悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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真のヒロイン、悪女とは……。

第6話 

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 リティアがミリーのいない自室にこもるのを満喫し、そろそろ飽きてきた頃、どこか出かけようかと思いついた。豪勢な馬車は母親が使用しているが他の馬車はある。

 リティアはふと思いついたことを試してみようと試みることにした。一つ、新しく出来たカフェに行く。二つ、今なら暫定ヒロインの自分が出かけたら誰か麗しい男性に“偶然”出会うのが目的かのように出くわすのではないか、という好奇心だった。期待したわけではない。試してみたくなったのだ。つかの間の好意を向けられるのも悪くはないのかもしれない。悪女が登場までの期間限定であることを理解しているからこそ、楽しめるのだ。

 ミリーと違って他の侍女からは深く追求されることなく外出することが出来た。久しぶりの街にリティアの胸も高鳴った。誰かに出会うだろうか。そう思いながら馬車から降りた時だった。リティアは周りを見渡すまでもなく見知った顔を見かけたのだ。

 あれは、マルティン・アルデモート補佐官では。

 通りの向こう側をつい数時間前にヴェルターに同行し遠征から戻ったばかりのマルティンが歩いていた。貴族の馬車があれば誰だろうかと目を向けてしまうのはマルティンも同じで、目が合ったからには挨拶をとリティアに近づいてきた。なんせリティアはヴェルターの婚約者であるのだから。

「リティア嬢、こんなところでお会いするとは」
「ええ、もう帰られたのですね」
「はい。予定より二日ほど早く帰れまして。つい先ほど殿下も宮へお入りになりました」
「まぁ、では補佐官様は休む間もなくということですか? 」
「いえ、今日中に急ぎの物を終わらせておけば数日休暇をいただける予定です」
「そうでしたか」

 はた、と目が合うとマルティンは不自然でない程度に目を逸らした。リティアをら己の首が飛ぶのではとヴェルターを恐れた防衛本能だった。リティアはマルティンの態度は無礼にならないためかとこの場は流した。

「遠征はいかがでしたか? 」
 リティアに尋ねられ、マルティンはまず確認する。

「この度の遠征の詳細は殿下からお聞きになりましたか? 」
「ええ、シュテンヘルムの叔父様への訪問と、それから隣国ラゥルウントの王にお会いすると。極秘ではないと聞いておりますが」

 マルティンは辺境伯を叔父様と呼んだリティアに少し口元を緩めた。
「そのとおりです。このあたりに比べればまだまだですがシュテンヘルムも辺境伯の統治により暮らしやすい街になっています。季節によってはあちらの方が過ごしやすいかもしれませんね」
 リティアはマルティンの表情から、楽しい旅だったのだと推測した。
「殿下も叔父様にお会いできて嬉しかったでしょうね。長旅の馬車は退屈ではなかったですか? 」
 マルティンは、馬車の中でヴェルターと互いに気遣い、互いに褒め合い妙な空気になったことを思い出し、一瞬返事に詰まった。
「……あ、ええ。とても、有意義な旅、でした。うほん」
 マルティンはこの場を早く切り抜けることにしたが、リティアはマルティンに次の質問をした。
「アン女王はどんな方でしたか」
「……あー、ええ。噂と違ってとても聡明で、この国では見ない深紅の髪と、深い紫の瞳。目を見張るほど美しい方でした。勿論殿下も美しいので、あ。いえ。不安になることは何もなくすべて順調でございました」
 
 ラゥルウントは交流はあるとはいえまだ謎の多い国で、ましてやリティアに入って来るアンの情報はあの噂話だけだった。だが、それは関わりのないリティアにはさして有意では無かった。ただ、他意なく単純に聞いただけだった。なのに、マルティンの受け答えは不自然でリティアは何かが胸にひっかかった。

「そうですか。確かに、私も殿下ほど美しい方は見たことがありませんので、きっとアン女王はよほど素晴らしい方だったのでしょうね」
「ええ、殿下からまたお話があると思います」
「では、補佐官様、お疲れのところ足止めして申し訳なかったですわ」
「いえ、お会いできて嬉しかったです。では」

 マルティンは、急ぎ足で進みながら、自分がリティアに対してうまくやれなかったことを責めていた。美しいリティアの前で他の女性を褒める失態に。あの場で付け足して褒めるなら殿下ではなくリティアであったと。あまり自分から話すのもどうかと憚った結果だった。あと、リティアと話すとヴェルターの気を損ねるのではないかという不安から早く切り上げたかったのだ。
「はぁ、女性との会話は苦手だ」マルティンは人知れず舌打ちした。

 リティアは、しばらくはマルティンの後ろ姿を追っていたが、マルティンの歯切れの悪さになぜかとその場で思索した。
「リティア様、いかがされましたか? 」
 侍女に声を掛けられるまで気づかず、もう少しでわかりそうだったのにと、不満に思ったが侍女に悪気があるはずもなく店に入ることにした。無理に話しかけてこない侍女をいいことにリティアは店に入った後も考えをまとめるために時間を使った。

「……まさか」
 リティアの声は近くにいる侍女さえ聞き逃すほど小さかった。

 まさか。アン女王は未だにベールに包まれた存在だ。だが、一国の女王であり、悪名高い、絶世の美女。噂と違った聡明な女性。こんな好条件が他にあるだろうか。紅茶も飲んでいないのにリティアの喉がごくりと動いた。
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