疑問を持つ、それは自分の気持ちとリティアの気持ちに隔たりがあるということをヴェルターは感づいていた。同じ気持ちではないということだ。うっすらとしたものが日々濃くなっていく。
ふ、とヴェルターの脳裏にアン女王の笑顔が浮かんだ。婚姻か。王族に生まれ、結婚に夢を持つなど、いつからこんな馬鹿げたことを考える様になったのだろうか。アンは、結婚は想い合った人と、と提案してきた。ヴェルターが一番重要としていないもので、かつ期待してきたものだった。想い合った人と、か。想い合うといことは、向こうからも想われなければならないのか。ヴェルターは当たり前のことに自虐的な笑みを浮かべた。
ヴェルターは揺れる馬車の中でリティアを思った。彼女は、自分の帰りを待ちわびているのだろうか、と。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宮は思ったより早くなった。往路と同じように貴族たちの邸宅でもてなされたが一行の疲労具合に領主たちは早々に諦めた。実際は早く休ませたいマルティンが侍従たちの軽口に噂を乗せて牽制したのだ。“なんでもラゥルウント国が、権威ある独身の者を探しているらしい”と。貴族たちは違う意味でヴェルターの目に留まってはまずいと娘と息子を隠し、ヴェルター一行はゆっくりと休めたのだった。
帰宮した翌日、ヴェルターは留守を任せた執事エアンから報告を受けていた。
「特に問題は無かったようだな」
「はい、書簡がいくつか届いていますが急ぎのものはございません」
手渡されたものの差出人を確認する。とくに重要なものは無く
「これと、これは君の方から返事を書いておいてくれ」
そう言って分別し、もう無いのかとエアンの手元を見る。仕事の物とは別に渡すだろう物、それに気づいたエアンは
「リティア嬢に訪問の手紙を書かれますか? 」
と尋ねた。
「そうだな。今回は私のせいで会う時間が取れなかったからな」
「あ、ええ」
エアンの煮え切らない物言いにヴェルターは首を傾げた。
「何だ? 」
「……先ほど、リティア嬢の馬車をお見かけしたので、ひょっとするとこちらに会いに来られたのでは、と思いまして。お調べ致しましょうか? 」
「ああ、いや、いい。ラゥルウントの王女からリティア宛てに贈り物を言付かっている。私が持って行くべきだろう」
ヴェルターはもっともらしい理由を言った。
「そうですか。では、そのようにオリブリュス公爵家の侍従に手紙を言づけましょう」
「そうしてくれ」
エアンが部屋から出て行くと、ヴェルターはそこにいる侍女に尋ねた。
「私が留守の間、リティア嬢はこの宮殿に来ていたか? 」
「はい、おそらく。オリブリュス公爵令嬢の馬車は何度か見かけました」
「リティアは? 」
「いえ、私どもは令嬢の姿までは……あ、しかし令嬢お付きの侍女は見かけました」
リティアの侍女、といったらミリーか。ミリーがリティアを置いてここへ来るはずはない。ということはリティアはここへ来ていたのだろう。ヴェルターは何とも言えない気持ちになった。
「何度だ? 何度見かけた? 」
侍女は不思議そうな顔をしながら指を折り
「三度です」
そう答えた。
一人になったヴェルターは深い溜息を吐いた。リティアがこの宮殿に来ている。ヴェルターの帰宮は予定より二日も早まったのだ。リティアはそのことを知らずに来ているはずだった。
「私に会いに来たのではない。私がいないことを知っていて三度も。……誰に会いに来たというのだろう」
以前のように立ち上がり窓の外を覗く。だが、そこにリティアの姿は無かった。それに、ほっとして、反対に見えないことにがっかりもした。ドアがノックされ再びエアンが入って来る時にはヴェルターは複雑な気持ちは胸の奥にしまい、平静を装った。
「ヴェルター様、先ほどのリティア嬢の件ですが、侍従に手紙を言付けようにもいつもの馬車庫に停めていないようで。……確かにいらっしゃっていたはずなので、少々お時間いただいて馬車の通行を管理している者に確認を……」
ヴェルターはエアンの言葉をそこで遮った。
「急ぎではないのだから、構わない。今日は王太子宮ではない所へ向かったのだろう。構わないさ、私もまだ旅の疲れも取れていない。また改めるとしよう」
「ええ、承知いたしました」
いくら待ってもこの日はリティアが自分の執務室に来ることはないだろう。そう開き直ると待つ必要もなく、いくらか気持ちが楽になった。リティアの馬車がどこに停められているか、などと聞きたくは無かった。
ヴェルターはそこから考えるのをやめた。考えたところで良くない思考に囚われるのは分かっていた。何も考えたくなかった。それなのに、感情が口を突いた。
「ここまで来て、この部屋に立ち寄ることはそんなに面倒なことなのか」
この宮殿に来て自分を思い出さないことがあるだろうか。ヴェルターは不思議でしょうがなかった。リティアの行動に疑問を持つ、それは自分の気持ちとリティアの気持ちに隔たりがあるということをヴェルターは感づいていた。同じ気持ちではないということだ。うっすらとしたものが日々濃くなっていく。
ふ、とヴェルターの脳裏にアン女王の笑顔が浮かんだ。婚姻か。王族に生まれ、結婚に夢を持つなど、いつからこんな馬鹿げたことを考える様になったのだろうか。アンは、結婚は想い合った人と、と提案してきた。ヴェルターが一番重要としていないもので、かつ期待してきたものだった。想い合った人と、か。想い合うといことは、向こうからも想われなければならないのか。ヴェルターは当たり前のことに自虐的な笑みを浮かべた。
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