悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

文字の大きさ
53 / 60
建国祭(フィナーレ)

第10話ー5

しおりを挟む
 ヴェルターははにかんで言葉を選ぶ。
 「リティ。もし、君が良かったらなんだけど……僕たちはまだ“婚約者”でいられるんだろうか」
 ヴェルターの言葉にリティアはくすくす笑い出した。

「ヴェル、私の許可を取らなくてもあなたはなんだって許される立場なのでは? 」
「リティ! だから、そう出来るわけないじゃないか」
「どうして? 」

 ヴェルターは俯き、リティアを見つめ、また俯き、またリティアを見つめた。
「愛しているからだ」
「二度と言わないんじゃないの」
 リティアはヴェルターの態度が可愛らしく感じて、ついからかってしまう。
「撤回。何度だって言うよ」
「……嬉しい」

 二人はごく近い距離で見つめ合い微笑んだ。一度離れてしまうと、また抱き合うには時間を要した。リティアは抱きしめて欲しかったが、ヴェルターにその発想は無かった。

「ヴェル、あの……」
「どうしたんだい? 」
 ヴェルターはただ、微笑んだまま。リティアは待っていたがその時は来なかった。すっと息を吸う。勇気を出すことにした。

「ねえ、いつになったらかがんでくれるの? 」
「……かがむ? 」
「かがんでくれないと、私はもうあなたに届かないの」

 ヴェルターは言われるままに体を前に傾けた。リティアはそっとつま先で立つと、ヴェルターにキスをした。不意を突かれたヴェルターは体を強張らせ、慌てた。
「リ、リティ、何を!? 結婚前だというのに」
 真っ赤になってうろたえるヴェルターはすっかり元通りで、思春期の少年だった。

「何ならそこの部屋に無理やり私を連れ込んだって、私はあなたを許すわ、ヴェルター」
 リティアが微笑むとヴェルターからふっと力が抜けた。ヴェルターはリティアの背に腕を回すと強い力で引き寄せた。リティアからの触れるだけのキスとは違い、気持ちが止められない、そんなキスだった。呼吸のために離れてはどちらともなくわずかな距離も我慢できずに追いかける。思いの丈をぶつけ合う激しくも甘い口づけだった。リティアの瞳に息苦しい生理的な涙と、幸せな涙とが混じった。

 ――――途中、誰かが来たみたいだが、二人は気にしなかった。相手はもちろん慌てて去って行った。

 長い長いキスが終わると二人はまた抱き合った。心臓が爆発しそうなほど早鐘をうち、二人肩で息をした。やがて呼吸が整うと声を出して笑った。子供に返ったみたいに。

「そろそろ、戻らないとね」
「ええ。お化粧が取れてしまって、酷い顔でしょうね」
「……うーん、平気さ」

 ヴェルターがリティアの瞼にキスを落とした。
「泣いたってすぐにわかるでしょう? どうしようかしら。ミリーを呼んでお化粧を直してもらおうかしら。ああ、ダメ。ミリーに泣いたって悟られたらあれやこれや言われるわ」
「至近距離で見なければ平気だよ。……だから、リティ、君はもう僕としか踊れないね」
 ヴェルターが顔を輝かせた。
「ええ、そうね。……あ、でもアデルモおじさまとは踊りたかったなぁ」
「はは、彼は君がまだ化粧もしていないころから知ってるからね。気づかないと思うよ? 」

 ヴェルターがすっと腕を出した。リティアは慣れたそこに手を添えた。ヴェルターがそっとリティアの耳に口を寄せる。
「早く、終わればいいのにね。あー今夜はもう二人っきりにはなれないだろうね。来賓をもてなさなきゃ」
「私も同席してもいかしら」
「ああ。そうしてくれるかい」
「他の国についてもっと勉強しなくちゃ。王太子妃になるのだから」
「ああ、そうだね。アンが独身だったとしても他国の女王と王太子の結婚は難しいってことくらいは、気づいてほしいもんだね」
「あ。……で、でもこれからは王族だって貴族だって好きな人と結婚したっていいと思うの、方法が無いわけじゃないでしょう? 」
 どちらかが譲ることになるが。恋愛のためにそこまでするのか、という問題はある。大問題だが。

 リティアが言うとヴェルターはおかしそうに笑った。
「ああ、僕は好きな子と結婚するよ、リティ。全く、君はどこか抜けてるよね」

 そこがいいんだけど、そんな笑顔だった。

 広間はまだまだ宴が続いていた。例え皇太子でもしばらく席をはずそうと誰も気づくものはいない。そんな賑わいだった。見回すと、壁の花になりそうな令嬢たちをスタイニッツ家の令息二人とレオンが上手く声を掛けていた。リティアは、モテるわけだ、と感心し、ヴェルターもまた彼らに感服していた。

 目でアデルモを探すと、紅色の髪が美しい女性と踊っていた。
「アン……ではないのね」
「ああ、彼女の妹だそうだ」
「あ! お祭りの日にお会いした方だわ。どうりで見覚えがあるはず。アン女王に似ていたのだわ」

 アデルモは上背もあり武骨そうでいて溢れる気品は王族のもの。

「華のある二人だね。叔父上は案外目立ちたがり屋だからな」
「ふふ、目立ってしまうのよ。あの容姿だもの」
「……僕はまだ発展途上だからね」
 ヴェルターがむくれるのをリティアは笑う。
「ええ。おじさまより大きくなるのを隣で期待しながら見てるわね」
「……ガタイのいい男が好きなのか? 」

 ダンスをしながらリティアは我慢できずに吹き出した。

「私が好きなのは、あなただってば。どんなあなたでも、好き」
 リティアがそういうとヴェルターは満足そうに笑った。気持ちを伝えあうとこうも素直になれるものかと不思議に思った。

 幸せそうに笑い合いながら踊る二人は注目を浴びていることにも気づかずに、お互いだけを目に入れていた。レオンとランハートが顔を見合わせて吹き出していた。二人のパートナーのレディは不思議そうに首を傾げた。

 リティアは、ただ一度だけヴェルターではない男性――アデルモと踊った。……彼の強い希望で。

 あと数年後にはヴェルターもこんな風になるのかしら。リティアがそう思うくらい二人はよく似ていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...