54 / 60
建国祭(フィナーレ)
第10話ー6
しおりを挟む
◇ ◇ ◇ ◇
招待された者たちが一人、また一人と帰っていく。王都周辺に屋敷のない貴族やラゥルウントの一行は残って明朝に立つことになっていた。
気軽な若い者たちが集い最後の夜を楽しんだ。
リティアはアンとペールが夫婦であることが信じられなくてつい様子を伺ってしまう。見る限り、他の異性よりよそよそしい気がして、実子が7人もいるとは信じ難かった。
「あー……そろそろ、許してやったらどうだい、アン」
アデルモがしびれを切らしたように言うと、ペールは君主にお伺いを立てる従事のような目をアンに向けた。ヴェルターとリティアは二人の様子に顔を見合わせた。よそよそしい態度はどうやら二人は冷戦中らしかった。正確には、アンがペールに立腹しているようだ。
「いったい何があったんだい? 」
原因を知らないヴェルターが尋ねると原因を知っている者たちは苦笑いをした。アンは来賓としての立場が終わった今、躊躇いなくペールにフンッと鼻を鳴らした。
「ペールったら、フリデン王国のルーイヒに着いたら、子供たちを預けて二人でグリュックリヒへ行きましょうねって何度も約束したのに、他の女性と行ったの」
リュックリヒは有名な菓子を提供するカフェだ。すっとペールに避難の目が集まった。強面ペールのアンバーの瞳が所在なくおどおどと彷徨う。
「たまたま迷子を保護したら、そこの家のご婦人がどうしても礼をしたいというから、お茶を一杯ごちそうになっただけだ。そうしなければ帰してくれそうになかったのだ。入った店が君が行きたがっていたグリュックリヒだということも知らなかったんだよ。本当だ」
「いいえ。そのご婦人はあなたがハンサムだからそうしたのに違いないのよ。そうでしょう? 」
アンは皆に同意を求めたが、皆喉が詰まり、すぐに首を縦に振る者はいなかった。正確にはアンの妹、リリーラはわずかに頷いた。どうやらアンと同じ審美眼らしい。当の本人ペールは大きな手で顔を覆いアンの髪より顔を赤くし、一層無口になってしまった。今度はペールに同情の目が集まる。
「お姉さま、彼も反省していることですし、このくらいで」
アンの妹リリーラ=ジェイミー・ラゥルウントが見兼ねて口を挟んだ。アンはペールが俯いたのを反省していると取ったのか、諦めたようにため息を吐いた。
「わかったわ。せっかく他国に来てまで喧嘩はよしましょう。でも、あなたはもっと自分の魅力を自覚し、世の女性たちを警戒すべきことは念頭に置いておいて」
ペールはアンに頷いた後、一切他の人の反応を見ずに頭が床にめり込むほど俯いてしまった。
……迷子になってペールに保護された子供はさぞかし怖かっただろう。そしてペールに連れられた我が子を見たご婦人も生きた心地がしなかっただろう。と、皆の同情心は子供とご婦人に集まっていた。
それにしても、いつもは悠然として淑女たる彼女がペールの事になると冷静さを欠く様は微笑ましく、リティアは思わず吹き出しそうになるのを耐えるのに必死だった。
「ところで、ヴェルターとリティアお忍びのデートは楽しめた? 髪色を変えるだけでも案外みんな気づかないものでしょう? 」
アンが得意げに言った。
「ええ、ありがとう。私はともかくヴェルターの髪色は個人情報みたいなものだもの」
「確かにそうだね。ねぇ、叔父上」
「ああ、そうだな」
リティアの言葉にヴェルターとアデルモが同意した。
「また二人でこっそりデートしたい時はいつでも言ってちょうだい。染料をお分けするわ」
「ふふ、お願いしてもいいわね、ヴェル」
「ああ」
ヴェルターとリティアは見つめ合った。
「ごほん、すぐに必要になりそうね。一日だけではなく染めた色が何日も持つ染料もあるわよ」
「何日も? それはまたすごいな」
アデルモは興味津々といった感じだ。
「ええ、私たちラゥルウントが誇る染料技術よ。他国からは“魔法”なんて言われているけどね。種明かしすると知識と技術よ。リティアの着ているドレスもそう。染色と織物業を発展させ繊細な色で染め品質の高い織物を生産しているの。外国相手に貿易していくつもり。いつまでも鎖国の名残を引きずっているわけにはいかないわ、子供たちのためにも」
アンが商人の顔になった。確かにリティアのドレスの色は絶妙にヴェルターの髪色と合っていて技術の高さを伺わせた。
「だが、上の世代はあまり前向きではないのだろう? 」
アデルモが尋ねる。
「ええ。老人たちは変化が不安なのよ。でも、事実デメリットもあるの。国交を始めてから今までなかった病気が発生したわ。犯罪も増えた。外国人との間に私生児も増えた。だけど、同時に新しい薬や医療技術も入って来た。悪い事ばかりではない。国際結婚はこれから認めればいいし、その為の対策として、友好深いフリデン王国との政略結婚をお願いした。私たちの国はかつて戦争ばかりさせられた。でも子供たちのために二度と繰り返さない。そのために外交に力を入れたいの」
アンは女性の地位のために王になったと言っていた。今度は平和の協定のために結婚を選んだのだ。そのためなら鉱山など惜しくないといった様子だった。
「ああ、なるほど」
「小国が生きるためには“魔法”だって使わないとね」
アンは得意げに笑い、昔話をしてくれた。歴史が揺らぐ強国ラゥルウントの魔法の種明かしを。それは、フリデンへの信頼の証しだった。
招待された者たちが一人、また一人と帰っていく。王都周辺に屋敷のない貴族やラゥルウントの一行は残って明朝に立つことになっていた。
気軽な若い者たちが集い最後の夜を楽しんだ。
リティアはアンとペールが夫婦であることが信じられなくてつい様子を伺ってしまう。見る限り、他の異性よりよそよそしい気がして、実子が7人もいるとは信じ難かった。
「あー……そろそろ、許してやったらどうだい、アン」
アデルモがしびれを切らしたように言うと、ペールは君主にお伺いを立てる従事のような目をアンに向けた。ヴェルターとリティアは二人の様子に顔を見合わせた。よそよそしい態度はどうやら二人は冷戦中らしかった。正確には、アンがペールに立腹しているようだ。
「いったい何があったんだい? 」
原因を知らないヴェルターが尋ねると原因を知っている者たちは苦笑いをした。アンは来賓としての立場が終わった今、躊躇いなくペールにフンッと鼻を鳴らした。
「ペールったら、フリデン王国のルーイヒに着いたら、子供たちを預けて二人でグリュックリヒへ行きましょうねって何度も約束したのに、他の女性と行ったの」
リュックリヒは有名な菓子を提供するカフェだ。すっとペールに避難の目が集まった。強面ペールのアンバーの瞳が所在なくおどおどと彷徨う。
「たまたま迷子を保護したら、そこの家のご婦人がどうしても礼をしたいというから、お茶を一杯ごちそうになっただけだ。そうしなければ帰してくれそうになかったのだ。入った店が君が行きたがっていたグリュックリヒだということも知らなかったんだよ。本当だ」
「いいえ。そのご婦人はあなたがハンサムだからそうしたのに違いないのよ。そうでしょう? 」
アンは皆に同意を求めたが、皆喉が詰まり、すぐに首を縦に振る者はいなかった。正確にはアンの妹、リリーラはわずかに頷いた。どうやらアンと同じ審美眼らしい。当の本人ペールは大きな手で顔を覆いアンの髪より顔を赤くし、一層無口になってしまった。今度はペールに同情の目が集まる。
「お姉さま、彼も反省していることですし、このくらいで」
アンの妹リリーラ=ジェイミー・ラゥルウントが見兼ねて口を挟んだ。アンはペールが俯いたのを反省していると取ったのか、諦めたようにため息を吐いた。
「わかったわ。せっかく他国に来てまで喧嘩はよしましょう。でも、あなたはもっと自分の魅力を自覚し、世の女性たちを警戒すべきことは念頭に置いておいて」
ペールはアンに頷いた後、一切他の人の反応を見ずに頭が床にめり込むほど俯いてしまった。
……迷子になってペールに保護された子供はさぞかし怖かっただろう。そしてペールに連れられた我が子を見たご婦人も生きた心地がしなかっただろう。と、皆の同情心は子供とご婦人に集まっていた。
それにしても、いつもは悠然として淑女たる彼女がペールの事になると冷静さを欠く様は微笑ましく、リティアは思わず吹き出しそうになるのを耐えるのに必死だった。
「ところで、ヴェルターとリティアお忍びのデートは楽しめた? 髪色を変えるだけでも案外みんな気づかないものでしょう? 」
アンが得意げに言った。
「ええ、ありがとう。私はともかくヴェルターの髪色は個人情報みたいなものだもの」
「確かにそうだね。ねぇ、叔父上」
「ああ、そうだな」
リティアの言葉にヴェルターとアデルモが同意した。
「また二人でこっそりデートしたい時はいつでも言ってちょうだい。染料をお分けするわ」
「ふふ、お願いしてもいいわね、ヴェル」
「ああ」
ヴェルターとリティアは見つめ合った。
「ごほん、すぐに必要になりそうね。一日だけではなく染めた色が何日も持つ染料もあるわよ」
「何日も? それはまたすごいな」
アデルモは興味津々といった感じだ。
「ええ、私たちラゥルウントが誇る染料技術よ。他国からは“魔法”なんて言われているけどね。種明かしすると知識と技術よ。リティアの着ているドレスもそう。染色と織物業を発展させ繊細な色で染め品質の高い織物を生産しているの。外国相手に貿易していくつもり。いつまでも鎖国の名残を引きずっているわけにはいかないわ、子供たちのためにも」
アンが商人の顔になった。確かにリティアのドレスの色は絶妙にヴェルターの髪色と合っていて技術の高さを伺わせた。
「だが、上の世代はあまり前向きではないのだろう? 」
アデルモが尋ねる。
「ええ。老人たちは変化が不安なのよ。でも、事実デメリットもあるの。国交を始めてから今までなかった病気が発生したわ。犯罪も増えた。外国人との間に私生児も増えた。だけど、同時に新しい薬や医療技術も入って来た。悪い事ばかりではない。国際結婚はこれから認めればいいし、その為の対策として、友好深いフリデン王国との政略結婚をお願いした。私たちの国はかつて戦争ばかりさせられた。でも子供たちのために二度と繰り返さない。そのために外交に力を入れたいの」
アンは女性の地位のために王になったと言っていた。今度は平和の協定のために結婚を選んだのだ。そのためなら鉱山など惜しくないといった様子だった。
「ああ、なるほど」
「小国が生きるためには“魔法”だって使わないとね」
アンは得意げに笑い、昔話をしてくれた。歴史が揺らぐ強国ラゥルウントの魔法の種明かしを。それは、フリデンへの信頼の証しだった。
6
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる