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建国祭(後半)
第9話ー6
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◇ ◇ ◇ ◇
ヴェルターはバシャバシャと手荒に髪を洗った。今だけは自分で洗い流したかった。錆のように赤茶けた水が流れていく。染めたって、仕方がないのに、馬鹿だとなじる。
「俺は俺でしかないのだ」
鏡に映った髪は光を浴びなければただの乳白色に見える。この日ほどこの髪が嫌になった日はなかった。ぐっと奥歯を噛む。どうすればリティアに一番負担がかからないだろうか。自分から解放して好きな男と結婚させてあげられるだろうか。
初めて会った日、ヴェルターはくすぐったい気持ちでリティアを迎えたことを思い出していた。
朗らかで感情のまま発言し行動する。まっすぐに自分を見つめる淡い紫の瞳。春の花の色をした柔らかな綿のような髪は見ると心が浮き立った。“可愛い”と思った。自分の結婚する子が可愛くて嬉しくなったのを覚えている。
振り回されたことのないヴェルターがわがままに付き合わされるのは悪くなかった。“妹がいたらこんな感じだろうか”対等に話が出来る子供は初めてで、ヴェルターはリティアと過ごす時間に夢中になった。
アカデミーに入ると気が置けない友人が出来、男女を意識する年になると、もうリティアと走り回ったりはしなくなったが、それでもヴェルターにとってリティアは特別だった。
誰かがリティアの話をしていると聞き耳を立てたし、リティアを見かけると目で追った。異性と話していると何となくいい気分ではなかったが、リティアとヴェルターの婚約を知らない者はいなかった。そこに安心していたように思う。アカデミーを出るとリティアと会う回数はずっと減った。……約束しなければ会えないのだから。
ヴェルターは、はぁ、とため息を吐き、憔悴していた。
“結婚する”それを本当の意味で理解すると、リティアを前に恥ずかしいような感情が芽生えた。リティアに見つめられるとぐっと胸が詰まり目を逸らしてしまう。胸が高鳴り、その柔らかな髪や肌に触れたくなる衝動がある。だが、リティアは触れてはいけない神聖なもののようで、そんなことを思う自分が汚らわしく感じた。感情を顔に出さない教育をされていたがそれが一番役に立ったのはリティアと会う時だったかもしれない。だが、それでもリティアの前ではぎこちなくなってしまう自覚はあった。
楽しみだった。やっと、ここまできたのだと。リティアは全国民に祝福され自分の妻になる。……やっと、その日を迎えられるのだと。触れていい日が来るのだと。
ヴェルターはぐっと空を掴むように手を強く握りしめた。――何を、王族に生まれ、何を期待していたのだろうか。たまたま自分の婚約者を好きになっただけで、本来俺の結婚など、気持ちのままにするものではないというのに。
ヴェルターは前髪の水がしたたるのも気にせず部屋を出るとテラスへと出た。外気に当たりたかったのだ。気温の高い湿っぽい空気は風邪をひく心配はなさそうだった。だが、風をひこうがヴェルターはどうでもいい気分だった。王都でのパレードや宮殿で行われる盛大なパーティーの事を考えると投げやりになるようなことは出来ない。自分の体調管理すら義務なのだ。
全部投げ出せたらいいのに。
いや、最後までやり遂げよう。リティアが正当な理由で自分と婚約破棄出来、誰からも責められることなく彼と……。
頭ではわかっているが想像すると胸が痛く、うまく息が出来なかった。自分からリティアに別れを告げた。自分が言わなければ、リティアは彼への想いを胸に抑え込み躊躇することなくこのまま王太子妃になるのだろう。……俺が、何とかしなければ。それなのにはっきりと言わず可能性を残した言い回ししかできず、情けない気持ちになる。……しっかりしろ。そうは思っても、うまく心が機能しない。今くらいは、今夜くらいはこの感情に向き合ってもいいだろうか。
ヴェルターはぼんやり月を見上げた。月くらいは、似た色の髪を持つ情けない男を慰めてくれるだろうか。と、感情に浸ろうとした時だった。
「ヴェル! 何をやってるの風邪をひいてしまうわ」
同じく外の空気を吸いたくてテラスへと入って来たリティアはほぼ反射的にヴェルターの濡れた髪へと手を伸ばしごしごしと拭いた。最初こそ呆気に取られてなすがままだったヴェルターはくすくすと笑い出した。
そうだ、こんなリティアだからこそ幸せを願わずにいられないんだ。
「リティ、僕たちは今それなりに気まずいはずなんだけど? 」
「あ、そうだった」
「ふっ、何だよ、そうだったって」
「だって髪も乾かさずにこんなところにいるんだもの。まだ建国祭は終わってないのよ? 熱でも出たら大変じゃないの」
「うん、そうだね。でも、何だかどうでもよくなっちゃって」
「あなたらしくないのね。招待してるのはラゥルウント国だけじゃないでしょう」
「そうだな。父上も外交には力を入れている。沢山の来賓があるだろうね」
「……ねぇ、ヴェルター、少し話さない? 」
リティアはそう言うとヴェルターの髪を更に手荒に拭いた。
ヴェルターは今一番一緒にいたくない人と不本意ながら過ごすことになり、それでもどこかで嬉しいと思う自分の感情にどうかしていると思った。
リティアはヴェルターの小さな自暴自棄の訳を推考した。今自分に出来るのは友人としてヴェルターの幸せの手伝いをすることだとおせっかいするつもりだった。
「ヴェル、他国の人と結婚するということは国としてそんなに難しいことなの? 」
ヴェルターはリティアがなぜそんな質問をするのか不審に思ったが、ふと彼の母親が異国出身であることに思い至った。
「……ああ。法律上は問題ない。だが、実際そうなると文化や生活環境はともかく保守的な人が多い貴族間では特に受け入れがたいだろうね。シュベリー伯爵夫人も結婚当時は苦労されただろうと思う」
リティアはヴェルターに言われ、ウォルフリックの母が異国の人であったことを思い出した。
「そうね、確かウォルフリックも幼少期はお母さまのご実家で過ごしていたと聞いたわ。そういうことだったのかもしれないわね」
ヴェルターはリティアの口から気安くウォルフリックの名前がでたことで胸を痛めたが笑顔を忘れなかった。
ヴェルターはバシャバシャと手荒に髪を洗った。今だけは自分で洗い流したかった。錆のように赤茶けた水が流れていく。染めたって、仕方がないのに、馬鹿だとなじる。
「俺は俺でしかないのだ」
鏡に映った髪は光を浴びなければただの乳白色に見える。この日ほどこの髪が嫌になった日はなかった。ぐっと奥歯を噛む。どうすればリティアに一番負担がかからないだろうか。自分から解放して好きな男と結婚させてあげられるだろうか。
初めて会った日、ヴェルターはくすぐったい気持ちでリティアを迎えたことを思い出していた。
朗らかで感情のまま発言し行動する。まっすぐに自分を見つめる淡い紫の瞳。春の花の色をした柔らかな綿のような髪は見ると心が浮き立った。“可愛い”と思った。自分の結婚する子が可愛くて嬉しくなったのを覚えている。
振り回されたことのないヴェルターがわがままに付き合わされるのは悪くなかった。“妹がいたらこんな感じだろうか”対等に話が出来る子供は初めてで、ヴェルターはリティアと過ごす時間に夢中になった。
アカデミーに入ると気が置けない友人が出来、男女を意識する年になると、もうリティアと走り回ったりはしなくなったが、それでもヴェルターにとってリティアは特別だった。
誰かがリティアの話をしていると聞き耳を立てたし、リティアを見かけると目で追った。異性と話していると何となくいい気分ではなかったが、リティアとヴェルターの婚約を知らない者はいなかった。そこに安心していたように思う。アカデミーを出るとリティアと会う回数はずっと減った。……約束しなければ会えないのだから。
ヴェルターは、はぁ、とため息を吐き、憔悴していた。
“結婚する”それを本当の意味で理解すると、リティアを前に恥ずかしいような感情が芽生えた。リティアに見つめられるとぐっと胸が詰まり目を逸らしてしまう。胸が高鳴り、その柔らかな髪や肌に触れたくなる衝動がある。だが、リティアは触れてはいけない神聖なもののようで、そんなことを思う自分が汚らわしく感じた。感情を顔に出さない教育をされていたがそれが一番役に立ったのはリティアと会う時だったかもしれない。だが、それでもリティアの前ではぎこちなくなってしまう自覚はあった。
楽しみだった。やっと、ここまできたのだと。リティアは全国民に祝福され自分の妻になる。……やっと、その日を迎えられるのだと。触れていい日が来るのだと。
ヴェルターはぐっと空を掴むように手を強く握りしめた。――何を、王族に生まれ、何を期待していたのだろうか。たまたま自分の婚約者を好きになっただけで、本来俺の結婚など、気持ちのままにするものではないというのに。
ヴェルターは前髪の水がしたたるのも気にせず部屋を出るとテラスへと出た。外気に当たりたかったのだ。気温の高い湿っぽい空気は風邪をひく心配はなさそうだった。だが、風をひこうがヴェルターはどうでもいい気分だった。王都でのパレードや宮殿で行われる盛大なパーティーの事を考えると投げやりになるようなことは出来ない。自分の体調管理すら義務なのだ。
全部投げ出せたらいいのに。
いや、最後までやり遂げよう。リティアが正当な理由で自分と婚約破棄出来、誰からも責められることなく彼と……。
頭ではわかっているが想像すると胸が痛く、うまく息が出来なかった。自分からリティアに別れを告げた。自分が言わなければ、リティアは彼への想いを胸に抑え込み躊躇することなくこのまま王太子妃になるのだろう。……俺が、何とかしなければ。それなのにはっきりと言わず可能性を残した言い回ししかできず、情けない気持ちになる。……しっかりしろ。そうは思っても、うまく心が機能しない。今くらいは、今夜くらいはこの感情に向き合ってもいいだろうか。
ヴェルターはぼんやり月を見上げた。月くらいは、似た色の髪を持つ情けない男を慰めてくれるだろうか。と、感情に浸ろうとした時だった。
「ヴェル! 何をやってるの風邪をひいてしまうわ」
同じく外の空気を吸いたくてテラスへと入って来たリティアはほぼ反射的にヴェルターの濡れた髪へと手を伸ばしごしごしと拭いた。最初こそ呆気に取られてなすがままだったヴェルターはくすくすと笑い出した。
そうだ、こんなリティアだからこそ幸せを願わずにいられないんだ。
「リティ、僕たちは今それなりに気まずいはずなんだけど? 」
「あ、そうだった」
「ふっ、何だよ、そうだったって」
「だって髪も乾かさずにこんなところにいるんだもの。まだ建国祭は終わってないのよ? 熱でも出たら大変じゃないの」
「うん、そうだね。でも、何だかどうでもよくなっちゃって」
「あなたらしくないのね。招待してるのはラゥルウント国だけじゃないでしょう」
「そうだな。父上も外交には力を入れている。沢山の来賓があるだろうね」
「……ねぇ、ヴェルター、少し話さない? 」
リティアはそう言うとヴェルターの髪を更に手荒に拭いた。
ヴェルターは今一番一緒にいたくない人と不本意ながら過ごすことになり、それでもどこかで嬉しいと思う自分の感情にどうかしていると思った。
リティアはヴェルターの小さな自暴自棄の訳を推考した。今自分に出来るのは友人としてヴェルターの幸せの手伝いをすることだとおせっかいするつもりだった。
「ヴェル、他国の人と結婚するということは国としてそんなに難しいことなの? 」
ヴェルターはリティアがなぜそんな質問をするのか不審に思ったが、ふと彼の母親が異国出身であることに思い至った。
「……ああ。法律上は問題ない。だが、実際そうなると文化や生活環境はともかく保守的な人が多い貴族間では特に受け入れがたいだろうね。シュベリー伯爵夫人も結婚当時は苦労されただろうと思う」
リティアはヴェルターに言われ、ウォルフリックの母が異国の人であったことを思い出した。
「そうね、確かウォルフリックも幼少期はお母さまのご実家で過ごしていたと聞いたわ。そういうことだったのかもしれないわね」
ヴェルターはリティアの口から気安くウォルフリックの名前がでたことで胸を痛めたが笑顔を忘れなかった。
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