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建国祭(フィナーレ)
第10話ー4
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ヴェルターの鼓動が痛いくらいに早く聞こえてくる。……痛い。痛いということはこの鼓動はヴェルターではなく自分の鼓動なのだろうか。リティアは正気の保てない状況でそんなことを思っていた。
「……俺は君の気持ちなんて無視してこのまま結婚を推し進めても、何ならそこの部屋に無理やり君を連れ込んだって許される地位にいる。……でも、そうしないのは俺が臆病だからじゃない」
ヴェルターの腕が震えていた。リティアは驚いて顔を上げる。ヴェルターは苦しそうに言葉を絞り出す。まるで、リティアに懇願するように。
「そうしないのは、君を愛しているからだ」
「ヴェ、ル……? 」
「君を愛している」
リティアの頭の中、出会った日からの古い、だけど楽しかったヴェルターとの思い出が駆け抜けた。弟のようで、兄のようで、家族のように過ごし、共に大きくなった。
「うん。ヴェルター、ありがとう。あなたが、私を家族以上に思ってくれているのは伝わったわ。だから、あなたは私のためにも幸せになってね。大丈夫、私も今はあなたの事を忘れられないと思うけれど、いつか、誰かときっと、お父様が私を結婚させると思うわ。私もちゃんと相手を選ぶ時は引け目を感じずに意見を言うつもりよ。王太子妃になるために最高位教育も受けてるし、誰にも恥ずかしい思いはしないはず。自信をもって“私は王太子の婚約者になったことだってあるんだから!”って言うわ」
抱擁したまま沈黙が続いたが、やがてヴェルターはべりっと音がする勢いでリティアを自分から引き離した。二人はきょとんとした顔で見つめあった。
「リティア、誰を忘れられないって? 」
リティアは目をきょろきょろさせたが観念した。
「ヴェルター、あなたを」
小さな声だった。ヴェルターが口をぱくぱくさせる。リティアは今度はやけになって大声で言った。
「あなたは……。あなたの私に対する気持ちは家族愛なのをわかってるわ。でも! 私は! いつの間にかあなたを異性として……好きだったの」
叫ぶように、思いのたけをぶつけると、ヴェルターは
「は、え、は」
と言葉にならない音を発した。リティアはヴェルターの反応が怖くてずっと俯いていた。しばらくどちらも音を発しない時間が過ぎた。
「リティア」
名前を呼ばれ、リティアはおずおず顔を上げる。ヴェルターは欲しいものを手に入れた子供のようににこにこと笑っていた。
「ヴェルター、何が」
おかしいの?リティアはこんな時に笑えるヴェルターが信じられない気持ちだった。
「リティア。一度しか言わないからよく聞いて。俺は君を家族としてだけでなく、異性として愛している。最初から今の今までリティ、俺にとって君はずっと異性だったよ」
「……嘘……でしょう。だって、いつごろからか、あなた私と目も合わさなくなったし、避けるような態度を取って……」
「……その、君が日に日に綺麗になっていくものだから、直視できなくて」
つまり、ヴェルターは思春期に入っただけだった。
「じゃあ、じゃあ、アンは? アンのことは! 」
「アン? ああ、国際結婚のこと? アンから直々に相手を見繕って欲しいと依頼されたよ。僕なら年ごろの令息の人となりに詳しいからと。確かにラゥルウントとの契約結婚はこちらにかなりの利益がある申し出だからね。君が俺と結婚しないなら、俺が受けても良いかなって、考えてた。王家である僕が外国の女性と結婚したら、君も異国の血を引く彼と結婚しやすいかなと思ったんだ」
「……彼」
「ああ。てっきりシュベリー卿と想い合ってるのだと。我が国もまだ外国人には寛大ではないから。君は公爵家の娘だし、彼は母上の事で悩んでいるのかと。でも、彼はスタイニッツ伯爵令嬢と結婚するって聞いて、君が彼に片思いしているだけで、辛い思いをしているなら、このまま俺と結婚して……くれないかなって」
「あなたは、私と婚約破棄をして、アンと結婚するのだと思って……」
リティアが不安に思っていたことをおそるおそる口にするとヴェルターの綺麗な瞳は零れるほど大きく見開かれた。
「アンと? なぜ? ラゥルウントの他の王族じゃなくて? 」
「だって、ヴェルターはアンといたら楽しそうだったから」
もじもじとそう言うリティアも子供の様でヴェルターは肩の力が抜けた。
「それは、今度こそペールに本気の決闘を申し込まれそうだね」
「……ペール……」
リティアはヴェルターに聞きたかったラゥルウントの一行の事を思い出した。
「そうだ、ヴェルター。聞きたかったの。ペールがアンのパートナーとしてアンの真横にいて、子供たちもアンと同じ鮮やかな紅色の髪の子が何人かいたの。先日は王族だってわからないように染めてたのね? どういうこと? 年の離れた妹? 」
ヴェルターはパチパチと瞬きを繰り返し、認識に時間を要した。そして顔を覆って大きなため息を吐いた。リティアはペールを護衛騎士か何かだと思っていた。
「ペール=オロフ・バッティンバーグ公爵王配殿下。つまり、アンの夫だ。そして、孤児を引き取った養子もいるが紅い髪の子とグレイの髪の子、7人は実子だ。彼に似て年齢より体は大きいがどの子もまだ幼い。僕とペールの対戦を覚えてる? 彼の集中が切れたのは、彼の娘が僕を応援したことが気に入らなかったからだよ。ペールがあの後拗ねちゃって大変だったってアンが言ってた。事前に説明したつもりだったが、いや、それより、ラゥルウントはまだ情報があまりなかったとはいえ、さすがに王が既婚であることくらいは、リティ。仮にも僕の婚約者なんだったら……知っておいてほし……“婚約者”……」
「……婚約者」
二人は“婚約者”という響きに過剰反応した。
リティアはヴェルターの一人称が“俺”から“僕”に戻ったことを寂しく思ったが、これはヴェルターも冷静になったという証しだった。それに合わせてリティの昂っていた気持ちもすーっと冷静になっていった。
今、二人はまだ“婚約者”だった。
『リティア、僕たちの結婚はもう一度考えてみる必要があると思うんだ。もう、幼い子供ではないのだから』
そう言って保留にした関係だ。確かに、もう一度考えて見る必要があった。
「……俺は君の気持ちなんて無視してこのまま結婚を推し進めても、何ならそこの部屋に無理やり君を連れ込んだって許される地位にいる。……でも、そうしないのは俺が臆病だからじゃない」
ヴェルターの腕が震えていた。リティアは驚いて顔を上げる。ヴェルターは苦しそうに言葉を絞り出す。まるで、リティアに懇願するように。
「そうしないのは、君を愛しているからだ」
「ヴェ、ル……? 」
「君を愛している」
リティアの頭の中、出会った日からの古い、だけど楽しかったヴェルターとの思い出が駆け抜けた。弟のようで、兄のようで、家族のように過ごし、共に大きくなった。
「うん。ヴェルター、ありがとう。あなたが、私を家族以上に思ってくれているのは伝わったわ。だから、あなたは私のためにも幸せになってね。大丈夫、私も今はあなたの事を忘れられないと思うけれど、いつか、誰かときっと、お父様が私を結婚させると思うわ。私もちゃんと相手を選ぶ時は引け目を感じずに意見を言うつもりよ。王太子妃になるために最高位教育も受けてるし、誰にも恥ずかしい思いはしないはず。自信をもって“私は王太子の婚約者になったことだってあるんだから!”って言うわ」
抱擁したまま沈黙が続いたが、やがてヴェルターはべりっと音がする勢いでリティアを自分から引き離した。二人はきょとんとした顔で見つめあった。
「リティア、誰を忘れられないって? 」
リティアは目をきょろきょろさせたが観念した。
「ヴェルター、あなたを」
小さな声だった。ヴェルターが口をぱくぱくさせる。リティアは今度はやけになって大声で言った。
「あなたは……。あなたの私に対する気持ちは家族愛なのをわかってるわ。でも! 私は! いつの間にかあなたを異性として……好きだったの」
叫ぶように、思いのたけをぶつけると、ヴェルターは
「は、え、は」
と言葉にならない音を発した。リティアはヴェルターの反応が怖くてずっと俯いていた。しばらくどちらも音を発しない時間が過ぎた。
「リティア」
名前を呼ばれ、リティアはおずおず顔を上げる。ヴェルターは欲しいものを手に入れた子供のようににこにこと笑っていた。
「ヴェルター、何が」
おかしいの?リティアはこんな時に笑えるヴェルターが信じられない気持ちだった。
「リティア。一度しか言わないからよく聞いて。俺は君を家族としてだけでなく、異性として愛している。最初から今の今までリティ、俺にとって君はずっと異性だったよ」
「……嘘……でしょう。だって、いつごろからか、あなた私と目も合わさなくなったし、避けるような態度を取って……」
「……その、君が日に日に綺麗になっていくものだから、直視できなくて」
つまり、ヴェルターは思春期に入っただけだった。
「じゃあ、じゃあ、アンは? アンのことは! 」
「アン? ああ、国際結婚のこと? アンから直々に相手を見繕って欲しいと依頼されたよ。僕なら年ごろの令息の人となりに詳しいからと。確かにラゥルウントとの契約結婚はこちらにかなりの利益がある申し出だからね。君が俺と結婚しないなら、俺が受けても良いかなって、考えてた。王家である僕が外国の女性と結婚したら、君も異国の血を引く彼と結婚しやすいかなと思ったんだ」
「……彼」
「ああ。てっきりシュベリー卿と想い合ってるのだと。我が国もまだ外国人には寛大ではないから。君は公爵家の娘だし、彼は母上の事で悩んでいるのかと。でも、彼はスタイニッツ伯爵令嬢と結婚するって聞いて、君が彼に片思いしているだけで、辛い思いをしているなら、このまま俺と結婚して……くれないかなって」
「あなたは、私と婚約破棄をして、アンと結婚するのだと思って……」
リティアが不安に思っていたことをおそるおそる口にするとヴェルターの綺麗な瞳は零れるほど大きく見開かれた。
「アンと? なぜ? ラゥルウントの他の王族じゃなくて? 」
「だって、ヴェルターはアンといたら楽しそうだったから」
もじもじとそう言うリティアも子供の様でヴェルターは肩の力が抜けた。
「それは、今度こそペールに本気の決闘を申し込まれそうだね」
「……ペール……」
リティアはヴェルターに聞きたかったラゥルウントの一行の事を思い出した。
「そうだ、ヴェルター。聞きたかったの。ペールがアンのパートナーとしてアンの真横にいて、子供たちもアンと同じ鮮やかな紅色の髪の子が何人かいたの。先日は王族だってわからないように染めてたのね? どういうこと? 年の離れた妹? 」
ヴェルターはパチパチと瞬きを繰り返し、認識に時間を要した。そして顔を覆って大きなため息を吐いた。リティアはペールを護衛騎士か何かだと思っていた。
「ペール=オロフ・バッティンバーグ公爵王配殿下。つまり、アンの夫だ。そして、孤児を引き取った養子もいるが紅い髪の子とグレイの髪の子、7人は実子だ。彼に似て年齢より体は大きいがどの子もまだ幼い。僕とペールの対戦を覚えてる? 彼の集中が切れたのは、彼の娘が僕を応援したことが気に入らなかったからだよ。ペールがあの後拗ねちゃって大変だったってアンが言ってた。事前に説明したつもりだったが、いや、それより、ラゥルウントはまだ情報があまりなかったとはいえ、さすがに王が既婚であることくらいは、リティ。仮にも僕の婚約者なんだったら……知っておいてほし……“婚約者”……」
「……婚約者」
二人は“婚約者”という響きに過剰反応した。
リティアはヴェルターの一人称が“俺”から“僕”に戻ったことを寂しく思ったが、これはヴェルターも冷静になったという証しだった。それに合わせてリティの昂っていた気持ちもすーっと冷静になっていった。
今、二人はまだ“婚約者”だった。
『リティア、僕たちの結婚はもう一度考えてみる必要があると思うんだ。もう、幼い子供ではないのだから』
そう言って保留にした関係だ。確かに、もう一度考えて見る必要があった。
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