悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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建国祭(後半)

第9話ー5

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 ◇ ◇ ◇ ◇

 ――――ヴェルターは、今夜が自由に出来る最後の日だと悟っていた。日に追うごとに自由は減り、成人した後は“非公式”な外出など出来ることは少ない。ましてや、“お忍び”など許されはしないだろう。だからこそ、そう思いきつく目を閉じた。

 だからこそ、今日くらいは。

 だが、願い虚しくこんな日でさえ、自分の婚約者とウォルフリック・シュベリーが並ぶ姿を目撃する羽目になった。まるで、往生際が悪いと神に駄目押しされている気になった。リティアは、彼の去った背中を見つめ涙ぐんだ。見るのが辛いのか目を逸らす。ヴェルターはそんなリティアを見つめ、先に噴水へと戻ると気づかない振りをした。リティアの涙は戻って来た時にはもう乾いていた。それがいじらしく感じ余計にヴェルターの胸を締め上げた。リティアの涙はヴェルターの決心を更に後押しした――。

 ――どう気持ちを切り替えたのか、隣でフルーツを絞ったジュースを珍しそうに美味しそうに飲む婚約者は憎らしいほどに愛おしかった。
 
 ヴェルターとリティアがアンの一行に出会ったのは直ぐ後の事だった。アンは長いブラウンの髪をなびかせて手を振っていた。
「賑やかで楽しいわね。子供たちも初めての夜更かしを経験したわ。でもそろそろ帰るわね。あなたたちは……どうするの? 」
「ああ、もう少し楽しんで行くよ」
「そう。ではまた」
 別れ際、アンはヴェルターに意味深な視線を投げた。何を意味するかリティアにはわからなかったが、ヴェルターには十分通じた。ヴェルターはアンの奨励に応えることはないだろう。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 街は夜通し賑やかさが続く。酒を飲んで陽気になった男たちの大きな声が聞こえる。その前を通り過ぎ、ヴェルターは賑やかさが見える所に腰を下ろし、その横にリティアを促した。

「少し話をしよう、リティ」
「ええ」
「……初めて会った日を覚えてる? 」
「ええ。とても緊張していたわ」
「ふ、ふふ、あれでかい、リティ」
「ええ。あれで、だったのよ。初めて会ったお友達に何か話さなきゃって必死になってた。だってあなたはとても無口だったから」
「僕も緊張してたんだよ。……妻に、伴侶になる人だって聞かされてたからね。この子と結婚するんだって思うと、不思議な気がして。だけど君は、あはは、僕より落ち着かなくてずっと夫人に怒られてた」
「……ヴェル、よしてしてくれない? 」

 リティアは恥ずかしがって顔を手で覆って俯いた。

「いや、嬉しかった。リティ、……君はとっても可愛かった」
 からかっているのだと、リティはむくれて顔を上げた。だがヴェルターは今にも泣きだしそうな申し訳なさそうな顔をしていた。予想してなかった表情にリティアは昔の泣き虫だったころのヴェルターを思い出していた。

 ヴェルターは一呼吸置くとすうっと息を吸う。瞳には強い決意が乗っていた。

「リティア、僕たちの結婚は一度考えてみる必要があると思うんだ。もうあの頃の、幼い子供ではないのだから」
 リティアは、覚悟していた日が来たのだと、目を閉じヴェルターの言葉を受け入れた。

「ええ、ヴェルター。そんな時期が来たのだと思っていたわ」
 リティアはヴェルターの瞳を見つめた。ヴェルターも慈愛の目でリティアを見つめた。

 初めて会った日、見つめ合って微笑んだ。手を取って走り、共に怒られ、共に褒められ、ダンスのパートナーは何度も務めた。いつしか手はつながなくなっていつしか体をひっつけることなく適度な距離を取るようになった。体の距離はそのまま心の距離だったのかもしれない。

 ――街は変わらず賑やかだった。

「建国祭の最終日は、パレードがあるだろう? 」
「そうだな、国王陛下を拝見できるぞ」
「王太子殿下ももうすぐ成人の儀だな」
「さぞかし立派になられただろう」

 街の人たちの声が聞こえてくる。

「ああ、いよいよ公爵令嬢と結婚されるのね」
「そうだ。こんな祭りよりもっと盛大に祝われるだろう」
「あの小さかった王子と小さなレディが結婚するなんてね。感慨深いわ」
「愛らしい二人だったわ。仲よさそうにいつも二人ではしゃいでた」
「今から楽しみね」

 国民にとって幼い時からずっと見守って来た二人の結婚は自分たちのこと以上に嬉しい事だった。まさか当の本人たちが後ろにいるとは思わずに話している。
 
 聞こえているはずの二人は何も言わずにその場で時を過ごしていた。やがて、いつものようにヴェルターが微笑むのを合図に二人待たせた馬車まで向かった。馬車の中ではヴェルターが他愛のない話をして、リティアはその他愛ない話に時に相槌をうち、時に笑った。

「リティ、君は……」
 リティアを部屋まで送ったヴェルターは“君の感情を優先すべきだ”そう言いかけたが、リティアが遮った。
「ヴェル、今は少し時間が必要なの」
「わかった。お休みリティ」
「ええ、おおやすみなさいヴェルター」

 ドアのうちに入るとリティアは人払いをした。ヴェルターの足音が静かに遠ざかって行った。

 リティアは一人になると窓辺に行って空を見上げた。

 祭りの賑やかな声もここまでは聞こえない。しんと静まり返った宮殿はリティアの心も静かにしてくれた。リティアはかつて、建国祭の最終日、大勢の前でヴェルターが婚約破棄を申し出てくれれば、と望んでいた。そうすれば国王もリティアの父である公爵も阻止する前に多くの人が聞くこととなる。社交界に噂は広まり誰も止めることができないだろうと。“手っ取り早くていい”そう安易に思っていた。


 思いやりがあって思慮深いヴェルターがそんなことをするはずがなかったのだ。ヴェルターの別れの提案は曖昧な言い方で、ああ、ヴェルターだと思った。ヴェルターはこういう人だったと。唐突に拒否できない形で告げるのではなく、リティアの気持ちを慮ってくれる。気持ちが追いつく時間をくれたのだ。本来なら王太子側からの婚約破棄は立場上、こちらは拒否できないというのに、リティアにも選択出来るようにしてくれた。リティアはこんなヴェルターだから婚約者という立場でなくなっても友人でいたいと思えたのだった。

「馬鹿なことを……」

 リティアは自分がいかに浅はかだったか恥じていた。ヴェルターはずっと大事にしてくれていた。最後に彼なりに古くからの友人としてリティアをもてなしてくれたのだ。そう思うと胸が熱くなった。じんわりと滲む涙は、やがて湛えきれなくなって零れ落ちた。

「せめて彼が、私の事など気にすることなく幸せになってくれますように……」
 
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